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大森林を覆う暗闇

パンデン大森林侵攻その1

 パンデン大森林に潜む屋敷。



「ゴーターに続き、テンナーが敗れた今、魔族側からの侵攻は、確実に停滞するわね」

 そう呟くのは、この森を支配する魔族、八のエッグだった。

「人間達がこの森に兵を進めてくるのもそう遠い話じゃない」

 人類の手には、まだ無い大陸の地図を見ながら告げる。

「これが分岐点。ここで私が突破される事になったら魔族側へのダメージは、大きい。少なくとも長期戦に持ち込まれれば食糧調達手段を大幅に削られた魔族に勝ち目は、薄い。人類の圧倒的な数に屈服する可能性も出てくるわね」

「そう、ですから負けられませんよね」

 突如現れただろう声の主に対してエッグは、平然としていた。

「あらあら、七のセーエロさんが六のセックさんと一緒でないなんて珍しいわね」

 その言葉に突如表れた筈の道化のセーエロが苦笑する。

「エッグ様には、私の子供だましは、通じないと言う事ですね」

 今度は、エッグが苦笑する。

「別に無理に様をつけなくても良いわ。貴方の方が番号が若いのだから」

 手を振るセーエロ。

「いえいえ、私が七の番号を頂いているのは、全ては、セック様あっての事。純粋な戦闘能力では、テンカウントの中では、最低です」

「謙虚な事ね。でもね、貴方の真価は、そんな物じゃない事をテンカウントで気付いていないのは、テンナーぐらいだったわね」

 エッグの一言にセーエロの目が光る。

「そうでしょうか?」

「ええ、貴方がセックについているのかも不思議なくらいにね」

 エッグの追求にセーエロが肩を竦める。

「それは、過大評価でございます」

 牽制する両者、先に折れたのは、エッグだった。

「今の所は、そういう事にしておきましょう。それで最初の質問に戻ります。何故貴方が一人で来たの?」

 セーエロが笑顔を作る。

「セック様は、次なる作戦の為の布石を打たれにいかれております。私は、その伝言役です」

 エッグが地図を見る。

「なるほどね。解りました、さきほども言ったようにこの森は、魔族にとって生命線。ご協力ありがたくお受けいたします」

 セーエロが頭を下げる。

「エッグ様が器が大きいお方で助かります」

 こうして、一つの悪巧みが決行される。



 ゲシュレスト砦



「こっちの侵攻は、順調だね」

 ヨシの言葉にアナコスが頷く。

「はい。このまま問題が無ければパンデン大森林への侵攻も可能です」

 ヤヤが日々更新されている地図を見ながら告げる。

「ここが戦いの分岐点だね」

「そうです。戦争において一番大切なのは、なんだと思われますか?」

 アナコスの質問にヨシが即答する。

「戦力!」

 ヤヤが指をクロスする。

「外れ。食糧の供給だよ。前回の事で痛感したでしょう。どんだけ兵士が居ても食事が出来なければ戦争なんて出来ない」

 アナコスが補足する。

「食糧の供給というのは、純粋な食糧を確保するだけでは、意味がありません。食糧かそれに代る物の生産力、戦場まで輸送する経路の維持など様々な要素が絡み合いますが、魔族にとってその重要なポイントがパンデン大森林なのです」

「詰り、ここを押えればこっちの勝ちなんだ」

 ヨシの答えにヤヤが苦笑する。

「そう簡単な話じゃないけど確かに俄然有利になる。でもそれだけに一筋縄では、行かないんだよ」

 アナコスが幾つかの資料を見せてくる。

「重要な箇所だけあり、十分な戦力が配置されています。そしてなによりパンデン大森林に関する情報が圧倒的に不足しています。侵攻もかなり手探りな物になるでしょう」

「それでもここを抜けなければ魔族を倒せない。具体的な作戦は?」

 ヤヤの問い掛けにアナコスが答える。

「リスクの分散化で対処します。大戦力による突破でなく、各勢力毎の小戦力での同時侵攻を行うつもりです」

 それを聞いてヤヤが笑みを浮かべる。

「アナコスさんも人を使うのが上手いよね。そうやって対抗意識を強めて、侵攻を早めるつもりだね」

 アナコスが苦笑する。

「正直、あまり褒められた手段では、ありませんが、ここは、奇麗事は、抜きでやらせてもらいます」

 アナコスの提案の元、パンデン大森林同時侵攻計画が始まった。



 パンデン大森林周辺部。



「今度こそ、我らの力を示すときだ!」

 ランスット王国のラントスが自国の兵士達に激を飛ばす。

「進撃!」

 ラントスの号令と共に兵士達がパンデン大森林に突入していく。

 その姿を見るラントスには、切り札があった。

「これがあればあのクソ生意気な小娘やアナコスを見返してやれる」

 ラントスは、その切り札を握り締めるのであった。



 数日後、総指揮のアナコスのテントの各勢力の侵攻状況を報告が行われていた。

「何かおかしくない?」

 ヤヤの指摘にヨシが侵攻の様子を示す地図を指差す。

「コレのこと? 何か裏があるんじゃない?」

 他の侵攻が牛歩の様に遅いのに対し、ラントスが率いるランスット王国の侵攻だけが予想以上に進んでいるのだ。

「虚偽の報告って可能性は?」

 ヤヤの指摘をアナコスが否定する。

「それは、ありません。確かにこの地点まで侵攻を進めています」

「偶々、敵戦力が他に集中していて、偶々、運良く侵攻しやすい地形だった。そんな都合の良い話があると思う?」

 ヤヤの言葉にアナコスが首を横に振る。

「それは、まずありえません」

 そこにラントスが現れた。

「総司令殿、呼び出しに応じてやったぞ」

 一応の警護を使っているが敬うつもりなど微塵にも感じさせない言葉にヨシが不機嫌そうに成る中、アナコスがまず頭を下げる。

「ご活躍、大変に喜ばしく思っております。そこでなのですが、ラントス殿の御活躍の秘訣をお聞かせ願いたいのですが?」

 自分の優位にラントスが気分を良くし、切り札の一部を見せる。

「みよ、我が配下の者が手に入れた魔族の地図だ。これには、パンデン大森林の詳しい地形、主な戦力配置が書かれてあるのだ。人類の勝利を願う我は、大いなる慈悲でお前たちにもこれを与えよう。存分に活用するが良い。それでは、失礼する」

 高笑いを上げて去っていくラントスを地図を一瞥してからヤヤが言う。

「何が慈悲だよ。もう自分には、用済みの部分だけを渡してこっちに恩を売りたかっただけじゃん」

「こんなのがあったら確かに侵攻が早くなるわけだ」

 納得するヨシと違い思案するアナコスにヤヤが告げる。

「もしかしてこれが罠じゃないかと悩んでる?」

 アナコスが首を横に振る。

「いえ、そんな事は、悩むまでもありません」

 ヤヤも頷く。

「そう、悩むまでも無いね。それでどうするの?」

 アナコスは、長い沈黙の後に告げる。

「この地図の写しを各勢力に配布します。それと、お願いがあります」

「了解、このランスット王国の所に行けば良いんだね」

 ヤヤの言葉にヨシが嫌そうな顔をする。

「えー手伝っても良い顔をしないよ」

「すいませんが、ここで彼等を失うわけには、いかないのです」

 アナコスが言葉にヤヤはヤレヤレって顔をする。

「本当に余計な手間を掛けさせる」

「そうでもありません。これは、チャンスです」

 アナコスの強い視線にヤヤがニヤリと笑う。

「了解、相手がどんなつもりだか掴みきれないけど、力技でぶち抜いてみせるよ」



 パンデン大森林の中央部、エッグの屋敷。



「予定通り、ランスット王国の軍がこの屋敷に迫ってきています」

 セーエロの報告にエッグが思案する。

「予定通りって事ね」

「ええ、全ては、セック様の計画通り」

 セーエロが自分の事みたいに嬉しそうに言うとエッグが微笑む。

「それでしたら、セーエロさん、貴方が対応して下さいますか?」

 不思議そうな顔をするセーエロ。

「私などがそんな大それた事は……」

 断ろうとするセーエロにエッグが笑みを深め続ける。

「ここに居る兵の全ての指揮権を譲ります。そして万が一の場合の責任も私が負います。よろしくお願いします」

 頭をさげるエッグ。

 そしてその視界に入らない時、セーエロの瞳が凍える様に底光りをしていた。

「了解しました。エッグ様に御迷惑の掛からない様に全力を尽くさせて貰います」

「良かった」

 そういって退室していくエッグにセーエロが呟く。

「何を企んでいる。やはり八と侮るべき相手では、ないな」



 屋敷の外では、ラントスが笑みを浮かべていた。

「この屋敷こそ、この森の重要拠点。ここを押えれば私の功績は、絶対的な物に……」

 輝ける未来に期待を膨らませるラントスだったが、その隣に立つ副官の額にナイフが刺さる。

「敵襲だと! 警護の者は、どうした!」

 叫ぶラントスに影より洗われたセーエロが微笑む。

「残念ですが、その様な者は、無意味です」

「テンカウント! どうして? 確かにここは、重要拠点だが、テンカウントは、別の場所に居るはずだ!」

 ラントスが切り札だった地図に目をやるとセーエロが頭を下げる。

「私達が用意致しました地図をお使いいただき感謝致します」

「お前たちが用意しただと! そんな馬鹿な話があるか! これは、私の配下の者が命懸けで手に入れたものだぞ!」

 ラントスの叫びにセーエロが頷く。

「はい。愚かにもこの森に侵入された貴方の配下、それもセック様の術に掛かっていた者に仲間を皆殺しさせて持たせた物ですよ」

「なんだって!」

 驚愕するラントス。

「貴方にも色々と働いて貰いましょう、ここにお仲間を導き死に誘う囮に」

 セーエロが手を伸ばし、ラントスが後退った。

『オーディーン』

 ヤヤの手刀がセーエロの指から伸びた不可視の糸を切り裂いた。

「こんな何度も敵に利用される馬鹿でも仲間って事になってるもんでね」

「もう来たのですか」

 残念そうな顔をするセーエロに対してヤヤが頭をかく。

「当たり前でしょ。こんなみえみえの罠、引っかかる方がどうかしてる。良い機会だから、力技でぶち抜いてやるつもりよ」

 その言葉にセーエロの目が鋭くなる。

「貴女一人じゃないと言うことですか?」

 周囲から戦いの音が響き渡る。

「最初から罠って解っていれば対処法くらいあるって事」

 ヤヤの言葉にセーエロが思案する。

「人選を誤ったって所ですか?」

 ヤヤがあっさり頷く。

「そう、こいつがもう少しまともだったら、馬鹿正直に罠に掛からず、罠が発動しなかったし。中途半端な虚栄心がなければこの罠に気付くのが遅れていたかもしれない。正直、どっちにとってもどうしようもない人材だって事よ」

 溜め息を吐くセーエロ。

「本当に無能と言うのは、困ったものです」

 憐みの視線にラントスが怒鳴る。

「黙れ! この卑怯者め! この娘がお前を倒してくれる! さあ、私を侮辱したそいつを地獄に叩き落せ!」

 ヤヤがやる気をなくした顔をするとセーエロが提案する。

「ここは、退かせてもらって宜しいですかな?」

「了解、ただしここは、こっちが取らせて貰うよ」

 ヤヤの宣言にセーエロが渋々頷く。

「ここで不要に戦力を失うよりは、ましと判断される事でしょう」

 影に消えていくセーエロを見てラントスが詰め寄ってくる。

「何で逃がした!」

 ヤヤは、面倒そうに答える。

「倒すだけだったら可能だったよ」

「だったら……」

 ラントスの言葉の途中でヤヤが周囲に張り巡らされていた糸を掴む。

「あんたの命を無視すればって条件付だけどね」

 血の気が引いた顔をするラントスだった。

 そんな中、外から声が聞こえてくる。

「火の手があがったぞ!」

 ヤヤが外に出ると屋敷が一気に燃え上がっていく。

「やってくれた。こっちに渡すくらいなら燃やすって思い切った事をしたか」

 悔しそうにするヤヤであった。



 その光景を見下ろすエッグ。

「あの屋敷は、気に入っていたのですがね」

「申し訳ありません。こちらが想像した以上に優秀な者が居て、そしてこちらが想像した以上に無能な男でした」

 頭を下げるセーエロにエッグが平然と答える。

「構いません、私も認めた事。全ての責任は、私が負いましょう。そして、その報告は、私が正式に行います」

 その言葉にセーエロが気付く。

「なるほど、そういう事でしたか」

 微笑むエッグ。

「何の事でしょうか?」

「いえいえ、何でもありません」

 そういって影に消えていくセーエロ。



 そしてセーエロは、セックの元に現れた。

「この度の作戦は、失敗しました」

「その様ね。同じ奴を利用して楽をしようとしたのが裏目に出たって所ね」

 セックが自嘲気味に言う中、セーエロが告げる。

「そして、今回の責任は、エッグ様が全て負うと言って居られます」

 怪訝そうな顔をするセック。

「随分と謙虚ね」

「いえ、エッグ様の目的は、この度の作戦でこちらの手落ちを主に告げる事です」

 セーエロの予測にセックの顔つきが鋭くなる。

「どういうこと? エッグに自分の失点を負ってまでこっちの減点を狙う必要など無い筈よ」

 それに対してセーエロが告げる。

「多分、これ以上の干渉をさせない為の布石でしょう。ここで責任を分担すれば、挽回の為に力を貸すという建前が出来ますが、全ての責任を負われては、失敗した我々には、手出しは、出来ません」

 セックが忌々しそうに言う。

「やられたって事ね。甘く見ていたわ、敵も味方もね。仕方ないわ、今回は、諦めるわ」

「それが最善かと」

 セーエロは、そう答え、セックと共にパンデン大森林を去るのであった。

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