明日への道
ヤヤ達が帰った後の話です
元魔城。
「お別れですね」
アナコスの言葉にヤヤが頷く。
「元々、あちき達がここに居た理由の大半があの金色眼をこの世界から排除する為の伏線だったみたいだからね」
「贖罪とかなんとか言って、良い様に利用されたって事だよ」
憤慨するヨシに切羽詰った顔のマンースが言う。
「しかし、この世界には、まだ魔族が残っていて、戦いは、続いています」
困った顔をするヤヤ。
「でも、これ以上、居たら、今度は、あちきが過剰干渉したって罰せられるんだよ」
「あの魔族との決着をつけなくて良いのか!」
マムスの言葉にヨシも不満そうな顔をする中、アナコスが言う。
「最初からラグナロスの代わりという約束だったのです。その約束は、十分に果されました。ここから先は、この世界の人間がやらないといけないことなのです」
「魔族以外にも色々大変だと思うけど、頑張ってね」
ヤヤに続けてヨシが言う。
「絶対に勝つんだよ!」
迎えに来た少女と共にヤヤとヨシは、消えていった。
「本当に行ってしまいました。大丈夫なのでしょうか?」
不安そうなマンースにアナコスが告げる。
「大丈夫では、無いでしょう。ヤヤさんという唯一魔族の王と渡り合える戦力を失い、人間側には、決定力がなくなりました」
「しかし、魔族だって、多くの戦力を失った筈です!」
マムスの言葉にアナコスが頷く。
「そうです。魔族とて嘗ての様な侵攻は、行えません」
安堵の表情を浮かべるマンースに対してアナコスが苦笑する。
「その必要が無くなったというのもありますが」
「どういう事ですか?」
マムスの問い掛けにアナコスが答える。
「魔族があそこまで人間領に侵攻を続けていたのは、金色眼に対する捧げ物を続ける必然性からです。魔城に残された資料を見ると、金色眼は、多くの娘達の中から極々一握りの者にしかその価値を見出さなかったそうです。その極一握りを得る為に魔族は、大量のかつ新しい少女を捕虜として必要としていたからでした。それが無くなった今、パンデン大森林という狩場を保有する魔族が必要以上に侵攻する必然性は、なくなりました」
「しかし、俺達との戦いの決着がまだついていません」
マムスの主張にアナコスが魔城から見下ろす新たに人間領となった町を見下ろす。
「魔族との決着を求めている人間が一部の者だけだとしたらどうしますか?」
「そんな訳がありません! 長い戦いに終止符を打つチャンスでは、ないですか!」
声を荒げるマムスに対してアナコスが大きなため息を吐く。
「人は、想いだけでは、生きては、いけません。長く続いた魔族との戦いに多くの国が疲弊しています。魔族からの侵攻の危険性があっての連合であり、それが無くなった今、連合は、結束は、薄氷の上にあります」
人類の王族会議の場。
その中央に立たされるのは、ローカルト女王であった。
「人類を裏切り、魔族に加担したかの国は、断固たる罰が必要だ!」
そう強固に主張するのは、ランスット国王であった。
「魔族に加担したと言うのならランスット王国も同様では、無いのですか?」
ニーデッド国王の指摘にランスット国王が睨み返す。
「なんだと!」
ニーデッド国王が提出された幾つかの資料を見せる。
「魔族によるゲシュレストの砦の襲撃を助け、魔族の技術で作られた鎧を使用し、あまつさえ、司令官であったアナコスの暗殺計画を企てた。それが魔族への加担と言わずなんなのですか?」
ざわめく議場。
「魔族に騙されてラントスが幾つ物失態を演じた様に見えるだろうが、それら全ては、テンカウントの一体を倒すためのフェイクに過ぎないだったのだ!」
ランスット国王の無理がある理屈にミータッド国王が突っ込む。
「成果より出した被害の方が大きいです!」
「元より、アナコスの指揮での被害の全ては、その責任をアナコスが負う。それが当初からの決め事だった筈だ!」
ランスット国王の主張を聞いて笑い出すローカルト女王。
「随分と自分に都合の良い解釈ばかりされるのですね?」
「人類の裏切り者が何を言う!」
ランスット国王が手元にあったグラスを投げつけるがローカルト女王は、避けない。
額に傷を付けながらローカルト女王が告げる。
「その約定を言い出したのは、私です。全ては、魔族との契約に従い、おぞましき神の排除、そしてその後の人類の中での権力を手に入れる為に。貴方は、それを利用しようとしているわ。それが私とどう違うと言うの?」
「この売女が!」
激昂するランスット国王。
そんな様子にニーデッド国王は、苦々しく見ていたが決意を込めて告げる。
「会議に参加する全ての国の王に言いたい。魔族との戦いは、まだ終わっていない。パンデン大森林に潜む魔族は、今は、雌伏の時と動きは、しないが力を取り戻した時、再び人類への侵攻を開始するでしょう。そうならない為にも今こそ魔族との決着をつけるべきです」
完全な正論であり、先程まで行われていた言葉尻の取り合いの何倍も有益な発言であったが、議場での反応は、薄かった。
「ニーデッド国王、貴方の言葉は、正しい。しかし、我々とて、疲労を伴っているのも確かなのです」
ミータッド国王が真摯に答える。
「パラドッスをはじめとする魔族より取り戻した領土の回復には、未だ多くの人と財力が必要とされているのです」
カナルスが具体的な資料を提出する。
そこに描かれた現実は、戦争の継続を否定していた。
「魔族の首都を落としたのだ、既に戦いは、終わった。我々は、その成果に相応しい領土を獲る権利がある!」
そう主張しランスット国王は、魔族から奪い取った領地の多くの権利を主張する。
「馬鹿な! 明らかに不平等。そんな配分が成り立つと思っているのか!」
不満の声をあげる国々に対してランスット国王が見下すように告げる。
「ならば問おう、あの異界の小娘以外にテンカウントの首をとった者がお前達の国に居るのか? わが国は、テンカウントの一体の首だけでは、ない。元フォーマ砦の鉄壁と言われた者の一体をも打ち倒した。これ以上の成果をあげし国は、他にあるというのか!」
呆れた顔をするローカルト女王。
「本当に良い面の皮ですわね。それともテンカウントの首は、アナコスの情けで得られた事すらも解らないのかしら?」
「我が国の成果に裏切り者が何を言う!」
怒声をあげるランスット国王にローカルト女王が指摘する。
「散々利用され、立場を失い掛けていた貴方の弟。それでも貴国の戦力を必要としたアナコスが手柄を恵んでくれたのです」
「戯言を言うな! 皆に告げる、この裏切り者の言葉など信用するに足りぬ事だ!」
強弁するランスット国王。
混沌に満ちた議場の扉が開き、そこから現れた者に視線が集まる。
「アナコス、お前がここに現れるとは……」
カナルスが複雑な顔をする中、アナコスが告げる。
「この場に参加する資格無い事を承知の上、参りました」
「解っているのだったらさっさと立ち去るがいい!」
ランスット国王の叱責にもアナコスは、怯まない。
「承知の上で参りましたと申しました。ここには、これまでの戦いの責任を果す為に来ました」
「責任を取る、どういう事でしょうか?」
ミータッド国王が問いかけニーテッド国王が告げる。
「アナコスよ汝は、この度の戦いで十分な成果をあげた。その責任も相殺されるべきだ!」
アナコスが首を横に振る。
「いいえ、当初より、この度の魔族との戦いでの全責任は、私が負う事になっておりました。それを違えては、連合の絆が形骸化します」
「その通り! 元よりラグナロスを失った貴様は、もっと早く処刑されるべきだったのだ」
ランスット国王の言葉にアナコスが首を横に振る。
「私の負うべき責務は、この様な矮小な命一つで果せる物では、ありません」
「ならばどうするというののだ!」
ランスット国王の詰問にアナコスが答える。
「この一生を捧げましょう。その為に提案があります」
そういってアナコスは、ローカルト女王を見る。
「魔族に協力していたローカルト王国の領土を連合で分割管理し、ローカルト女王をはじめとするローカルト王族を旧魔族領を統治させるのです。私がその監視の役目に立ちましょう。そして旧魔族領は、常に魔族との戦いの最前線として戦い、連合にこれ以上の負担をさせない事を誓いましょう」
「何を馬鹿な事を! なぜ裏切り者に領土を与えないければいけない!」
いきりたつランスット国王だったが、ニーデッド国王が感心した顔で告げる。
「確かにそれは、妙案かもしれないな」
「何をふざけた事を」
一人エキサイトするランスット国王にミータッド国王が告げる。
「よくお考え下さい。農地、資源共に未知数な旧魔族領土の我々にとっては、それほど魅力がある土地とは、言えません。それよりも確実なそれを得られるローカルト王国の領地を得られるのならば、問題は、ないでしょう」
「魔族と通じていた物の領地等、元より没収で構わないだろう!」
ランスット王国の言葉にニーテッド国王が呆れた顔をする。
「それをすれば侵略戦争になるぞ。貴国は、富が見えぬ上、未だ魔族の脅威に晒され続ける領土の為に、戦争を続けるつもりか?」
そして視線がローカルト女王に集まる。
「私に反対する権利など無い。もし反対すれば、ランスット王国をはじめとするハイエナ達の侵略のターゲットにされるだけだ。しかし、一つだけ願いがある」
「なんでしょう?」
アナコスが聞き返すとローカルト女王が微笑む。
「お前だ。私を監視すると言うなら、我が夫として、新たなローカルト王国の国王となるのだ」
ざわめく議場。
「私に王族になれと?」
流石に予想外だったのかアナコスも戸惑う中、ローカルト女王が言う。
「そうだ。この場で納得しようともランスット王国の様な領土を獲ようとする者達の侵略が何時行われるかは、わからぬ。その時、魔族との戦いを勝利に導いたお前が居れば負けぬ」
「解りました。その提案をお受けいたします」
アナコスの回答に議案の大きな流れが決定するのであった。
分割する領土の事でランスット国王が声を荒げ続け、長々と討議が続けらる事になるがそれは、また別の話である。
旧魔族領の首都、新ローカルト王国首都。
「やる事は、山の様にあります」
アナコスの言葉に元ローカルト女王、ローカルト王妃が言う。
「でも、貴方ならどんな難題も解決してくれるでしょう」
「不相応な高き評価です」
アナコスの返事にローカルト王妃が楽しげに笑う。
「謙遜もそこまで行くと愉快です。これより長き付き合いになるでしょう。その中で聞かせて欲しい事があります」
「なんでしょうか?」
アナコスの問い掛けにローカルト王妃が答える。
「異界から来て、多くの魔族を倒した少女の話です」
アナコスは、ヤヤ達が去っていた場所を見ながら話し始める。
「長い話になりますよ」
ローカルト王妃が頷く。
「時間は、幾らでもあります。聞かせて下さい」
「その少女達と私が出会ったのは、私が幽閉された塔でした」
こうしてアナコスがローカルト王妃に話したヤヤとヨシの話を中心とした魔族との戦いは、ヤヤがあの力をホワイトファングと呼んでいた事から、白い牙の伝説として、この魔族と人間がこれ以降も幾度と無く争う世界で語り継がれるのであった。




