表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【掌編】別れ話を

作者: 樊城 門人


 茫洋とした明るい日差し。白い石畳が敷き詰められた地面。公園の中心では円形の噴水がクジラの潮吹きのように、辺りに涼をもたらしている。

 公園のかたわらに、木材で出来た休憩所があった。三角形の屋根にいくつかのベンチ。アイスの自動販売機がある。

 そこに一組の男女が座っている。男は黒い髪を短く刈り込んだ、端正な顔立ちのハンサムで、白いドレスシャツにブルージーンズを履いていた。女は長く、艶やかな黒髪を背中に流している美女で、すらりとした体付きの上に精妙な装飾が付いた黒いワンピースを身にまとっている。二人は無表情に近いものを湛えた顔で、噴水の近くで戯れる親子連れを眺めていた。子供の笑い声と噴水の清涼な音。穏やかな陽光が辺りに降り注ぎ、犬を連れた中年女性が公園を横切っていく。

 女が静かに、区切るように言った。

「もう終わりよ」

 男は微動だにしない。数秒経った。男が口をもごもごと動かしてから、開いた。

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

 どこか曖昧で、焦燥感を含んだ声色だった。女は視線を自身の足元に向けて、軽くパンプスを動かす。

「どうしてそう思うの?」

「まだやり直せる気がしないかい」

「私はしないわ」

 間髪入れず答えた彼女を、男は苦々しい視線でもって迎えた。男は顔を彼女のほうに向ける。まだ下を向いている彼女に、男は毅然として語った。

「ちょっと、お互いの波長が合わなかっただけなんだ。もう付き合って何年にもなるものな。そういうことはあるさ。どのカップルでも同じだ。だから、特別視するもんじゃない。また仲良くやれると思う。こんなので別れるのは、お互いにとってひどく馬鹿馬鹿しいことだよ」

影がかかった彼女の顔は憂鬱そうな未亡人にも見えた。いつもなら濡れたように光る瞳も、今回はいつになく疲労し、乾いているようだった。

「いいえ。ダメね。あなたは特別じゃないというけど、分かってないだけ。前に喧嘩したのは何時だったかしら? まあ、いいわ。でも私はそのときのことをよく覚えてるの。あのときはお互いに感情が先走っていたわね。今思うととっても明るく思える。なぜかって、今回はそれとは違うから。ベタベタしてるんじゃないの。逆よ。荒野みたいに乾いてる。あなたに前みたいな感情を抱けない」

「倦怠期さ。良くなるよ」

「少なくとも私は耐えられる気はしないわね」

 ため息を付いた彼女はひどくうんざりしているようだった。男は自身の顔を指でなぞりながら、小さく歯軋りをして、忌々しそうに表情を歪めた。

「退屈かい。僕といるのが」

「ごめんなさい」

 老婆のように疲れきった声だった。男は噴水を見た。女も同じようにした。そのまま数分経った。親子連れが去っていった。男がつぶやいた。

「なにが悪かったのか」

 女は答えなかった。ただ気まずげに足を組んだだけだった。男は軽くかぶりを振ると、言った。

「これ以上くっついていたくないっていうことなら、僕もそうするほかない。君の意思を尊重する」

「ありがとう」

 かすれた声だった。男は感情を乗せずに続けた。

「欺瞞は嫌いだ。君が憎いよ。あとで物足りなくなって、ぼくのもとに帰ってきてさ。で、ぼくが金色夜叉の絵みたいに、君を手ひどく蹴り飛ばせるといい」

「私がいなくても大丈夫よ、あなたは。もっと良い人見つけるわ」

 もう四〇も年老いた感じで、女はむりやりに微笑んだ。早く去りたいようだった。男は彫像のような無表情を注意深く保っていたが、瞳の向こうに憎しみがあった。対して女には張り付いたような微笑みがあったが、彼女の向こうには疲れ以外のなにものも無かった。

 男がむっつりと頷き、女は膝に置いたハンドバックを取るとベンチから腰をあげた。男は腕を組むと、ひたすらに前方を見続けた。女は両目をつぶると過去から決別するように公園から歩き出した。


 それから数分経った。男の顔面が震え始め、見開かれた眼から雫が一滴頬を伝った。



 【了】


公園で一組の男女が別れ話をしているシーンを描写する、というお題で一本書いてみました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ