紳士の宴
『マニアック』をテーマに書いた作品です。
いかにもゴリ押しって感じがしますが(笑)
タイトルは適当です……。
頭を空っぽにして読んで頂ければ幸いでございます。
マニアック。
それは、ある事に極端に熱中していること。
あぁ。正に僕は今、熱中をしている。
この瑞々しくてキメ細かい白い肌に。
強く触れては崩れてしまう彼女に……。
【ボランティア部№6橋下透】
某高校の一室。
季節は秋にも係わらず、室内は言いようのない湿気に包まれていた。
四畳程しかない狭い教室の中心で、学生机が六個。長方形を成すように合わせられている。
「……№4の定期報告は以上だな? それでは№5。定期報告を」
左上の座席に座っている者がリーダー格なのだろうか?
どこかの指令のように机の上で膝を付き、手の甲に顎を乗せながら発言をした。
遠くから見れば、……具体的に一マイルほど離れて見れば、小学生の和気あいあいとした給食風景にも見えるかもしれないが、ここにいるメンバーはプロレスラーが付けるようなマスクや、ジェイソンの仮面などを付けているため、見ていて恐い。
「ククク。№5だ。……先日、観賞するだけでは満足できなくなり、通販で黒ストッキングを三着購入した」
№5と名乗る、頭に黒ストッキングを被った人物は、うさ耳のように黒ストッキングの両足部分を大きく揺れしながら気持ちの悪い笑い声を零し、やはり見た目相応な気持ち悪い言葉を投下した。
「……まさかッ! その頭に被っているのが……!?」
一人の男が驚いたように、№5へと尋ねる。
「ククク。YESだ。それも、頭だけではない。――下も履いている」
№5の発言で、本人とリーダー以外のメンバーは椅子を後ろに倒すほどのオーバーリアクションをとった。
「昔は電車の中でチラチラとしか黒スト観賞できなかった№4が……!」
「……残り一枚は、×××用か!」
意味深な言葉が飛び交う!
「立派になったな、№5。これからも、精進してくれ」
リーダーが№5に対して称賛を送った。
いや、これ以上精進したら人間として駄目だろ。というツッコミをしてくれる常人は、この中には一人もいなかった。
本当に困る。
「それでは№6。定期報告を」
「あっ、ハイ!」
№6と呼ばれた人物は、一番右下の座席に座っており、このメンバーの中では一番格下なのだろうか?
オドオドしながら椅子から立ち上がると、他のメンバーに頭を下げた。
そして、
「彼女の燈歩ちゃんです!!」
叫び声に近い声でそう宣言すると、自らの机の上にスーパーなどで良く見かける、豆腐の入った長方形のプラスチック容器を叩きつけた。
彼女なのに叩きつけるのか!
そんなツッコミは出なかった。
№6を除く全てのメンバーは、ゴクリと生唾を飲むだけが精一杯で、言葉を発することができなかったからだ。
№6が醸し出している、鈍く輝いたオーラに呑まれた証拠……!
(ぬ、ぬぅ! なんだ、この、まるで……栓を抜かれたお風呂の残り湯になった気分はッ!?)
左上座席に座る大佐が、右下座席の駆けだし歩兵に畏怖していた。
「……ほう。豆腐か? 前回は確かチクワだったな」
やっとの思いで喉から言葉を出したリーダーは、このままでは威厳を失うと思ったのか、『それがどうした?』という皮肉を込めて言う。
「ただの豆腐ではありませんっ! 絹豆腐です!」
オドオドしていた雰囲気が一変、№6は怒りを露わにしながら、リーダーに食いかかる。
「も、木綿じゃ駄目なのか?」
――立場が逆転した瞬間だった。
リーダーは№6に対して妥協をしてしまった。
『豆腐なんて全て一緒だ!』
力強くそう宣言すべきだったのだ。
「全っ然駄目です! 燈歩ちゃん(絹豆腐)を見て下さい!」
№6は言いながら、プラスチック容器に密封された豆腐の封を剥がす。
開封したことによって、ぱんぱんに入っていた容器内の水が机の上を浸水して、大豆の豊かな香りが室内へ漂う。
「このキメ細かい、美しい肌を見て下さい! 驚くほどに瑞々しいでしょう?」
ここにいるメンバーは、一般的にキ○ガイと呼ばれる連中であるが、ズバ抜けた№6のキ○ガイぶりに対し動揺を隠しきれない。
「確かに瑞々しいが……」
「そ、そりゃあ、豆腐だからな」
遠慮がちに、№2と№3が呟く。
「瑞々しいだけじゃありません。燈歩ちゃんはとても繊細で崩れやすい。そう、僕にとてもよく似ている」
№6はセンチメンタル気味にそう言うと、豆腐に人差し指で優しく触れる。
その際、優しく触れたつもりであったのだろうが、予想以上に力が入ってしまったらしく、ズシリと人差し指が豆腐に陥没してしまった。
「「あっ」」
目の前で起きた光景に、一同は思わず声を上げる。
室内にひと時の静寂が訪れた。
ここだけ時が止まってしまったのではないのだろうか。そう感じるほどに。
――そして時は動き出す!
「と、燈歩ぅぅぅ!!」
両手で燈歩を天に掲げる№6。
容器に残っていた水が滝の如くドバドバと机を打ちつける。
それはまるで、№6の涙のよう。
「君の繊細さを理解しているつもりだった! それが、それがっ!」
後悔の嵐に見舞われた№6は、激しく身を悶えさせる。
そんな彼の肩に、名誉挽回を賭けたリーダーが優しく手を置いた。
「……№6。どうやら、お前は彼女の繊細さを理解したつもりでいたが、実際には理解しきれていなかったようだな」
「リーダー……」
「元カノ(チクワ)もそうだったな? お前は元カノから漂う、魚介類の旨みが詰まった匂いの誘惑に負けて、元カノを食してしまった」
「くっ。返す言葉もありません」
自分の不甲斐なさに怒りが込みあがったのか、№6は拳を机に打ちつける。
「まだまだ、№6からの昇格は認められないな。私は逃げも隠れもしない。……№1の称号が欲しければ、私の領域まで勝ち上がって来い!」
「は、ハイっ!!」
ビシっと№1(リーダー)に向かって敬礼を見せる№6は、どこか輝いて見えた。
……どこまでも鈍く、漆黒に!
「それで、彼女はどうするのだ?」
リーダーは、中心部が陥没した豆腐に視線を送りながら№6に尋ねる。
「――ます!」
「え?」
「食べます!」
「え、食べるの?」
「はい。実はというと、先ほどから室内に漂う、大地の恵みが詰まった大豆の香りを嗅いでいたら、空腹を刺激されまして」
№6は頭の後ろに手を当てながら、陽気にそんなことを言った。
食欲〉〉〉〉〉〉彼女。
№6の脳内では、食欲の方が勝っていたのだ!
「そ、そうか。大地の恵みを体一杯に感じてくれ」
リーダーの表情は、ジェイソンのマスクによって窺うことができないが、どこか哀愁が漂っていた。
№6の定期報告が終わったことによって、本日の活動が終了したらしく、それぞれのメンバーは無言で帰宅の準備にかかるのであった。
某高校の一室。
扉上のプレートには、『ボランティア部』と記されている。
この部活は、町の清掃などを主な活動としており、町内会や地元警察から表彰をされたこともあることから、優等生の鏡とか言われてたりする。
しかし、実際は違う。
彼らはその名誉さえも霞んでしまうほどの、重度な病を患っていた。
――マニアック症候群という病を!
ボランティア部、部室前廊下。
部活動を終えたメンバー達が、ゾロゾロと廊下を歩く。
「あっ! 多田先輩! 頭の黒スト外し忘れています!」
「ん? ……本当だ! あまりにフィット感が自然過ぎて、外すのを忘れていた!」
多田は焦ったように黒ストッキングを外そうとするが、伸縮性に豊かな黒ストッキングは、引っ張っても伸びるだけで中々外れそうにない。
「僕も手伝います!」
「すまん、橋下。今日の帰り、豆腐買ってやる!」
二人は我武者羅になって黒ストッキングを外しにかかるが、やはり伸びるだけで外れなかった。
「なにやってんだよ! こんな場面誰かに見られたら、俺達が築き上げてきた優等生像が一瞬で崩れるぞ!」
筋肉質の男子生徒が怒鳴り声を上げながら、多田の黒ストッキングを力任せに引っ張る。
「山柿先輩! 力入れ過ぎですよ! 多田先輩の顔が面白いことになってます!」
「山柿ィィ! もっと、優しくぅ……っ! 引っ張れぇ」
多田が苦しそうに、山柿へと抗議の声を浴びせる。
「お前ら! なにやってんだ!!」
今度は、高身長で眼鏡をかけた、どこか知的感溢れる男子生徒が三人へ怒鳴り声をかける。
「リーダー! 多田先輩の黒ストが外れないんです!」
「なにっ!? あれほど、脱着しやすいのを使えと言っただろ! それと、部室外では部長と呼べ!」
リーダーと呼ばれた眼鏡の男子生徒は、レンズを光らせながら、多田と橋下を叱る。
そもそも、どうして顔を隠す必要性があるのか?
それには、彼らにとってマリアナ海溝よりも深い理由があったのだ。
『マニアック談義をする際、気持ちの悪い表情を見られるのが嫌だ!』
という理由が一つ。
好きな話題を話すときは、どうしても顔はニヤけてしまうもの。
マニアックな会話であれば尚更だ。
それともう一つ。
『見栄で固めた殻を破らない限り、より高度なマニアックな会話は成立しない!』
学校内では優等生で通っているメンバーだ。
そんな彼らは人一倍に見栄が強い。
自分とは全くの別人です。
そう言い聞かせるための顔隠しなのだ!
「私も手伝う! 危険分子は排除せねば!」
額に一筋の汗を描きながら、部長も多田の黒ストッキング脱がせに参戦するものの、やはり取れない!
次第に部員全員が一団となって、黒ストッキングを引っ張る!
まるで、おおきなかぶ状態だ。
「くっ、なんという一体感! 俺はここまで黒ストに愛されていたのか! しかしっ! ちょっとばかし、愛が重い……ぜ」
頭に被った黒ストッキングを引っ張られることで、多田の顔はエイリアンのように歪んでしまっている。
「多田先輩! その顔で愛がどーだの言われても、ぜんぜん締まりがないです! 黒ストは締まってますけど!」
「多田ァ! このままでは、お前の愛する黒ストによって、俺達の学園生活に引導が渡される!」
橋下と山柿が相次いで発言した。
「……こうなったら自棄だ。黒ストを被ってれば、身バレはしないんじゃね? 作戦でいく! だから俺達はお前を置いて逃げる!」
多田にビシっと人差し指をさしながら、リーダーはリーダーらしからぬ発言をする。
しかし、それを聞いた多田以外のメンバーは、やはり自分の身が一番大切なのだろう。
多田を置いて一目散に廊下を駆ける!
「ちょ、ちょっと! 冗談でしょ!? え、マジか!?」
本気で自分を置いて逃げるなんて思っていなかった多田だが、本当に実行されたので戸惑いの声を上げた。
冷静沈黙で定評がある多田だったが、今は相当パニックに陥っているのであろう。
投げたフリスビーを夢中で追いかける犬のように部員を追う!
「うわぁ! た、多田先輩が、パグのような形相でっ、追いかけてきます!」
体力が著しく皆無な橋下は、呼吸を大きく乱している。
「橋下! あいつは多田ではない! ただの変態だ! 俺達とは全くの無関係者だ!」
アスリートのように美しいフォームで廊下を全力疾走するリーダー。
そもそも、廊下を全力疾走する時点で優等生ではないと思うのだが、多田同様で他の部員もパニックに陥っているためなのか、全く気にしていない。
「……部長。本当にこんなので良いのかな?」
山柿が、どこか寂しそうな表情でリーダーに問いかける。
「……どういうことだ?」
「部長。解っているはずだ。俺らは自らの趣味を全力で語り合える仲。つまり、戦友だ。そんな戦友である多田を見捨てて逃げるのは、……やはり違う気がする!」
山柿はリーダーだけではなく、部員全員に訴えた。
勿論、自分自身にも。
「…………解っているさ」
そう言いながら、リーダーは周りの部員達を見た。
みんなリーダーを見て、頷いている。
「全員止まれ!!!」
リーダーのかけ声によって、ボランティア部全員がその場に止まる。
あれだけパニックになっていた多田でさえ、止まっていることから、よほどリーダーの発言は強いと思われる。
「多田、すまなかったな。俺達が取らなくてはいけない行動は逃げることではなかった。――共に、歩むことだった!」
放課後の廊下に、真っ赤な夕焼けが射し込む。
夕焼けだからといって、寂しいという感情は全く芽生えない。
それどころか、富士の山頂から拝む後光のように、どこか胸が熱くなる……。
そんな夕焼けを浴びながら、ボランティア部は列を作って歩く。
本当の自分自身を隠すために使っていた、仮面を被って!
……なんか違くね?