最前線での邂逅
最前線で戦う国王との邂逅
ニーデッド王国、国境付近。
「国王、最早これ以上の戦線維持は、不可能です。どうか撤退の決断を」
将軍からの提案を細身だが、鋭い目をしたニーデッド国王が問い返す。
「撤退をして、その後、どうする?」
将軍は、一度何か言おうとしたが、躊躇し、それでも口にする。
「戦線を王都周辺まで後退させ、戦力を集中させて魔族と対抗します。少なくとも現状の我々の戦力では、この戦線を維持するのは、不可能です」
ニーデッド国王は、地図の上の王都を指差す。
「更に問う、どこまで戦線を後退させればニーデッド王国を護れる?」
将軍が激しい葛藤の末、描いたのは、殆ど王都すれすれのラインであった。
「それは、将軍としての見解か?」
将軍が搾り出すように答える。
「ラグナログ、それを用いた侵攻作戦の失敗に我々の兵力は、限界に来ております」
ニーデッド国王は、顔を上げて一つの塔を見る。
「アナコス、あやつならきっと魔族を打ち倒してくれると信じていたのだがな」
目を瞑り、臣下達の注目の中、ニーデッド国王が宣言する。
「戦線の後退させる。ただし、国民の避難を急がせるのだ」
「は!」
臣下達が動き出そうとした時、伝令兵が駆け込んできた。
「大変です! 魔族がヒドラを投入してきました!」
戦慄が走る。
「何体だ?」
将軍の詰問に伝令兵が真っ青な顔で答える。
「……五体です」
一体でも陣形を打ち砕くだけのパワーと突進力を持った凶悪な敵。
それが五体となれば絶望的な数であった。
それでもニーデッド国王は、諦めない。
「民間人の即時避難させろ! 荷物は、持たすな! 着の身着のままで逃げさせろ!」
臣下が自分の言葉に従い行動を起こす中、ニーテッド国王が立つ。
「前線に出る」
「お待ち下さい! ここで陛下にもしもの事がありましたら!」
止める臣下にニーテッド国王が淡々と告げる。
「兵士達の盾の後ろで指示をする。我は、我が兵士を信じる」
その言葉に兵士達が奮起する。
「絶対に陛下には、指一本触れさせません」
こうして、前線に出たニーテッド国王が見たのは、ヒドラによる、一方的な虐殺だった。
「無理をするな! いまは、民を逃がす時間を稼ぐ。それだけで十分だ!」
必死にヒドラの進行を留めようとする兵士達の姿に悔しげな顔をするニーテッド国王。
「間に合うか?」
その呟きに将軍は、搾り出すように答える。
「間に合わせて見せます」
「その言葉、信じよう」
そういってヒドラの迫る中、戦場を凝視する。
そんな中、戦場に異変がおき始めた。
五体のヒドラ、その一体の進行が止まったのだ。
「何が起こった?」
ニーテッド国王がその方向を見た時、止まったヒドラの首が切り落とされた。
ヒドラ達の歩みが止まった。
首を落とされたヒドラの傍に居たヒドラが、その方向に突進した。
しかし、いきなり倒れたと思うと土が盛り上がり、倒れたヒドラを塗りつぶしていった。
明らかな異常事態に敵味方なく、混乱が発生する中、ニーテッド国王だけがこの状況を理性的に見ていた。
「ヒドラを倒す強力な者が現れた。そしてそれは、少なくとも魔族と敵対している。このチャンスを逃す訳には、いかないな。将軍、直ぐに兵を後退させろ」
「しかし、いま後退させれば一気に攻め込まれる可能性が……」
将軍の言葉にニーテッド国王がニヤリと笑う。
「やつらにそんな余裕は、無い」
ニーテッド国王の言葉の正しさを示すように、三体目のヒドラが地面に倒れ、軽い地震を起こす。
「解りました!」
将軍の指示に、兵士達が後退し、戦場が顕わになる。
多くの魔族が困惑し、残り二体になったヒドラが敵に向って突進する。
『アポロン』
超高熱が迫り来るヒドラを焼却する。
そして残ったのは、一人の少女、ヤヤだけだった。
「さてと、まだ続ける?」
魔族の方を向いてそう問いかけ、闘気を放出する。
一斉に逃げ出す魔族側の兵士達。
戦場は、静かになった。
「まさか、あの娘がヒドラを倒した訳では、無い筈です。何か他の者が……」
必死に辺りを探る将軍を尻目にニーテッド国王がヤヤに近づいていく。
「あの娘かどうかは、解らないが、接触せねばなるまい」
「お待ち下さい! 危険です!」
将軍が止めるがニーテッド国王が歩みを止めない。
「少なくともいきなり襲ってくることは、無いだろう」
「そうだけど、あんたも良い度胸しているよ」
いきなりの少女の声にニーテッドが振り返ると、見た事もない黒い髪の少女が居た。
「戦場で何をしている?」
その少女、ヨシが言う。
「あたしは、あの子の連れ。ここには、ミータッド王国のカナルスっておっさんがあんただったら人類の新たな先駆者になれるって聞いたから来たんだよ」
「カナルスがその様な事を言っていたか。まあ、良い。会いに来たというなら話し合いをする気は、あるという事だな?」
ニーテッド国王の言葉にヨシが指を鳴らす。
「うん、あそこのボケ老人と違って、話が早い。そうそう、どうせなら食事をしながらにしない?」
「良いだろう、食事の準備を」
ニーテッド国王の命令に側用人が食事の用意を始めるのであった。
「って言うことで、ラグナロスを落としたのが、こっちに居るヤヤなんだよね」
食事をしながらの事情説明をするヨシ。
「冗談は、休み休みにしてもらおう」
将軍は、憤慨するがニーテッド国王は、鋭い視線になる。
「事情は、解った。しかし、それでなぜ此処に居る。この世界の事情などお前達には、関係ないことだろう?」
ヤヤが小さな溜め息を吐いて言う。
「異界不可侵ってルールが存在するんです。今回のあちきがやった事は、おもいっきりこれにひっかかって、問題視されています。神々からの多大な罰則が下される可能性すらあるって脅されています。それを回避する為に、最低でもラグナロスがあったのと同じ状況まで復帰させないと不味いって事になってるんです」
ニーテッド国王が少し思案してから訊ねる。
「事情は、解った。しかし、君らだけでその様な事が本当に可能なのか?」
ヤヤは、視線をそらして言う。
「えーと、大陸を一つ、二つ減らしても良いんでしたら、魔族を壊滅状態に出来ます」
「さっきよりも笑えない冗談だ!」
将軍が怒鳴るとヨシが言う。
「そういう力があるからラグナロスを落せたんだけどね」
ニーテッド国王が諭すように口にする。
「ラグナロスが落ちた、全ては、そこから始まる。その異常事態が発生するには、それ相応の力が関与していたと考えるのが妥当だろう。正直、ラグナロスの一件は、我には、納得行かない事が多かったが先ほどの話が本当なら納得も行く」
「どういう事でしょうか?」
質問する将軍にニーテッド国王が説明する。
「ラグナロスが落ちたこちらの被害が多大さで気付かない者も多かったが、あの一件では、魔族は、一つの要所と多大な配下の損失、被害量を測るなら間違いなく人類側より多かった。ラグナロスを落す為といって、その様な事を魔族がする訳が無かったからな」
そこヤヤが入ってくる。
「話を戻しますけど、あの力って実際問題、あちきの力って訳でもないんです」
「どういう意味だ?」
ニーテッド国王の問い掛けにヤヤが前にだすと右腕が仄かに白く輝く。
「あちきの家で信仰する神の第一使徒の力を借りる魔法みたいな物があり、それの使いすぎで侵食されているんです。普段、抑えているのを方向性をつけて解放しているだけ。洒落や冗談抜きで人間業じゃなく、神の御業の世界の力なんですよ。ですから制御なんて出来ないんです」
「具体的には?」
ニーテッド国王の言葉にヤヤが答える。
「地形等がはっきりと解ってないで使えば、本当に大陸を破壊する可能性があります。だから、あちきは、自分の力で貴方達に協力して、魔族とのバランスをひっくり返そうと考えています」
「小娘の力で何が出来る!」
声を荒げる将軍を制し、ニーテッド国王が言う。
「何が出来る?」
同じ言葉だったが、そこに含まれている物は、正反対だった。
「さっきみたいなヒドラだったら、敵じゃありません。魔族の将軍クラスと戦っても負けないと思います」
ニーテッド国王が目を瞑り、深い思考に入る。
そしてニーテッド国王が目をあけて、正面からヤヤを見る。
「最初に言っておく。我は、汝を信じない。しかし、そちらに事情があるように、こっちにも退けぬ事情がある。魔族との戦いには、勝たなければいけないのだ。その為にその力を貸して貰おう」
「それで構いません。よろしくお願いします」
微笑むヤヤ。
「それじゃ、もう一人を解放しに行こうか」
ヨシの言葉にニーテッド国王が反応する。
「もう一人。そうか、あの男を戦場に呼び戻すつもりだな?」
困惑する将軍にニーテッド国王が命令を下す。
「この者達をアナコスを幽閉した塔に案内しろ」
「陛下、かの者は、ラグナロスを落ちた罰として幽閉された者です」
将軍の訴えにニーテッド国王が頷く。
「そうだ。その罪で公開処刑される所を我が幽閉に留めたのは、反撃の時の為。あの者の力が必要な時が来たのだ」
暫く沈黙していた将軍だったがヤヤ達を横目に答える。
「この小娘達より、間違いない力です。部下に命じて、解放させます」
ニーテッド国王が首を横に振る。
「それだけでは、駄目なのだ。あの者は、自らその罪を重くしている。それを解き放てるのには、その者たちが必要なのだ」
ヨシがガッツポーズをとる。
「任せて! あたしがガツッとやって戦場に呼び戻してあげるから!」
「随分と自信がある様だが、何か根拠があるのか?」
疑いの視線を向ける将軍にヨシがあっさりと答える。
「無い」
「お前は!」
苛立つ将軍の顔を真っ直ぐ見てヨシが言う。
「でも、大丈夫。その人の名前は、何度も聞いた。そして、皆がその人を信じてる。そんな人だったら、絶対にもう一度戦えるから」
将軍が唖然とした顔をするのを見てニーテッド国王が高笑いをあげる。
「その通りだ。あの者なら、必ず戻ってくる。そして、共に戻ってくるが良い。その時には、魔族への反撃準備が終わっている筈だ」
こうしてヤヤとヨシは、アナコスが幽閉された塔に向うのであった。