人間の矜持
前回の被害は、兵士数より別な所が大きかった
ゲシュレストの砦。
「本日の狩りの成果だよ」
ヤヤが十数匹の獣を引っ張ってきた。
「やったー今夜は、肉を食えるぞ!」
喜ぶ兵士を尻目にヤヤは、砦の最深部、アナコスの執務室に向った。
「狩りの成果は、上々、これで今日明日に飢え死にする事は、ないよ」
「感謝します」
疲れた顔をしたアナコスが頭を下げる。
「それにしても、本当に全部の食料が駄目されちゃったの?」
ヨシの質問にアナコスが沈痛な表情を浮かべる。
「確認されたのは、一部の食料に精神異常を起こさせる薬品が混入されていた事だけですが、複数の箇所に分かれて混入されている以上、全てに混入されているとして処理をしないといけません」
「それで新たな兵糧の手配は、まだ駄目なの?」
ヤヤの問い掛けにアナコスが資料を見せてくる。
「パラドッスを落とした事が逆に足かせになっています。パラドッスは、ミータッド王国に隣接している事もあり、防衛などをお願いしているのですが、魔族が流行らせた麻薬の所為で深刻的なダメージを負っています。その復旧にミータッド王国の余力が使われて、こっちに回せないのが現状です」
「元凶のランスット王国の奴等から搾りとれば!」
ヨシの言葉にアナコスが首を横に振る。
「今回の件は、私の失策と言う事で話は、終わっています」
「はいー? どうしてそうなるの? どう考えたって、ランスット王国のボケ野郎が原因でしょ?」
ヨシが理解できないって顔をするとヤヤが溜め息を吐く。
「最初っからそういう取り決めなんだよ。どんな状況でも全責任は、アナコスさんが取る。それがアナコスさんが指揮権をもつ条件だったみただからね」
「信じられない! 前回の時だって、アナコスさんが色々と手を回していたから此処を奪われなかったのに!」
「ラグナロスの失敗が大きいですから仕方ありません。どれだけ言い訳した所で、窮地に陥っている現状は、変りません。その責任は、間違いなく私がとらなければならないのです」
アナコスが信念をもってそう断言する。
ヤヤが頬をかく。
「正直、あちきが自分の世界から食料をもってくるって裏技が無いわけでもないけど、それってルール違反になるんだよね」
アナコスは、苦笑する。
「最後の最後には、お願いします。しかし、今は、どうにかやりくりしましょう」
「って言っても無いものは、無いんでしょ?」
ヨシの指摘にアナコスが地図を広げる。
「ここに無いだけです。ある所には、あります。それをどうにか融通してもらう方法を考えるのが私の仕事です」
ヤヤが真剣な表情になる。
「そうなると、あちきが出来るのは、今日みたいな一時しのぎだけだね」
アナコスがヤヤの顔を見る。
「残念ですが、それも難しい状況です。監視の報告では、魔族の軍勢が接近しているそうです」
頭をかくヤヤ。
「それって直ぐに攻めてくると思う?」
アナコスが首を横に振る。
「まず、こっちが疲労するまで待ってから攻めて来ますね」
「だったら、狩りに行っても問題ないんじゃないの?」
ヨシの提案をヤヤが否定する。
「まず来ないで、最大戦力を外すなんて事は、出来ないよ。我慢比べになるかもね」
アナコスが頷く。
「そうなった時、人の真価が試されると考えています」
数日が過ぎた。
「この先に食料があるんだろ!」
兵士の一部が食糧庫の前に詰め寄ってきた。
「だから何度も言っているだろうが! この先にあるのは、毒が入っているかもしれない食糧だ! 死にたいのか!」
警備兵の言葉に兵士達が怒鳴り返す。
「このまま飢え死にするよりましだろ! 通せ!」
血走った眼で食糧を求める兵士達。
そこにヤヤが現れて言う。
「争ってまでご飯食べたいんだったら、目の前の人間を殺して食えば?」
相手の言っている意味が解らず戸惑う兵士達にヤヤは、冷めた顔で続ける。
「あんた達、意外そうな顔をしているけど、いまやろうとしている事は、そういう事だよ。食事欲しさに仲間に襲い掛かる。そして、食糧には、精神混乱を起こす物が含まれている可能性が高い。詰り、それを食べたら最後、周囲の人を襲って殺す可能性もあるんだからね」
それでも兵士達は、苛立ち、止まらない。
そこにアナコスが現れて土下座する。
「すまない。全ては、私の責任だ。どうしても我慢が出来ないというなら、まず最初に私の腕を差し出そう」
そういって左腕をむき出しにする。
「ヤヤ殿、出血が少ない様に頼みます」
ヤヤが近づく。
「任せて、無駄に血を失わせたりしないから」
手刀を振り上げようヤヤを見て、兵士達が慌てる。
「待ってください! そんなアナコス様がそんな事をする必要が何処にあるのですか!」
「この腕についた僅かな肉でもお前達の空腹を満たす事が出来るのなら、構わない」
アナコスの宣言に兵士達は、ボルテージを下げていくのであった。
執務室に戻ってからヤヤが言う。
「あの時、もしも治まらなかったら、本当に腕の一つを切り落とす覚悟をしてたでしょ?」
アナコスが頷く。
「元より、兵士は、私の体の一部と思っています。その為だったら、剣を振るう事もない腕など幾らでも切り落とします」
「本当に良い根性しているよ。それで、上手く行っているの?」
ヨシの確認にアナコスが強く頷く。
「後、三日。それでどうにかなる筈です」
苦笑するヤヤ。
「本当に大したもんだよ。こんな状況で、無駄になる筈の食糧を家畜の餌として提供する見返り、当座の兵糧を確保するなんて事を考え付いて尚且つ、実現しちゃうんだから」
アナコスが苦笑する。
「元の量と比べたら数分の一ですが、それでも戦いを続けられます」
「後三日、それが正念場って事だね」
ヤヤが魔族の陣を張っている方向を見る。
そんなヤヤが見ていた魔族の陣営。
「人間どもは、随分と辛かろうな」
テンナーが上等な肉を食らい、愉悦に浸っていた。
「この度の戦いは、必勝を約束されているそうですが、本当に宜しかったのですか?」
不安そうに確認する副官にテンナーが笑みを浮かべる。
「相手は、ヴァンデストにゴーターを撃退した相手、十の私では、勝てないと思ったか?」
「そ、そんな事は……」
口篭る副官にテンナーがあっさりと頷く。
「そうだ、不死のヴァンデストや猛虎と呼ばれたゴーターと正面から打ち破る相手に勝てる訳が無い」
「そ、それでは?」
戸惑う副官にテンナーが答える。
「だからこそのこのタイミングなのだ。セックとセーエロの策略で兵数を減らした上、食糧が少なくなった今、人間の兵士は、殆ど役立たずになっていよう。それを補う為に白牙に侵食されし者が動く。そうなったところで、こちらは、被害を前提に全戦力の投入、疲労させた所を討つ。そうすればテンカウントの二人を撃退した人間を倒した者としてテンカウント末席であった私が一気に昇り上がる事が出来る」
ニヤリと笑うテンナーであった。
「あと一日か、生きてる?」
二日後、ヤヤの問い掛けに突っ伏したヨシが答える。
「なんとか、食糧来たら、腹いっぱい食べさせてもらうからね!」
「そうして下さい」
自身、殆ど食事をしていないのに淡々と食料搬入の手順の作成を行っているアナコス。
そんな中、敵襲を知らせる鐘が鳴り響く。
「一番嫌なタイミングで来たね」
ヤヤの言葉にアナコスが続ける。
「一番嫌タイミングだから来たのでしょう」
「どうするの? 兵士達の士気も体力も底辺だよ」
ヨシの指摘にヤヤが立ち上がる。
「ここは、あちきが頑張るしかないでしょうね」
「すいませんが、よろしくお願いします」
アナコスが頭を下げるのであった。
空腹に踏ん張りが利かず、戦線をどんどん後退さえる人類側の兵。
「一気に攻め込め!」
魔族側の猛攻、このまま押し切るかと言うところでヤヤの声が高らかに響く。
『ナーガ』
地面が盛り上がり、尖兵を巻き込み蹴散らしていく。
「さて、ここは、あちきが踏ん張らせてもらうよ!」
「死を恐れるな! 行け!」
命令に従い、魔族が次々とヤヤに襲い掛かっていく。
『ガルーダ』
手を振って生み出した突風が一部の先頭の魔族を吹き飛ばし、遅らせる。
『ヘルコンドル』
次に生み出されたカマイタチが残った魔族の一部の当たり、足止めする。
それでも多くの魔族がヤヤに詰め寄る。
『アテナ』
ヤヤは、その初撃をその身で受けた。
しかし無傷。
『オーディーン』
ヤヤの手刀が攻撃してきた魔族を両断していく。
「怯むな! 距離をとって攻めろ!」
新たな指示に応え飛べる魔族が遠方から魔法や矢、羽根による攻撃を放つ。
ヤヤは、それを先ほど足止めした魔族を盾にする事で回避して、魔族の軍勢の中に入り込む。
「これで下手な飛び道具は、使え……」
ヤヤは、言葉の途中で身を捩った。
しかし、かわし切れず魔法弾がヤヤの腕を抉る。
その魔法弾の撃たれた方向をヤヤが睨む。
その視線の先には、テンナーが居た。
「良い反応だ。伊達にヴァンデストやゴーターを破った事だけは、あるな」
「あんた部下の命を何だと思ってるの!」
ヤヤは、自分とテンナーの直線上に生まれ魔族の死体を指差す。
「我が勝利の為の捨て駒だ」
テンナーの冷徹な言葉にヤヤが拳を握り締めて言う。
「アナコスさんとは、別の意味でいい根性してるよ! あんた見たいのは、絶対に許さない!」
接近しようとするヤヤの前に立ち塞がる魔族達。
「邪魔! 『バハムートブレス』」
気が籠められた掌打で魔族を弾き飛ばすヤヤだったが、その瞬間を狙うようにテンナーの魔法弾が迫ってくる。
「こなくそう! 『カーバンクルガンレット』」
ヤヤは、反射の力を籠めた裏拳で弾くが、当然のその間に居た魔族は、死んでいる。
しかし、ヤヤの周囲に居た魔族の攻撃が集中する。
その大半を回避するも、ヤヤは、少しずつだがダメージを負っていく。
それでも乱戦慣れしているヤヤは、周囲の魔族をほぼ壊滅させて居た。
「はぁはぁはぁ、流石にこの数は、きついか。正直、一度後退するのが正解なんだけどね」
「出来ればの話だろう」
テンナーが接近してきていた。
「あちきは、白風の較。あんた、名乗るつもりある?」
ヤヤの言葉にテンナーが高らかに宣言する。
「私こそがテンカウントが一人、魔弾のテンナーなり! ヴァンデストやゴーターを打ち破ったお前のその首は、私が貰う受ける!」
苦笑するヤヤ。
「敵をとことん弱らせてから現れて勝利宣言、それって負けフラグだよ」
不快を顔に出すテンナー。
「下らぬ事を。力の使いすぎで、余力もあるまい。そして私は、人間の国を背にしながらでなければ戦わないぞ」
舌を出すヤヤ。
「やっぱり、こっちの方向から攻撃してきたのは、そういうことか。まあ、最初からそんな手で決められると思ってなかったから良いけど」
「強がりを言うな、もう勝負は、決したぞ」
テンナーの宣言にヤヤが頷く。
「そうだね、時間稼ぎは、終わったよ」
「時間稼ぎだと?」
テンナーが眉を顰めた時、砦から人の兵士達が一斉に出てくるのであった。
「どういう事だ?」
困惑するテンナー。
砦の中、ヨシは、久しぶりのご飯に満足気であった。
「やっぱり満腹は、人を幸せにするよ。あんたもさっさと食べなよ」
「そうさせてもらいます」
アナコスも運ばれた食事を口にする。
「凄く美味しいですよ。五臓六腑に染み渡ります」
「アナコス様にそういって頂けると皆も喜びます」
ミータッドの酒場に居た少女、マンースの笑顔にアナコスが真剣な顔で言う。
「しかし本当に良かったのですか? 今日運ばれた食糧は、皆さんの大切な非常食だったのでは?」
マンースが頷く。
「はい。そして今がその非常時だと思っています。ここでこの砦が落ちたら、人類は、また魔族に屈服してしまいますから」
その瞳を見てアナコスが感慨深げに呟く。
「私は、貴女達様な人たちの力があるから戦える。今更ながらそれを実感させてもらっています」
「そして私達は、アナコス様やヤヤさん達という希望があるから生きていけます」
マンースの応えにアナコスが頷く。
「必ず、この戦いを勝利に導いてみせます」
「ミータッド王国をはじめとするいくつかの国の民間人から食糧の提供がなければ最悪、あの砦の放棄も想定していた。でもね、もう退く必要もなければ退くつもりもない。後ろには、こんなにも強い力があるんだから」
ヤヤの宣言に悔しそうにしながらテンナーが叫ぶ。
「だったらどうしてお前が前線に出ていた!」
ヤヤが肩を竦める。
「仕方ないでしょ、食糧を運ぶ民間人の身の安全が最優先、元気な兵の大半をそっちに割り振っていたんだから。それも終わった以上、もうこっちは、全力で行くだけだよ」
「タイミングを間違えたというのか?」
苛立つテンナーにヤヤが苦笑する。
「違うね。あんたが間違えたのは、戦う相手を見下した事。あちき以外は、まともな敵と見ていなかった。だからこうなる」
次々と飛んでくる矢にテンナーが慌てて後退する。
「一番槍もらった!」
突進してきたマムスの槍がテンナーに迫る。
「雑魚が!」
テンナーが銃口を向けようとした瞬間、詰め寄ったヤヤが高らかに上げた手を振り下ろす。
『ゼウス』
拳に篭った雷撃がテンナーの動きを止めた。
「ば、馬鹿な……」
「さっきあんたが言った通りだよ、力を使い果たしたあちきじゃ、あんたに止めを刺すのは、難しかったでも」
感電しているテンナーの胸にマムスの槍が突き刺さると、続く兵士達の攻撃が次々と決まっていく。
「ば、馬鹿な私がこん雑兵にやられる等、ありえ……」
「あんたは、あちきやアナコスさんに負けたんじゃない。人間の矜持に負けたんだよ」
ヤヤが宣言する中、テンナーが息を引き取るのであった。
こうして極限まで追い詰められたゲシュレスト砦防衛戦は、終わりを告げたのであった。




