揺るがぬ鎧
フォーマの強固な鎧を打ち砕くことが出来るのか?
フォーマの砦。
帰還したフォーマに部下達が駆け寄る。
「フォーマ様! 人間共が砦に迫っています」
「奴等は?」
口数の少ないフォーマの言葉も慣れた部下達は、理解する。
「グレートスフィンクス様が破られ、同時に防壁に穴を空けられました。人間共は、そこから進軍を続けています」
その一言でフォーマは、戦況を理解する。
「我が居る限り、砦は、落ちぬ」
その強き言葉に部下達にも希望の光が燈るのであった。
フォーマの砦外周。
「さて、このままテンカウントの一人、フォーマを倒して砦を落す」
堅く閉ざされた門の上に飛び乗るとヤヤは、両手を振る。
『ダブルガルーダ』
突風が周辺の魔族兵を吹き飛ばす。
『ツインテール』
ヤヤの放った両手での連撃が門を閉ざす装置を破壊し、門を開放する。
それに合わせて人間兵の突入が始まる。
「ボス戦と行きますか!」
ヤヤが振り返るとそこにフォーマが居た。
「お前を倒す。それで我らの敗北は、無くなる」
「倒せたらね!」
ヤヤが一気に間合いを詰める。
『オーディーン』
ヤヤの手刀がフォーマの鎧の肘間接部分を捉えた。
大きな音を『ガラン』と立ててフォーマの腕が落ちた。
ヤヤがきつい目をする。
「もしかしてと思ったけど、リビングメールだって事だね」
フォーマが自分の胴体を指差して告げる。
「その通り、我は、虚鎧のフォーマ。この中心部にありしコアを潰さぬ限り、我が死ぬ事は、無い」
「自分から弱点を言うなんて、大した自信ね?」
挑発するヤヤに対してフォーマの落とされた腕に握られた斧が迫る。
「危ない!」
間一髪の所で避けたヤヤの目の前で腕は、元の場所に戻る。
「完全に破壊しない限り、幾らでも復元が可能って感じだね」
ヤヤは、気配を周囲に張り巡らせながら接近する。
「死ね!」
フォーマの一言と共に振り下ろされる斧。
紙一重でかわしてヤヤが鎧の胸部に両手を当てた。
『ツインテール!』
物質を破壊する二連撃。
しかし、鎧は、無傷だった。
「甘い!」
フォーマの拳がヤヤの腹を捉えた。
ヤヤは、壁まで吹き飛びめり込む。
「下手な芝居は、止めろ」
フォーマの言葉にヤヤが壁からあっさり抜け出して言う。
「洒落にならない物を使ってるね」
「知っているのか?」
フォーマの言葉にヤヤが頷く。
「完全物理無効金属って呼ばれる事もあるけど端的に言えば、千年以上生きたドラゴンから生きた状態で剥ぎ取った鱗を加工した鎧だよね?」
「大した知識だ。それがどれほど貴重品かも知っているな?」
フォーマの言葉にヤヤが苦虫を噛んだ顔をする。
「詰り、それを作れるって事は、生きたドラゴンから鱗を剥ぎ取るなんて無茶苦茶なマネが出来る奴が居るって前提だからね」
「主の力の前には、ドラゴンとて屈服するしかないという事だ」
フォーマの答えにヤヤの目付きが鋭くなる。
「高位のドラゴンをただ倒すのでなく、屈服させ、鱗の防御力を維持させ続ける。本気で普通じゃないね。でもそれだけの力があればそんな鎧すら不要な筈だけどね」
「主がするのは、我等魔族の助力のみ」
フォーマの一言にヤヤが応じる。
「なるほどね。そこら辺は、おいおいとして、今は、その鎧を打ち砕かないと駄目だって事だね」
「不可能だな」
フォーマは、無造作に近づき斧を振るう。
ヤヤは、一歩踏み込み、柄の部分で斧を受け止める。
『ベルゼブブ』
至近距離で放つ超振動を起こさせた髪の毛の投擲。
「振動で我をどうにか出来ると?」
淡々と語るフォーマに対してヤヤが苦笑する。
「あちきが鎧にダメージを与えられないって思ってるでしょうけど違うよ」
「ダメージを与えられる技も持っているのか」
フォーマの問い掛けにヤヤが首を横に振る。
「流石にそんな技の用意は、無いね。でもね、それこそかすり傷程度のダメージなら与えられるよ。『ベルゼブブ』」
再び投擲するヤヤ。
「塵を積らせる余裕など与えない」
フォーマは、防御を完全に無視した攻撃を繰り返す。
大半をかわすヤヤだったが、攻撃の為にそのいくつかを食らっている。
そんな攻防が、一時間を越えた頃には、ヤヤは、右足を引きずり、左腕の力が入らず、ぶら下がっていた。
「そろそろ終わりだな」
フォーマの言葉にヤヤが笑顔で答える。
「そうだね。コレで終わりだよ! 『ベルゼブブ』」
「無駄な事を。そんな小さなダメージなどいくら積み重ねようとも無意味。鎧を砕く前にお前の命が無くなるだけだ!」
フォーマがそういって斧を振り上げせまる。
半ば棒立ちのヤヤが告げる。
「そうだね。そんな小さな傷じゃ、鎧を砕くのに何日掛かることか」
「解っていて、続けていたのか?」
フォーマの声に初めて戸惑いが混じった。
「ちょっとヒントをあげすぎかな?」
「何を企んでいるか解らぬが、やらせぬ!」
一気に仕掛けてくるフォーマに対してヤヤは、余裕をもって攻撃をかわして言う。
「言ったよね。その鎧をダメージを与える技の用意は、無いって。ちょっと時間掛かったけどその準備は、さっきの一撃で終わったよ」
ヤヤは、詠唱を始めた。
『我が肉体を媒介に白き風よ集いて、如何なる物も打ち砕け。白風破砕陣』
ヤヤが打ち込み続けた髪の毛は、フォーマの鎧の表面に特殊な魔法陣を描いていた。
そして、周囲に満たされたヤヤの気が篭った空気が一気に収束していき、次の瞬間、フォーマの胸部を粉砕した。
むき出しになったコアを庇うフォーマ。
「まさか、この様なマネが出来ようとが……」
後退していくフォーマにゆっくりと詰め寄るヤヤ。
「さて、そのコアを砕かせてもらうよ」
「止めろ! コアを砕かれたら、私は、完全に消えてしまう!」
恐怖の色が滲み出るフォーマの声を聞きながらヤヤが近寄る。
「諦めて。とにかくこれでおしまいだよ!」
ヤヤが必殺の一撃を放とうとした時、フォーマが足掻くように横に動いた。
「無駄な足掻きだね」
「死にたくない!」
怯えきった声を出すフォーマにヤヤが怒鳴る。
「だから無駄な足掻きって言ったよね。『ガルーダ』」
振り向き様に放ったヤヤが生み出した突風が後ろから迫っていたナイフを吹き飛ばす。
「何時から気付いていた?」
フォーマの声から怯えの色が消えた。
「あんたが腕を戻した時から。あんなマネが出来るんだったら、こういう不意打ちも可能だと思って、部屋全体の気配を探っておいたんだよ」
ヤヤの答えにフォーマが胸を隠していた腕を外す。
「私の負けだ。とっとと止めをさせ」
「そうさせてもらうよ」
ヤヤは、近づき、そして鎧の穴から手を突っ込み、カブトの裏にあった印に向って拳を放つ。
『バハムートホーン』
「最後の、トラップにも、気付いた……か」
その言葉を最後にフォーマの鎧は、重力に従い床に落ちていった。
「敵の言葉を素直に信じる馬鹿が何処に居ますか。だいたい、胸部を一向に防御しない時点でそこが弱点じゃないっていう事くらい想像ついたから攻撃を繰り返しながら力の流れを探ってたんだよ」
ヤヤは、床に倒れこみながら言う。
「それにしてもこいつの鎧といい、本気でこいつらの主って只者じゃないな」
少し休んだ後、ヤヤが痛む体に鞭打って立ち上がる。
「さて、戻って残りの三体も倒さないと」
ヤヤが砦の外に向うのであった。
フォーマの砦の防壁付近。
「何故だ? 何故きかぬ?」
戸惑いながらファイアーケロベロスが胸を貫かれ、絶命する。
「ははは、この鎧さえあれば私が部隊は、無敵だ!」
ラントスが高笑いを上げるのを見て戻ってきたヤヤが眉を顰める。
「あの鎧、どうして?」
いぶしむヤヤに対してラントスが胸を張る。
「お前の活躍もここまでだ。この最強の鎧さえあれば、お前など用済みなんだからな」
「はいはい。それより、ミスリルゴーレムは、気配を感じないんだけど?」
大して気にもしてないヤヤの態度に不満そうな顔をしながらラントスが答える。
「あのミスリルゴーレムだったら、さっき動きを止めたぞ。残念だが、砦に先行した奴等がコントロール用の宝玉を壊したんだろう」
「だと良いんだけど。ニンジャマスターって奴の気配も掴めないし。何か釈然としない」
「重傷を負ってるみたいだが、まさか逃げ帰ってきたのか?」
ラントスの侮蔑の篭った言葉など全く気にせずヤヤは、アナコスが居るテントに向った。
アナコスのテント。
「お疲れ様」
ヨシが差し出し来た水を一気飲みしてからヤヤが報告する。
「フォーマは、倒した。でも、ニンジャマスターの行方が掴めない。それにミスリルゴーレムのコントロール用の宝玉の破壊なんて命令した?」
アナコスが首を横に振る。
「いえ、しかし、暫く前にミスリルゴーレムが止まったのは、確かです。それとニンジャマスターを倒したという報告がローカルト王国からの兵士からありました」
そういって差し出された首を見てヤヤが言う。
「これが本物だって保証は?」
アナコスは、首を横に振る。
「今は、信用するしかありません。しかし、防壁の門が開いた以上、妨害が出来るでは、無いことだけは、確かです」
頭をかくヤヤ。
「なんか凄く嫌な感じだね。それとあの馬鹿が使ってる鎧。あれの出所は?」
「極秘と言っていましたが、ラントス殿がパンデン大森林の失態の後、ローカルト王国の人間と接触しているという情報があります」
アナコスの答えにヨシが不思議そうな顔をする。
「またローカルト王国? 何か今回は、よく聞く名前だね」
ヤヤが頷く。
「そう、何故か今回から。確か、ローカルト王国って初期から兵士の派遣をしていたよね?」
「はい。特に目立った戦績は、出していませんでしたが」
眉間に皺を寄せるアナコスにヤヤが告げる。
「馬鹿達が着ている鎧だけど、フォーマが使っていたのの劣化版だったよ」
アナコスの視線が鋭くなる。
「詳しく教えて頂けますか?」
「フォーマは、リビングメールだったんだけど、その鎧に使われた材料が生きたドラゴンから剥いだ鱗。それを剥いだドラゴンを生かしたまま使用する事で、そのドラゴンと同等の強度を持てるって奴でね。フォーマのに使われていたのが千年以上生きた高位のドラゴンのそれで、馬鹿達が装備しているのに使われているのは、百年前後の下位ドラゴンのそれって訳。入手難度が正に桁違いに違うけど、これを偶然の一致って言うのは、出来すぎだと思うよ」
ヤヤの説明にアナコスが思案する。
「自ら使わず、ランスット王国に使わせた事から考えてもその技術が後ろめたいものだという事は、自覚しているって事ですね」
眉を顰めるヨシ。
「あのさ、問題があるんだったら直接問い質せば?」
「どうやって? これがローカルト王国が直接使ってるんだったらまだ方法がある。裏工作でランスット王国に渡された物の出所は、何処でしたって問い質せる訳ないよ」
ヤヤの答えにアナコスが苦々しい顔をする。
「オーカルト王国が魔族と何かしらの結託をしていたと考えるのが妥当でしょう。そして、パンデン大森林の突破でその関係を清算したともとれます」
「そして下手に隠しておいて魔族との関係を疑われるあの鎧をランスット王国に押し付けたって考えれば筋が通るね。本当に馬鹿は、他人に良い様に利用されてるね」
ヤヤが呆れた顔をする。
「色々と懸念する事は、ありますが、こちらに不利益な事は、してこないと考えて動く事にします」
アナコスの決断にヤヤが頷く。
「日和見だとしても下手につっつく必要は、無いしね。とにかく、相手の首都を落す。それで魔族との戦いは、終わるよ」
「そうそう、難しい事は、抜き! あたし達は、あたし達の出来る事をしておこう」
ヨシの言葉に頷くヤヤ。
そしてアナコスが砦の方を見る。
「ようやくココまで戻ってきました。そして前回は、届かなかった場所に手を伸ばせます」
その瞳には、まだ見えないはずの敵の首都が映るのであった。




