幽閉者との問答
遂に主役の登場です
ニーデッド王国の幽閉の塔。
「ここにアナコスって人が幽閉されてるんだ」
ヨシが塔を見上げる。
「そうだ。アナコス様は、ラグナロスが出来る前から、人類の希望であった。何度も絶望的な作戦を成功させていたのだ。ラグナロスの艦長選抜で一番に名が出たのも当然の御方だ」
ニーデッドの将軍の言葉にヤヤが呆れた顔をする。
「そんな人間をこんな所に幽閉して何考えてるんだか」
「原因のお前には、言われたくないと思うがな」
ニーデッドの将軍が正論を吐くがヤヤは、鋭い眼差しを向ける。
「そんな戯言をほざく余裕がある状況なの?」
ニーデッドの将軍が苦虫を噛んだ顔で告げる。
「いいや、血反吐を吐いて這い蹲ってでも進まなければいけない状況だ」
「だったら、やっぱりここの人を解放しないとね」
ヨシの言葉にニーデッドの将軍が強く頷く。
「やはり、アナコス様が必要なのだ」
そして、塔に入ろうとするヤヤ達の前に華美な鎧に着られた男が立ち塞がる。
「貴様等、何の用だ? ここは、大戦犯、アナコスを幽閉した塔。まさかと思うがアナコスを救いに来た愚か者か?」
蔑んだ目で見下してくる相手にヤヤの顔から表情が抜けていく。
「無駄だ! 今までも、高貴なる御方の顔に泥を塗った何度処刑しても足りないアナコスを救おうとした無知で無教養な下賎の輩が居たが、全て、私の前に屈服した」
高笑いを上げるその男の顔面にヨシの正拳が決まる。
吹き飛んだ男が立ち上がり命令する。
「女子供と甘く見れば、やってしまえ!」
男の指示に周りで待機していた兵士達が一斉に動き出す。
「ここは、対魔族連合の直轄、この者達もその配下、私の命令は、通じないんだぞ!」
ニーデッドの将軍の緊張した面持ちになるが、ヤヤは、右手を天に伸ばし空気をかき混ぜ、振り下ろす。
『フェニックス』
鳥の形をした炎が向ってくる兵士達を吹き飛ばす。
「ま、魔法だと? そ、そんな事で驚くと思ったか?」
明らかに動揺しながらも男は、後ろに控えていたローブを羽織った人間に言う。
「小娘、強力な魔法を使う様だが、魔法の真価は、そんなところでは……」
無言で近づいたヨシの回し蹴りが魔法使いの横っ面に決まり、沈黙させた。
「魔法使いが前に出てきた時点で終わりだね」
ヨシがそうきって捨てる。
「ま、まだだ! 私には、奥の手がある。あれを解き放て!」
男の命令に兵士達が動揺する。
「しかし、あれは……」
兵士の進言に男が声を荒げる。
「うるさい! とっととやれ!」
兵士達は、恐れながらも鍵を開けた、その瞬間、ドアがぶちあけられ、傍に居た兵士達を吹き飛ばされる。
中から現れたのは、牛頭の大男。
「馬鹿な、あれは、数千人の被害を出してようやく捕らえた魔族の部隊長だぞ。なぜここに?」
ニーデッドの将軍の言葉に男が狂喜の笑い声をあげて答える。
「アナコスを英雄視する人間に思い知らせる為、アナコスに最後の名誉挽回の機会と言う名の処刑人としてここに運ばれていたのだ! この化け物相手では、個人の力など無力だ!」
「ミノタウロスだね。どうする?」
気楽に尋ねるヨシにヤヤがミノタウロスが振り下ろした大斧に向けて左手を差し出す。
『アテナシールド』
受け止められた大斧。
「ば、馬鹿な! 小娘に受け止められる訳が無い!」
叫んだ男は、見る事になる。
『オーディーン』
手刀を振り上げてミノタウロスを真っ二つにするヤヤの姿を。
「ヒドラを倒したっていうのは、本当みたいだな」
冷や汗を拭うニーデッドの将軍。
ここに至り、男に従えていた兵士達も完全に弱腰になる。
それでも男は、自分の優位を疑わなかった。
「お前! 私は、何者か解っているのか? 連合を率いる将軍の甥だ! 私に逆らえば連合に所属する全ての国を敵に回す事になるぞ! さあ、土下座して許しを請え!」
ヤヤは、肩を竦めて言う。
「この馬鹿、相手するのも面倒だからほっていこう」
「だね。案内をよろしく」
ヨシがニーデッドの将軍を促す。
「本当に良いのか?」
「待て、無視をするな」
ヨシに向って綺麗なだけで血の痕一つない剣を男が抜いた瞬間、ヤヤが胸倉を掴んでいた。
「最終チャンス。今すぐ反省すれば、見逃してあげる」
「誰が、貴様みたいな小娘に!」
あくまで足掻こうとした男。
『コカトリス』
ヤヤの空いていた手で打たれた男が口から大量の血を吐き出す。
ヤヤが手を離すと地面に激突する男。
「し、死にたくない……」
激痛におぼろげになる男の言葉。
「そう、きっちり生かしてあげる。『マホイミ』」
ヤヤが触れたところから男の傷は、癒えるが同時に一気に老けて、髪が抜けていく。
「何時の間にそういう回復系の攻撃魔法を覚えたの?」
ヨシの問い掛けにヤヤが笑みを浮かべる。
「別に改めて覚えたわけじゃない。元々、ある一定上の敵には、効かないし、味方には、ダメージがデメリットが大き過ぎるから使ってなかっただけ」
地面で這い蹲る男が見上げながら言う。
「こんな事をしてただで済むと思うな! 絶対に後悔させてやる!」
ヤヤは、笑顔で答える。
「別に良いですけど、あちきは、たとえ味方でも、気に入らない奴は、容赦なく見棄てますから」
「ヤヤってそういう人間だしね」
呆れ顔のヨシと共に先行していたニーデッドの将軍に合流するヤヤ。
「待たせてすいません」
「それは、構わないが本当に良いのか? あいつは、気に入らない奴だが、現在の人類側では、有力者と繋がりあるぞ?」
ニーデッドの将軍の忠告にヤヤが肩を竦める。
「今のでしょ? 魔族相手に逃げ腰で、まともに戦おうとしない奴等なんて端から問題外ですよ」
「これからあんたの所の国王様と作る連合には、そんな事を気にする奴等は、必要ない。それどころか邪魔でしょ? ここで切っておいて正解だよ」
ヨシの補足にニーデッドの将軍が倒されたミノタウロスを一瞥してから言う。
「確かに。アレは、こちらの足を引っ張りそうだが、敵対するのも問題じゃないか?」
苦笑するヤヤ。
「こっちを邪魔する程の余力なんて無いでしょ。問題は、足を引っ張られる事。だから下手に馴れ合うより、こうやって敵対しておいた方が良いとおもうよ」
「その考え方を否定できないのが悲しいですな」
と言いながらもニーデッドの将軍は、全然悲しそうな顔をしていなかった。
「外が騒がしい。私の処刑がいよいよ実行されるのかもしれないな」
塔の職員が持ち込んだ品物で快適な生活が可能にも関わらず、元からの環境に甘んじるアナコスの言葉に監視役の兵士が叫ぶ。
「そんな事は、ありません! 万が一、そんな事になって居たとしてもこの命を捨ててでも貴方をお救いします」
それを聞いてアナコスが首を横に振る。
「若い命を無駄に捨てるな。もとより、人類の希望を失わせた私は、処刑されて当然なのだ」
「そんな事は、ありません! 貴方には、また人類の希望になれる存在です!」
監視役の兵士が熱い思いを告げるとアナコスが微笑む。
「ありがとう。その気持ちが嬉しいが。残念だが、今の私にそれだけの力は、無い。今の私では、魔族を倒すだけの決定力が無いのだ。今、出来ることといえば、この命を使って、新たな希望の為の礎になる事だけだ」
「そんな悲しいことを言わないでください!」
監視の兵士が辛そうに牢屋の鉄格子に詰め寄る。
『オーディーン』
その声と共にヤヤが牢屋の鉄格子を切り裂いて言う。
「迎えに来たよ」
いきなり現れたヤヤに戸惑う監視役の兵士。
「お前、何者だ?」
そんな監視役の兵士と違い、アナコスは、後から来たニーデッドの将軍の姿を見て言う。
「ニーデッド国王の手の人間ですか?」
「半分、正解って所。あたし達は、魔族との戦いの為の助っ人って奴よ」
ヨシが胸を張る。
「お前等みたいな小娘が助っ人だと、ふざけるな!」
手に持った槍を突きつけてくる監視の兵士にヤヤが苦笑する。
「えーと、アナコスさんに危害を加える事は、しませんから落ち着いて下さい」
「本当にさっきまでと扱いは、全然違うな。アナコス殿、このニーデッド国王が貴方を必要としています。どうかご同行をお願いいたします」
ニーデッドの将軍が頭を下げるがアナコスは、応じない。
「すいません。ニーデッド国王は、確かに新たな人類に希望になれるお方。しかし、私では、その期待に応えられません」
「あんただけじゃそうかもしれないけど、さっきも言ったでしょ? あたし達も居る。だから一緒に行こう!」
手を伸ばすヨシを見た後、ヤヤを凝視するアナコス。
「貴女は、只者では、ないですね」
「この小娘がなんだというのですか?」
今だ槍を突きつけた監視役の兵士を庇うように前に出てアナコスが言う。
「槍を引きなさい。その気になればここに居る全員を殺す事が出来る相手です」
「そ、そんな馬鹿な事が」
困惑する監視役の兵士と裏腹にヤヤが嬉しそうに言う。
「うん、ちゃんとした目も持ってる。カナルスさんやニーデッド国王の人物評価は、間違っていなかったね」
「カナルス殿がどうして?」
アナコスの問い掛けにヨシが答える。
「人類最大の王国だからって行ったけど話にもならなかった。でも、カナルスって人だけは、違ったね。そして 貴方やニーデッド国王を勧められたからここに居るんだよ」
「カナルス殿が私を……」
思案するアナコスにヤヤが告げる。
「アナコスさんは、貴方の所為で役職を失ったのにも関わらず、貴方を信じて推薦したその思いを無駄にしないで下さい」
拳を握り締めるアナコス。
「カナルス殿にまで迷惑をおかけしてしまっていたか。しかし、なおの事、私は、ここを出ては、私をラグナロスの艦長に推薦した方々に迷惑が掛かります。その様な事は、出来ません」
仁義を口にするアナコスにヨシが詰め寄る。
「あんたさ、何の為に戦っていたの? もしかしてその人達の為に戦っていたの?」
「違います。私は、人類の未来の為に戦っています」
揺るがないヨシの視線に戸惑いを覚えるアナコスにヤヤも詰め寄る。
「その人達は、自分達の地位や名誉の為に人類の明日を犠牲にして喜ぶって思うの? 貴方がその人達の為にしなければいけないのは、人類の明日の為に戦うことじゃないの?」
「しかし、ラグナロスを失った今の私には、それだけの力は、ありません」
アナコスの言葉にヤヤが拳を突きつけて宣言する。
「その力の変わりは、あちきがやってあげる。後は、貴方の気持ちしだいだよ」
「貴女がラグナロスの代わりですか? 本当にそんな事が出来ると?」
視線をぶつけてくるアナコスにヤヤが応える。
「その為にこの世界に居るよ」
そして長い沈黙の後、アナコスが告げる。
「死ぬ事は、いつでも出来ます。ニーデッド国王が私の力を必要とするのでしたら、魂の欠片まで使って魔族と戦いましょう」
「アナコス殿!」
目を輝かせるニーデッドの将軍。
「すまないが脱獄させてもらう。君には、迷惑をかける」
アナコスの言葉に監視役の兵士が首を横に振る。
「構いません! アナコス様が生きて戦うためでしたら、私一人の命くらい……」
「そんな事を言うな、君の命にも価値が、未来への希望だ。君が死ぬ様に成らないように努力する」
アナコスの言葉にヨシが手をあげる。
「もうこの塔って意味無いんだから一緒に来ればいいじゃん。魔族と戦うのに一兵だって兵が多いほうがいいでしょ?」
「アナコス様と下で戦えるのでしたらそれ以上の誇りは、ありません」
監視役の兵士の言葉にアナコスが真剣な面持ちで言う。
「勝ち目が薄い戦いです。それでも構わないと言うのですか?」
監視役の兵士が全力で応える。
「人類の未来の為に戦える。それだけで十分です」
こうして、塔の兵士の多くがアナコスと共にニーデッド王国軍に合流する事になる。
その途中、ミノタウロスの死体を観て兵士達が驚き、説明を聞いてアナコスが真剣な顔になる。
「確かに、それだけの力があれば新たな希望になれるかもしれません」
そこには、未来を諦めた男の顔は、既に無く、人類の明日の為に策を巡らせる男の顔があった。