事件の議場
ドロドロの泥沼な会議
元魔族領地、ゲシュレスト。
「死ね、人間ども!」
二本足で立つ象を思わせる、魔族が人間の兵士達をその鼻で薙ぎ払う。
「つ、強い」
怯える兵士達。
「はいはい、こいつは、あちきがやるから、貴方達は、他の奴と戦って」
ヤヤの登場に兵士達が眼を輝かせる。
「白い牙の英雄が来たぞ!」
一気に気勢を取り戻して他の魔族に挑む兵士達を尻目にヤヤを見て象の魔族が吠える。
「貴様がヴァンデストを滅ぼした人間か! だが、己の力に溺れたヴァンデストに勝ったからと我に勝てると思うな!」
そういうと象の魔族の脇から新たな腕が生える。
「見るがよい、我が五刀の技を!」
鼻と四方の腕、合計五振りの刀を振るう象の魔族。
肩を竦めるヤヤ。
「あのさ、どうしてそう攻撃パターンを減らすかね。折角の鼻で刀もったら、勿体無いでしょうが」
「何を言うか!」
迫る象の魔族の刀にヤヤは、両腕を大きく回す。
『アテナサークルシールド』
弾かれた最初の腕の刀が後から生えた腕の刀にぶつかりその動きを封じた。
「まだだ!」
鼻で操って居た刀で頭上から襲う象の魔族だったが、ヤヤは、あっさりかわし、その鼻を踏みつける。
『タイタンスタンプ』
鼻を地面に埋め込まれ動きを封じられた象の魔族。
『オーディーンカタナ』
ヤヤの手刀が象の魔族の首を刎ねた。
「敵の将軍を倒して来たよ」
ヤヤが象の魔族の首を持ってアナコスが待つ軍議室に戻ってきた。
「お疲れさん! そんでどうだった?」
ヨシの問い掛けにヤヤが少し考えてから応える。
「ヴァンデストから二段格下の奴が売名行為での独断出撃って感じかな。本格的な奪還作戦とは、思えなかった」
アナコスが頷く。
「敵兵の規模からしてもそれが妥当な判断でしょう」
「ぶんどったのは、いいけど本気で護り辛い配置だよね」
地図を再確認するヤヤ。
「ニーデッド王国と隣接する以外の領地の境が全て魔族領と隣接している。間違いなく守るには、適していない配置です」
断言するアナコスにヨシがニヤリと笑う。
「詰り、攻めるのに適しているって事だ」
アナコスが苦笑する。
「そうとも言えません。確かに多くの魔族領と隣接したゲシュレストは、攻め入るには、有効かもしれませんが、それもこれも守りが出来る前提が必要になり、ここから軍を派遣して侵攻をしている間に奪還される危険性が高い以上、攻める適しているとも言えないでしょう」
「それでもここをとったのには、ヴァンデストのクビ以外にも理由があるんでしょ?」
ヤヤの指摘にアナコスが今度は、人間領を指差す。
「侵攻し辛いのは、こちらだけでは、ないと言うことです。ゲシュレストに隣接した魔族領から今まで通りに人間領に侵攻を行えば、そこを攻めるつもりです」
「敵の隙を作って作戦?」
ヨシの答えに今度は、ヤヤがニヤリと笑う。
「それだけじゃない。そういった牽制が人間領への侵攻を抑える事になる。魔族としても喉元にささった棘の様なこの土地を放置するわけには、行かない以上、どうしても侵攻の優先度は、他の場所より優先せざる得ない。そうやって稼いだ時間で、ニーデッド国王が周囲の国との連携を強めるって訳だ」
「はい。現状、ラグナロスの墜落からの各国の独自の防衛優先の対策で人類側の連携が崩れています。それを回復させる事が最優先なのです」
アナコスの説明にヨシが面倒そうな顔をする。
「うーん、なんで同じ敵をしてるのに何で協力できないかな?」
苦笑するアナコス。
「どの国も自分の国民を護る事を最優先しなければいけないから仕方ないことだ」
「だったら、まだ救いがあるけど、一部の連中は、もっと他の物を護って、無駄に兵士をすり減らしているじゃないの?」
ヤヤの指摘にアナコスが痛い所を疲れた顔をする。
「一部の国の権力者の中には、名誉欲や自己の保身の為だけにそういった事をしている所もある事は、否定しません。しかし、そういった国も含めて力を合わせなければ人類に勝利は、ありません」
「そういうの国のトップを力尽くで粛清ってやったら駄目?」
何気にブリッコで言うヤヤにヨシものる。
「そうそう、大人がやったら駄目だけど、子供の無邪気な行動って奴で」
「お前等は、邪気ありまくりだ!」
ニーデッドの将軍が怒鳴る。
「あら、いらっしゃい。自国の軍の再編で大忙しのあんたがこっちに来るなんて何かあったの?」
ヤヤの問い掛けにニーデッドの将軍がアナコスに資料を渡しながら言う。
「前回の勝利で、多くの志願兵が我が国に来ている。その大半がアナコス様の指揮の下で戦いたいと願い出ているのだ」
資料に眼を通しながらアナコスが言う。
「多くの物は、軍経験の浅い者です。いきなり最前線であるここに来るのは、危険。出来ましたら、ニーデッド王国の防衛に回ってもらい、その余剰分でこちらへの増援をお願いしたいのですが」
ニーデッドの将軍が頷く。
「我が国の国王も同様に考えていらした。志願兵には、その旨を伝えよう」
「その時、付け足してお願いします。『戦いは、まだ始まったばかり。皆の鍛えた力で魔族に向けるチャンスは、まだまだ多く、今は、雌伏の時』と」
アナコスの助言にニーデッドの将軍が頷く。
「了解した」
そんなやりとりを見てヨシが言う。
「最高司令官ってただ戦場で指揮をとるだけじゃないんだ?」
ヤヤが頷く。
「そりゃそうよ。兵士や国情勢を常に考え、物資の補給や開墾する農地の確保とか、色々と頭を悩まさないことが多い。こういった事は、異世界の住人のあちき達じゃどうしようもないからね」
「大変なんですね」
感心するヨシにアナコスが多くの書類と格闘しながら答える。
「どんな大変であろうと、軍を任された私の仕事なのです」
揺るぎの無い意思があった。
「今回の魔族への侵攻は、明らかな協定違反だ」
人類の王族会議の場でランスット国王が糾弾する。
「魔族への侵攻する事がどうして協定違反になるのでしょうか?」
ニーデッド国王が睨み返すとランスット国王が机を叩く。
「そうであろう! 貴国は、魔族への侵攻するだけの兵力を持ちながら協定を結ぶ我が国への援軍要請を断ったのだから」
「ランスット国王、貴国の軍は、人類軍の中でも有数の兵力を誇る。少なくとも我がニーデッド王国より多くの兵力がある筈。その貴国相手に兵力で劣る我が国が援軍を送れというのは、筋違いでは、ないか?」
ニーデッド国王の指摘に鼻で笑うランスット国王。
「貴国の様に狭くないのだ、幾ら兵力があった所で足らないのが実情でな」
あからさまな侮蔑の表情にニーデッド国王は、拳を握りしめて堪える。
「そうだろう。守っていては、魔族への勝利は、ありえない。ここは、攻勢に出るために再び連合軍を結成すべき時なのだ!」
ざわめきが起こり、ランスット国王が立ち上がる。
「話を誤魔化すな! 今、問題にしているのは、貴国の協定違反であろう!」
ニーデッド国王が怒りの視線を正面から受け止めて応える。
「元からこの協定は、魔族に打ち勝つ為の物。ただ悪戯に防戦を続けて兵力を減らす為の物では、ない!」
睨み合う両国にどちらにつくか多くの国が悩んでいた。
ランスット王国は、この協定参加国の中でも屈指の大国、逆らうべき相手では、ない。
しかし、ニーデッド王国は、魔族、それも魔族でも有数の実力者、ヴァンデストが支配する領地を奪い取った。
どちらと組するかは、大きな選択になる。
「両国共に落ち着いて下さい。ここは、魔族との戦いについて話し合う場であり、言い争いをする場では、ありません」
そう声をあげたのは、新にミータッド国王になった少年の言葉にニーデッド国王が頭を下げる。
「申し訳ありません、ミータッド国王」
しかし、ランスット国王は、蔑んだ眼で見下す。
「ガキが知った風な口を聞くな。小僧は、黙っていろ!」
傍に控えていたカナルスが睨む。
「ランスット国王、口が過ぎます。ミータッド国王である我が主に対して無礼をするならば、我らとて黙っているつもりは、ありませんぞ」
忌々しそうな顔をするランスット国王。
「老害が誰に向ってその様な口をきいているつもりだ!」
「ランスット国王、ここは、貴方がひくべき時でしょう」
そうつげたのは、ミータッド王国、ランスット王国と並ぶ大国、ローカルト王国の女王だった。
「ローカルト女王、何故我がひかねばならないのだ!」
強気を崩さないランスット国王にローカルト女王が諭す。
「簡単です。貴国は、ここで他国の協力を得られなければ魔族に攻め入られるのが避けられないからです」
「どうしてそれを?」
動揺するランスット国王にニーデッド国王が告げる。
「その程度の情報を掴んで居ないと思っていたのか?」
カナルスが続ける。
「国力で劣るニーデッドに援軍要請をした時点で貴国が追い詰められたいるのは、明白です」
「違う! 我が国は、まだ戦える! そうだ魔族にも負けやしない!」
意地を張るランスット国王だったが、場の状況は、一気にニーデッド王国側に流れようとしていた。
しかし、それを止める者が居た。
「そうですね。貴国には、莫大な富をもたらす鉱山があり、そこから産出される鉄による強力な武器は、人類にとって必要不可欠。それを魔族に奪われるわけには、行かない為、より多くの兵を必要としているそれだけなのですよね」
追い詰める切っ掛けを作ったローカルト女王だった。
「そうだ! 我が国は、人類の勝利の要! 最優先で護られなければいけない国なのだ!」
まくしたたえるミータッド国王。
「しかし、現状、どの国にもそれだけの余剰戦力が無いのも確か。その上で攻勢にでるというには、それだけの根拠、ラグナロスに代る力を示せるというのですか?」
ローカルト女王の問い掛けにニーデッド国王が応じる。
「はい。異界からの協力者、それは、あのヴァンデストを倒した者です」
場に驚きが広がる。
「我が国への魔族侵攻を止めた者だな」
カナルスの言葉にニーデッド国王が首を縦に振る。
「その通り、その力を象徴とし、アナコスが指揮を取れば人類の明日を掴みとめる筈です」
アナコス、その名前が出た瞬間、場が凍りつく。
「何の冗談だ! ラグナロスを落とした敗残者の指揮を誰が受けるというのだ!」
ランスット国王の言葉を多くの国王が肯定する中、ローカルト女王が告げる。
「その者は、ラグナロスを失った罪で幽閉させていた筈ですが?」
ニーデッド国王が強く主張する。
「魔族との戦いに必要な人間として私の独断で解放し、指揮を任せております」
「独断が過ぎる! あの者には、極刑こそが相応しい!」
ランスット国王の主張に同調する国王達にニーデッド国王が告げる。
「ならば、どの様な人物なら魔族との戦いに勝利をつかめるというのですか?」
その一言に押し黙る国王達。
それ程に魔族との戦力差は、大きいのだ。
少し思案していたローカルト女王が言う。
「解りました。それならこうしましょう、かの者の罰として魔族との戦いの指揮を取らせる。もしも大敗をした時は、理由を問わず全ての罪をその者が背負う。それで如何でしょう?」
ニーデッド国王は、唾を飲み込み、押し黙る。
それほど、今の一言の意味は、大きいのだ。
しかし、同時にそれでしか道が無い事も理解できたニーデッド国王が告げる。
「それで構わないでしょう。奪取したゲシュレストに兵力を集め、そこから魔族領を切り崩していく戦略が一番妥当でしょう」
「確かにそれが一番妥当でしょう」
ローカルト女王の賛同に他の国王達も続く中、ランスット国王が告げる。
「それで奪い取った領土は、どうなる? まさかニーデッド王国の物とは、言うまい」
ここに来て更なる問題をあげられた。
ニーデッド国王も苦い顔をする中、ローカルト女王が微笑む。
「随分と気が早いのですね。今は、人類の勝利を最優先で考える時では、無くて?」
「領土問題をおいて戦争ができるか!」
ランスット国王の言葉は、直球であった。
確かに戦争をする上でこの問題は、避けては、通れない。
「魔族との戦いが終わるまで共同統治、その税は、全て戦費とし、各国の負担額に応じた金額を分配するという形をとりたい」
ニーデッド国王の提案にランスット国王が否定する。
「貴国がその利益を独占しないという保障は、無い!」
ニーデッド国王は、深呼吸をしてから答える。
「税の徴収、分配は、参加国全てから人を集めた組織で行う」
「それが良いわね。それでしたらランスット国王も納得頂けるわね」
ローカルト女王の言葉にランスット国王は、ニヤリと笑う。
「構わんぞ」
こうして、この場の話し合いは、終わった。
「全責任を負わせる事になってすまない」」
ゲシュレストに訪れ、頭を下げるニーデッド国王にアナコスが首を横に振る。
「最初からそのつもりです。連合の意見を侵攻にまとめて頂けただけで十分です」
「それにしてもそのランスット国王って絶対に悪巧みしてるよ」
ヨシの言葉にニーデッドの将軍が頷く。
「税徴収組織の人間に自分の側近を出し、分割自体に干渉するつもりがあからさまです」
「そっちは、どうにかなる、それより問題は、ローカルト女王の対応だよ」
ヤヤの言葉にニーデッド国王が神妙な顔になる。
「それだ。最終的には、こちらに協力する形に見えるが、あの議会をコントロールしていた」
「ローカルトの女王は、代々不思議な力があると言われています。油断しない事です」
アナコスの言葉にヨシが面倒そうな顔をする。
「何で、魔族と戦っているのに人間にきをつけないといけないの?」
「それが戦争って奴だよ。でも、そんな人間が居ても勝たないといけないし、勝ちたいと思える人がいる以上、やるしかないんだよ」
ヤヤの言葉にアナコスが頷く。
「そう、人類の明日の為にこの戦いには、必ず勝たないといけないのです」
決意を新にする一堂であった。