暗殺の夜
アナコス暗殺計画発動
元フォーマの砦。
「ここが唯一魔族と首都と人類を結ぶ道です。ここを封鎖している限り、魔族の侵攻をかなり制限できる筈です」
アナコスの説明にヤヤが答える。
「詰り、ここに戦力を集中して、一気に敵の首都まで進攻するって訳だ」
「はい。その為に、ここに暫く滞在します」
アナコスの言葉にヤヤが頷く。
「そういうこと。安心して、あちきがいる限り、そうゆう真似は、させないよ」
「どういう事?」
ヨシが訊ねるとヤヤが答える。
「アナコスさんへの暗殺作戦。相手は、魔族か人間かは、解らないけどね」
「魔族は、ともかく人間が?」
怪訝そうな顔をするヨシだったがヤヤがアナコスの方を向く。
「可能性が無いって言えないでしょ?」
苦笑するしかないアナコス。
「はい。ここまでくれば後は、私は、必要ないと思っている人も居るでしょうから」
「ああ、あの馬鹿ね」
ヨシの言葉が誰を指すのか誰でも解った。
「あれだけじゃない。この戦いが終われば、元魔族領の取り合いが始まるだろうから、それを有利に運ぶ手段として、第一功が必要、それの一番の邪魔者が他ならぬこの人って訳」
ヤヤの説明にアナコスが冷めた顔で言う。
「そんな物を私は、必要としていないのですがね」
ヤヤは、睨む。
「そうゆう態度は、駄目。多分、アナコスさんは、もっと自分を大切にしないといけない」
「私には、そんな価値は、ありません」
そういうアナコスの頭をヨシが叩く。
「馬鹿を言わない。少なくともマムスは、あんたを心の底から尊敬をしている。あんたが死んだらショックを受けるよ」
「彼ですか。彼に関わらず、若い人には、明日があります。その明日の為の礎になれれば私は、十分です」
アナコスの発言に溜め息を吐くヤヤとヨシであった。
「って事を言っているからね。あれは、根本的に意識改革が必要だね」
ヤヤは、食事を作る手伝いをしながらぼやくとマンースが複雑な顔をする。
「アナコス様がそんな事を言っていたんですか。それにしてもアナコス様の命を狙う人が居るなんて信じたくありません」
「実際、ありえるのか?」
つまみ食いしようと手を伸ばすヨシの手を叩くヤヤ。
「駄目、もう少し待つ。暗殺者って事だったら、既に送られていたよ」
「嘘ですよね?」
信じたく無いって顔で問い掛けるマンースにヤヤが首を横に振る。
「流石にまだ殺されるつもりが無いんで、対応策打っていたみたいで撃退したけどね。今後は、暗殺作戦としてそれなりの人数と権力が動かされる可能性がある。そんな訳だから食事は、手渡ししてね?」
マンースがハッとした顔をする。
「態々、あたしをここまで連れてきたのは、そういうことだったのですか?」
ヤヤが頷く。
「食事くらいは、心配しないで食べれるようにしておきたいから、気心がしれた人間を配置するようにしてもらってるんだよ」
「色々と考えているんだ」
感心した顔をするヨシに対してヤヤが言う。
「この戦いの要って間違いなくアナコスさんだからね。ここで居なくなったら、後は、積み木崩しの様に崩壊するよ」
「そうですよね。責任重大です」
気負うマンースであった。
魔城の会議室。
「まさか、フォーマが敗れるとは、思わなかったわ」
少し意外そうな顔をする金色眼。
「あんたの予言の所為じゃない?」
セックに糾弾されるがサトールは、ガンとした口調で告げる。
「私の見た未来に間違いは、ありません」
場の空気が緊張すると金色眼が不機嫌そうに言う。
「サトールの力は、あたしが与えたのよ。それを疑うの?」
その一言に更なる追求が封じられる。
「とにかく、今は、奴等の打ち破るのが第一だ」
ダンの言葉にゴーターが立ち上がる。
「俺に行かせてもらおう! 今度こそ、俺が白牙に侵食された者を倒してやる!」
「待ってください。ゴーター様の治療は、まだ完全では、ありません」
そういったのは、その秘薬でゴーターの治療を行っていたエッグだった。
「かまうものか! それにもう奴等は、そこまで来ている。呑気に治療なんてしてられるか!」
ゴーターが強固に主張するとセックが苦笑する。
「これだから戦闘馬鹿は、困るわ」
「喧嘩を売るつもりか!」
激昂するゴーターをセーエロが宥めに入る。
「落ち着いてください。ここであれを相手にする危険な手にこだわる必要が無いということです。所詮、あれは、異界の人間。この世界の人間を纏めているのは、アナコスという男です。その者さえ消えれば、孤立無援のあれを倒すのは、容易な筈です」
金色眼がいやらしい笑みを浮かべる。
「そんな話をする以上、ちゃんと作戦があるんでしょうね?」
セックが妖しく微笑む。
「当然ですわ。このセックがあの男をしとめて見せましょう」
「そんな回りくどいことをする必要は、ない! 俺が出て決着をつける!」
ゴーターも更なる主張をするが、ダンが断ずる。
「直接対決で一度負けているお前に再びやりあって勝てる保障などないな」
「今度は、この命を懸けて奴を殺す!」
ゴーターが強固に主張する中、金色眼がセックに問う。
「あっちは、命を懸けるって言っているわ? 貴女は?」
セックが立ち上がり、その胸をはって答える。
「あたしは、あたしの誇る、この体を懸けてあの男を殺して見せますわ」
ゴーターとセックの視線の中央で火花が散る。
「良いわ。ここは、セックに任せましょ」
「金色眼様!」
叫んだゴーターの首筋にセンドのナイフが当てられる。
「不用意に主の名を口にしないで下さい」
氷の様な殺気にゴーターが冷や汗を掻きながらも主張を続ける。
「俺は、絶対に負けない!」
金色眼が面倒そうに言う。
「はいはい。でもね、そう主張したかったらせめて完全に傷を癒してからにして。エッグ、万が一、セックが失敗した時に奴等がここに到着する前までにちゃんと治療しておいてね」
「了解いたしました」
頭を下げるエッグに納得できないって顔で座るしかないゴーター。
勝利の笑みを浮かべるセックが挑発する。
「まあ、そんな事は、まずありえないでしょうけどね。行くわよ」
そういって会議室を出て行くセック。
「お待ち下さい」
追随しようと傍を通り過ぎるセーエロにエッグが囁く。
「あの時、言った言葉通り、私は、貴方を高く評価しています」
セーエロは、表情も変えずセックの後を追うのであった。
元フォーマの砦。
「何故、こんな所で待機をしてなければいけないのだ!」
不機嫌さを隠そうともしないラントス。
「仕方ありません、小物のアナコスは、ラントス様が手に入れた強大な力を信じる事すら出来ないのですから」
副官の言葉に落胆の表情を浮かべるラントス。
「なんと無能な男だ。なぜその様な下賎の血しか引かぬ落伍者の命令を受けなければいけないのだ」
「やっぱり、あの男が邪魔なのかしら?」
その女性の声にラントスが激しく反応する。
「お前は、テンカウントの女!」
「そーよ、テンカウントが6、セックよ。お久しぶり」
セックが無造作に近づくの反対にラントスが剣をとり離れる。
「今こそあの時の借りを返してくれようぞ! やってしまえ!」
ラントスの号令に従い、部下達が動こうとしたが、その体は、動かなかった。
「すいません。彼等には、少し眠ってもらいました」
影から洗われたセーエロに背後を取られ冷や汗をかくラントス。
「に、二対一でも我は、負けんぞ!」
鎧の防御力に強気になるラントスにセックが言う。
「そんなに焦らないで。ここは、お互いにとって為になる提案をしに来たのよ」
「お互いに為になる提案だと?」
困惑するラントスの耳元でセックが囁く。
「あの男、アナコスが邪魔なんでしょ? 殺してしまいましょ?」
「ば、馬鹿な事を言うな! 我に仲間殺しをさせようと言うのか!」
激昂するラントスに対してセーエロが告げる。
「いえいえ、貴方方もさっき言っていた様にアナコスは、小物。その様な者が指揮をとっていては、多くの仲間を殺す事になります。やはり貴方の様な優れた人間が指揮をとるのが最善なのですよ」
「だ、黙れ! どんなに言葉を取り繕うと、仲間殺しの汚名は、拭えぬ!」
ラントスの反論にセックが微笑む。
「大丈夫、その汚名は、あたし達が引き取るから。貴女は、アナコスを殺したあたしを倒した英雄となるのよ」
「どういう意味だ?」
戸惑うラントスにセックが告げる。
「もう魔族も終わり。だからあたし達は、自分達の命を護る為に寝返るつもりなの。これは、その手見上げと思ってもらえば良いわ」
セーエロが一つのお香を差し出す。
「これは、催眠作用があるお香です。これを焚いて眠った所を殺すのです。後は、犯人として我々を捕まえてみせる。それだけで次の指揮官は、誰かなど明白なのでは?」
「このお香でな……」
ラントスがお香を受け取ったのを確認してセックが離れる。
「お互いの未来の為に頑張ってね」
そのままセーエロと共に消えるのであった。
「我が新たな指揮官……」
邪な笑みを浮かべるラントスであった。
少し離れた場所に出てセーエロが呟く。
「あの男で本当に上手くいくと御思いですか?」
「まさか。あれは、囮よ。本当の刺客の為のね」
セックは、愉快そうに笑うのであった。
数日後の深夜、ラントスは、お香を焚いていた。
その匂いを嗅いだ兵士達が眠りにつく。
「よしよし、これなら問題ないな」
そういって武装してアナコスの居る部屋に向う。
「あんた何してるの?」
いきなり声を掛けられラントスが振り返るとそこには、ヨシが居た。
「お前どうして、起きているんだ!」
呆れた顔をするヨシ。
「あのさ少しは、誤魔化そうとしたら?」
その一言に慌ててラントスが言い訳を口にする。
「これは、そのなんだ。そうだ、いきなり回りの兵士達が眠り始めたので、起きている奴を探していたのだ」
「悪くない良い訳だけど、そうだっていった時点で思いつきってバレバレだよ」
ヨシの指摘に剣を抜くラントス。
「こうなったら目撃者のお前も殺すしか……」
「どうしてあたしだけだと思うのかな?」
ヨシが溜め息を吐く。
「貴様!」
睨むのは、マムスをはじめとする兵士達の姿に後退るラントス。
「ば、馬鹿な! なぜお香が効いていない?」
「あのお香って効果は、かなり弱いみたいよ。事前に知っていて、対策をうっておけば普通に起きられるみたい」
ヨシの説明にラントスが怒る。
「あいつめまた私を騙したな!」
「何度も騙されてあんたが悪いとしか思えないけどな」
ヨシは、最早怒る気すら起こらなかった。
「外が騒がしいですね」
深夜というのに情報を整理して、次なる侵攻の為の作戦を練っていたアナコスが呟く。
「ヤヤさんの話では、ラントスさんがまた騙されて利用されているみたいですよ」
マンースがコーヒーを出しながらそう説明する。
「ありがとうございます」
そういってコーヒーに口をつけるアナコスを見て、そのマンースの頬が上がる。
「良い事を教えてあげようか? マンースは、毒見だって自分で一口飲む様にしてるんだよ」
ヤヤの言葉にマンースの姿をした者が驚く。
「貴女がどうしてここに? ラントスの処理に行ったんじゃないの!」
「今更、私達があの人に隙を見せてると思っていたのですか? 対策は、十分に練ってあります。態々ヤヤさんが動く必要はありません」
アナコスは、コーヒーを床に零しながら答える。
悔しげな顔をしたマンースの顔が変化してセックの姿に戻る。
「仕方ないわ。セーエロ、足止めをお願い、その間にあたしがこの男を殺す!」
しかし、セックの前にヤヤが立ち塞がる。
「セーエロ!」
セックが叫ぶが反応は、無かった。
「何をしてるの! 早くしなさい!」
必死に叫び続けるセックだったが、その声に応える者は、居なかった。
『オーディーン』
ヤヤの手刀がセックに迫る。
咄嗟に避けたセックだったが、その顔に大きな傷を作ってしまう。
「よくもあたしの美しい顔に傷を! 絶対に許さない! 貴女のその顔を二度と見れない顔にしてから男共の性欲処理の道具にしてやるんだから!」
そういって逃げ出すセックを追いかけようとするヤヤにアナコスが告げる。
「追いかけないで下さい」
「無駄に手柄を立てさせても良い事ないよ?」
嫌そうな顔で言うヤヤに対してアナコスが苦笑する。
「ここであの人を切る訳には、行かないんです」
セックが砦の廊下を走っていた。
「もう、セーエロ、帰ったらただでは、すまさないんだから!」
セーエロの力に頼った移動に慣れていたセックは、直ぐにその進みが遅くなる。
そんなセックの前にラントスが現れた。
「よくも騙してくれたな!」
「無能が、邪魔よ!」
セックが簡単な魔力弾を放った。
テンカウントの一人であるセックの放った魔力弾、普通ならラントス程度は、即死してもおかしくない威力である。
しかし、セックの魔力弾は、ラントスの鎧に弾かれた。
「嘘! なんで!」
慌てて次の魔力弾の準備を始めるセックだったが、その前にラントスのアナコスに向けられる筈だった剣が突き刺さっていた。
「こ、こんなの夢よ。このあたしが、騙して利用した男に殺されるなんて。そんな訳……」
そのまま倒れるセック。
「よくも我を利用したな!」
死体に何度も剣を突き立てるラントス。
そんな姿を見て苦々しい顔をするヨシ達であった。
魔城の治療室。
エッグが特殊な液体が張られた容器を見せる。
「これは、治療効果を促進する装置です。これを使えばきっと奴等が首都に着く前に傷が癒えることでしょう」
「だとしてもセックの暗殺を成功すれば無意味だ」
不機嫌そうに答えるゴーター。
「残念ですが、セック様は、失敗しました」
影からセーエロが現れる。
「そういう事なのでお急ぎ下さい」
エッグに勧められるままにゴーターは、容器に入る。
「待っていろ! 俺は、今度こそお前に勝つ!」
容器に入ると睡眠レベルまで意識が落ちて、目を閉じるゴーター。
「それで、この液体は、単なる回復薬なのでしょうか?」
セーエロの言葉にエッグが微笑む。
「そういう事になっています」
セーエロが頷く。
「そうですか、そういう事になっておりますか? 私は、貴女の直属って事でお願いします」
「ええ、これから仕事は、多くなるわよ」
エッグの言葉にセーエロが頭を下げる。
「了解しましたエッグ様」
エッグは、その敬称を訂正する事は、無かった。




