初戦の意味
ヤヤVSヴァンパイア
ニーデッド王国に隣接する、魔族領地、ゲシュレスト。
「人間が攻めてきたと?」
ゲシュレストの領主、吸血鬼ヴァンデストが不可解そうな顔をする。
「前の戦いでヒドラを撃退した事で奴等がずにのっているのでしょう」
側近の言葉にヴァンデストが失笑する。
「たかがヒドラを倒した程度で喜びおって、人間は、何と愚かなのであろう。やはり、人間は、我ら魔族に支配されるべき存在なのだ。行くぞ」
ヴァンデストの命に答え、臣下が行動を始める。
「随分と集まってるね」
ヨシが戦場を見下ろしながら言うとニーデッド国王が自慢げに言う。
「当然だ。ラグナロスが落ちて以来、防戦を虐げられてきた人類の反抗の狼煙、投入可能な全ての兵を投入した。多くの志願兵も集まっている」
「しかし、ここで万が一にも大敗をすれば、ニーデッド王国は、お終いです」
深刻そうな顔をするニーデッドの将軍の言葉にニーデッド国王が揺るがない決意を持って応える。
「この戦いに勝てないようでは、遅いか早いかの違いでしかない。それがどんなに危険であろうとも、国民を護れる道があるのなら、その道を選ぶ決断をするそれが私の責務」
ヨシがうんうんと頷く。
「さすが、国王様、やっぱりトップは、こうじゃないとね。それで、この戦いの総司令官は?」
「アナコス様は、作戦行動中です」
ニーデッドの将軍の言葉にヨシが不思議そうな顔をする。
「それじゃ、指揮は、誰がとってるの?」
苦笑するニーデッド王国。
「一応、彼は、この国の将軍なのだよ」
ヨシが手を叩く。
「そういえばそうだった」
ジト目をするニーデッドの将軍だったが、小さく咳払いをしてから告げる。
「アナコス様には、細かい指示を貰っている。私の役目は、その指示を兵士達に実行させる役目を任されている」
そこには、強い意志があった。
「あんたも頑張ってるって事だよね。さて、それじゃ後は、ヤヤ次第って事だね」
「しかし、本当に大丈夫なのか? 周辺の魔族領地の領主の中でも群を抜く力を持つヴァンデストを相手にするなど、初戦は、もっと組し易い敵を選ぶべきだったのでは?」
ニーデッドの将軍の言葉にニーデッド国王が首を横に振る。
「これは、私も、アナコスも必要と認めた戦いだ。確かに初戦を勝つだけが目的ならもっと他の魔族領を狙うのが効率的だろうが、我々が求めるのは、魔族との戦いの勝利。その為には、ヴァンデストを打ち倒したという実績が必要不可欠なのだ」
「吸血鬼か、そういえば、ヤヤが前に苦戦した敵にも居たな」
ヨシが昔を思い出すのであった。
前線では、強力な力を持つ魔族に対し、複数の人類兵が力を合わせて対抗する形で戦いが進んでいた。
魔族は、その力故に集団戦闘に慣れていない事もあり、団結力の勝る人類側が優勢に進んでいた。
しかし、そんな優勢もヴァンデストの登場で一気に覆される。
その目から放たれた赤い光線が人類を薙ぎ払う。
「なんと貧弱な存在。虫けらの分際で、我ら魔族に逆らおうと言うのが間違いなのだ!」
高らかに宣言するヴァンデスト。
「強力な力、紅眼の魔王を思い出すね」
そういいながらヤヤは、近づいていく。
「知らぬ名だな?」
ヴァンデストの言葉にヤヤが頷く。
「だろうね。こことは、違う異世界での名前だからね。でも、あんたと同じ吸血鬼で強力な力を持っていたよ」
「もっていた? まるで滅ぼされたみたいな言い方だな」
ヴァンデストの言葉にヤヤがあっさり頷く。
「滅びたよ。まあ、あちきも手伝ったけど、止めを刺したのは、神剣の使い手だったけど」
苦虫を噛んだ顔をするヴァンデスト。
「例え神剣を使われたといえ人間に滅ぼされるとは、吸血鬼の中にも恥晒しな者が居たものだ。しかし、我をそんな屑と同じと思わないで貰おう」
手を振り下ろすとヤヤの周囲地面がめり込む。
「かなりの念動力だね。でもね、そんな力技が通じるなんて思わないでね」
不快そうな顔をするヴァンデスト。
「人間の分際で!」
再び先ほど人間兵を薙ぎ払った赤い光線を放つ。
『カーバンクルミラー』
ヤヤは、それを魔族側に反射し返した。
多くの魔族が吹き飛ぶのをみ、眼を血ばらせ、爪を伸ばして一気にヴァンデストが迫る。
「貴様! 我が同胞を!」
『オーディーンカタナ』
直前で踏み込んだヤヤの手刀がヴァンデストの振り下ろされようとした腕を切り落とす。
即座に腕を再生しながら振り返るヴァンデストだったが、その視界にヤヤは、居なかった。
『フェニックスライトウイング』
ヴァンデストの視界の下、足元からヤヤの炎をまとった右手が振り上げられた。
表皮を焼かれ、ただれた皮膚を晒しながらヴァンデストが吠える。
「この程度のダメージなど、我には、無意味!」
「だろうね。でもね、今の攻防ではっきりした事がある。あんたは、接近戦じゃあちきに勝てない。あちきに勝ちたかったら手の届く範囲に来ない事だね」
ヤヤの言葉にヴァンデストが憤慨する。
「舐めるな! 今までのが我の全力と思うな!」
下半身を狼に変化させたヴァンデストが高速で動き、背後からヤヤを襲う。
『トールハンマー!』
振り返りもしないで放たれたヤヤの雷をまとった裏拳がヴァンデストの腹に決まる。
「力の大小、スピードなんて接近戦で大して意味が無い。あんたの攻撃がかわされ、あちきの攻撃が必中する。それがそれが結果だよ」
「認めん!」
ヴァンデストは、触手の様な物を生やして、四方八方からヤヤを襲う。
『シヴァダンス』
ヤヤの周りが氷が展開して触手を凍結させる。
『タイタンパンチ』
ヤヤが殴りつけた氷の塊は、ヴァンデストに迫る。
「この程度……」
避けようとしたヴァンデストだったが、その氷には、自身が生やした触手が繋がっていた。
「しまった!」
触手に導かれるようにヴァンデストに氷の塊が衝突する。
その様子を悠然と見るヤヤ。
「いい加減、納得した?」
「この程度、我には、虫に刺された程のダメージでもないわ!」
ヴァンデストの宣言通り、全てのダメージをあっさりと再生させてしまう。
肩を竦めるヤヤ。
「ダメージは、そうだろうね。でもね、消耗は、避けられない。さて今の攻防でどれだけ力を無駄遣いした?」
ヴァンデストが忌々しそうにヤヤを見る。
「多少の力の無駄遣いで人間と魔族の力の総量の差が埋まると思っているのか?」
ヤヤが苦笑する。
「そんなもんを気にしてどうなるの? 問題は、あんたら魔族にとって生命力なんかより大切な力が確実に失われているって事じゃないの?」
血が滲むほど唇を噛むヴァンデスト。
「良いだろう、お前の言葉を認めてやろう。ここは、これ以上無駄に力を使わない為に遠距離から確実にお前を殺してやろう」
飛び上がり、その強大な力を高めるヴァンデストにヤヤが右手を向ける。
「チェックメイト。 『ホワイトファング』」
ヤヤの右手から放たれた白い光は、ヴァンデストをその痕跡を残さず消滅させるのであった。
愕然とする魔族達。
「ば、馬鹿なヴァンデスト様が……」
「人間如きがあんな力を……」
魔族の畏怖の視線がヤヤに集まったその時、高らかにラッパが鳴り響く。
それに伴い、人類兵が一気に攻勢に出た。
ヴァンデストを失った魔族にその勢いを跳ね返す力は、残っていなかった。
魔族は、即時撤退を始めるしか無かった。
「追撃をするな! 戦う意思がある魔族だけに攻撃を集中しろ!」
アナコスの厳命が兵士達を動かす。
こうして、ゲシュレストでの魔族と人類の初戦は、人類側の完全勝利に終わった。
「それにしても、最高司令官がなんで前線にいるのですか?」
少し責める様な顔を見せるヤヤにアナコスが言う。
「これからの戦い、君の力が大きく関わってくる。それを把握する事が最優先だった。次からは、指揮を優先する」
それを聞いてヤヤが微笑む。
「なるほどね。全部を自分で背負うだけの責任感馬鹿じゃないんだ。それでお眼鏡に適った?」
アナコスが淡々と口にする。
「一見すると完勝だが、実情は、違う。君には、ヴァンデストを倒す決定打は、ラグナロスをおとしたあの技しか無かった。しかし、あの技は、制限が多すぎる。その為に、わざと接近戦で勝てない、遠距離の大技、あの技を使うのに適した状況を相手に生み出させた。君の本当の力は、そこにあると理解した」
拍手するヤヤ。
「あの攻防をそこまで把握してるなんて流石。そんなあんただからあちきもばらすけど、多分、ラグナロスがあったとしても魔族には、勝てなかったと思う。あのクラスがトップクラスでしかない以上、本当のトップには、あちきでも勝つ可能性が万が一しかない奴が居るよ」
アナコスは、頷く。
「そうだろう。ラグナロスを失った、それだけで人類は、防戦を余儀なくされた時点で、あの戦略プランには、無理があった。魔族に勝つ為には、強大な力一つに頼るだけでは、駄目なのだ」
そこには、強い決意が込められていた。
「だからこそのアナコスさんだよね?」
ヤヤの問い掛けにアナコスが応える。
「そう、そして、ここで戦った多くの勇敢の兵士達が」
ヤヤが頷く。
「この戦い、あちきが決めたって思う人がいるかもしれないけど、あちき一人じゃ、魔族を自分の領地から押し返す事なんて出来なったよ」
初戦を勝利で飾ったアナコスが指揮する人類反抗軍だが、まだ戦いは、始まったばかりである。