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秀一放浪記  作者: 虎丸
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マヨヒガ



 あははははははは。

 あはははは。


 みなさん、こんにちは。私、奇跡青年アンビリィバボォ、万年青 秀一です。


 今、先ほど。恐怖の洞窟から抜け出したはずなのに、洞窟を抜けるとそこは竹林でした。


「あれ? おかしいなぁ」


 洞窟の入り口は崩れかけの佐知神社の裏で、洞窟の出入り口は一つだけだったはずですが。目の前にはのびのび育った竹林以外、神社も鳥居も石段もありません。出口を間違えたかな?

 いやいや。出入り口は一つのはずで出口を間違えるなどありえません。出口を間違えたのなら入り口も間違えています。出入り口は一つだけなのだから、出口が違うなら入り口も違って……。あれ? 日本語がおかしい。


 ん? あぁ、そうか! もしかすると、目的の洞窟とは別の洞窟に入ってしまったのかもしれません。山の反対側にでも突き抜けてしまったのでしょうか?

 とりあえず、出てきた洞窟を遡って佐知神社へと戻りましょう。ご老人に聞けば何か教えてもらえるかもしれない。実は生活道路用に一つ洞窟が増えていたとか。「すまんすまん。長いこと佐知神社には行ってなかったから、すっかり忘れとったよ」なんて言ってもらえるかもしれません。

 そして、笑いあうんです。「本当にびっくりしちゃいましたよ。びっくりして腰が抜けるなんて、今回が初めてですよ。あはははは」なぁんて。


「あれ? おかしいなぁ」


 洞窟へと振り返ってみると、そこには穴が開いているだけでした。洞窟とはとても言えないような巨岩のへっこみです。周りを見渡してみても洞窟らしきものは見当たりません。

 私はどこからきたのでしょうか?

 人間はどこから来て、どこへ行くのかなんて人生をかけて考えるくらい重要な命題ですが。それよりも単純で明瞭な答えが得られるはずの、私の帰り道は何処だろうという簡単な疑問は迷宮入りしてしまいました。

 確かに私はここから飛び出してきたはずです。ずっと目を離してはいましたが、位置関係から考えても周りを見渡してみても、それらしいものは目の前のコレしかありません。

 ああ。うん。えぇっと。


「あれ? おかしいなぁ」


 認めたくはないけれど認めなきゃいけないんでしょうか? 私がどうやら神隠しに合ってしまったと。

 いくら神隠しにあったとして洞窟が無くなるのは困ります。どうすれば帰れるのでしょう?


 待て。神隠しは帰れないから神隠しなんです。ならば帰りの洞窟が消えてしまってもおかしくはない。

 おかしくはないが大変困る。帰れないのは困ります。

 どうすればいいんでしょう。


 待て待てよ。知ってる。私は知ってる!

 何も分からない私ですが、何も知らない訳じゃありません。佐知神社の縁起にある村の若者は帰ってくることができました。

 彼の行動をなぞれば無事に帰れるかもしれません。竹林に飛び込んで、迷い家に一晩泊まり、洞窟を通る。うまくいけば何か貰って帰って長者様の仲間入りです。


 ただ、土地勘もなく初めての場所で、何の目印も無しに竹林へと足を踏み入れるのは危険です。

 何か目印に使える物はないでしょうか。例えばロープくらいは持ってきておくべきでした。


 回りをよくよく観察してみると、巨岩の窪みから黒い靄が一筋の流れとなって竹林に続いているのに気付きました。

 この一筋の黒い靄は、佐知神社の洞窟に吸い込まれていた黒い靄でしょう。とすると、この窪みは確実に佐知神社へと続いている。完全に帰りを絶たれている訳ではないと安堵しました。


 この黒い靄。どこに続いてるのかは分かりませんが、歩く際の目印に使えることは確かです。そうそう都合の良いことは無いでしょうが、上手くすれば迷い家に続いているかもしれません。

 この靄の流れに沿って歩いていくと決めました。他に手頃な目印も見つかりませんでしたし。


 竹林はどうやら誰かの手が入っているようで歩きやすい場所でした。平坦な土地のようで上がりも下りもありませんでした。

 もし、竹林で夜を明かす事になるなら、筍でも掘って夕食にしますか。灰汁取りはできませんが、食べられないなんてことはありませんよね?


 一度休憩をはさみながら三時間ほど靄に沿って歩いけば、もう日が傾いてしまいました。野宿を覚悟し始めると、竹林の向こうに人工物らしき物がチラチラと見えます。


 当たりです。お屋敷です。なんて幸運なのでしょう。これは帰れるパターンに乗れたかもしれません。

 それにしても、茅葺き屋根なんて初めて見ました。近代的な建築物ではありませんが、お屋敷と呼ぶに十分な風格があります。黒い靄はそのお屋敷に流れ込んでいるようです。

 

 お屋敷の玄関口に立ち大きな声でお伺いをたてます。


「もうしわけありません! 私、道に迷ってしまいまして。辺りももう暗くなってきました。宜しければ一晩泊めていただけませんか?」


 返事はありません。人の気配が一切しません。いよいよ迷い家へたどり着いたかも。 玄関口から庭を抜けてお屋敷をぐるっと一周しながら繰り返し声をかけます。


「どなたかいらっしゃいませんか?」


 庭に面した障子は開けっ放し。裏の勝手口も開けっ放し。 どうぞ、どなたでもご自由にお入りください。と言っているようでした。


 玄関口に戻り埃を払ってから靴を脱ぎます。

 私に見えないだけでどこかにお屋敷の主がいらっしゃるかも。一礼くらいはしておいた方がいいかもしれません。


「お邪魔します」


 佐知神社縁起の若者に倣って台所を覗いてみましょう。案の定、お米を炊いている最中でした。台所につながる板の間には囲炉裏があり、鍋がかけてあります。


 不思議な感じです。今の今まで誰かが居たような状況なのに、誰かが居たような温度を一切感じません。

 これが迷い家独特の雰囲気なのかもと、不意に納得してしまいました。


 お米の炊き上がりを待ちながら、これからについてつらつらと思いを巡らせます。

 佐知神社縁起ではここから帰ると二十年が経過していました。私も同じとして。行方不明者が昔と変わらない姿で帰ってきて、迎え入れてもらえるものでしょうか?

 家族は帰りを喜んでくれるでしょうが、友人はどうでしょう。二十年も経過すれば色々と経験を積み、私の知る彼らとは変わっているかもしれません。

 加えて言えば、私は21そこそこの若造でしかなく。四十路を超えた彼らとうまく付き合えるでしょうか?

 何より社会が認めてくれるかどうか。大学は中退扱いでしょうし、バイトも無断欠勤。二十年行方不明となると死亡扱いにもなるでしょう。私が私であると、どう証明すればいい?

 あぁ、困りました。明確な人生設計はありませんでしたが、それでも突飛な出来事過ぎて対処のしようがありません。


 これから先に待つ面倒事に溜め息を吐いていると、背負ったままだったリュックサックの重みを感じました。焦っていたのでしょうか?

 焦っていたのでしょう。囲炉裏のある部屋の壁にリュックサックを立掛け、上着も被せておきます。深呼吸をひとつ。

 もう外は見通せないほど真っ暗で、灯りは囲炉裏の火のみです。たった一つの灯りですが、私を落ち着かせてくれました。


 台所に戻ってみると竈の火が消えていました。お米を炊いた釜は片付けられており、炊き立てのお米はお櫃に移されていました。

 物音もしませんでしたし気付きませんでした。いつの間に。やはり見えなくても誰か居らっしゃるのでしょうか?

 もう不思議はお腹いっぱいです。


 お櫃を抱えて囲炉裏の前まで戻ってみると、囲炉裏を挟んで上座と下座合い向かいにお膳が二つ据えてありました。お膳には空のご飯茶碗に漬物、菜の物、お酒の注いである盃、何鍋かは分かりませんが椀から湯気が昇っています。

 これは歓待を受けているのでしょうか?


「私がご一緒させていただいてもよろしいのでしょうか?」


 お櫃を脇に置き伺ってみました。もちろん、返事はありません。

 さて、どうしたものでしょうか。ご飯をよそって上座のお膳に乗せてみますが反応がありません。下座に座ってみても拒否されている雰囲気はありません。


 ご飯をよそってみましょう。反応無し。

 いただきますと言ってみました。反応無し。

 お茶碗を持ってみました。反応無し。


 お屋敷の主は見えないけれども、どこかに居らっしゃるはずなのです。少なくとも怒りに触れてはいないようです。


 一口、ご飯をいただいてみまおいしい。すごく美味しいっ!


 朝食は食べましたが、昼食を抜いて強行軍するはめになっていたので空腹が最高潮でした。空腹こそが最高のスパイスなんて言いますが、それを差し引いても食べたことが無いくらいおいしい。

 漬物をいただきます。これはご飯がすすむ。いえ、すすむなんてものじゃありません。走ります。ご飯が走ります。この漬物がある限りご飯の全力疾走が止まることはないでしょう。そして、止まらないご飯がおいしい。菜の物も鍋もお酒もおいしすぎます。

 まるで神の食材が神の手で料理され、神の料理となり私の体の隅々まで喜ばせてくれているよう。おいしさのあまり叫びだしそうになるなんて初めてです。今なら、「うーーーーまーーーーいーーーーぞーーーー!」と叫びながら巨大化する人も理解できます。


 料理はあっと言う間に無くなってしまいました。心は満足、体は満腹です。

 食事がこれほどの幸せを運んでくるとは。お屋敷の主は料理の神様かも知れません。


「素晴らしい御馳走でした。ありがとうございまっ」


 手を着いてお辞儀をしようとしたところ、予期せぬ痛みが全身を走ります。


「あ、が、ぎ。ぎぃぃぃ!」


 指の先から頭の先まで削られていくような痛みと、体の内側から押しつぶされ破裂しそうになる圧迫感に苦しめられます。

 肺は圧迫され声にもならない悲鳴を上げます。


「はっ、あ、あぐぅ!」


 骨の芯が熱を持ち焼けます。心臓が止まったり動いたり。痛みのあまりジタバタじたばたと転げ、身を反らし、手足を振り回します。目がチカチカするし、痛みが強すぎて脳が処理できていない!

 毒か何かならば食べたものをすぐに吐き出すべきなのですが、そんな余裕もありません。今はただ痛みに耐えることしか!

 やはり食べてはいけない食事だったのでしょうか。あやまります。ゆるしてください。いたいいたい。いたい。


 本当に脳の神経が焼き切れてしまったかのように気を失ってしまいました。パソコンの電源が突然落ちてしまうのを、生身で体験するとこんな感じだったのかもしれません。

 夢も何も見ず、目を覚ますと日が高くなっています。昨夜の苦痛が嘘のように清清しい目覚めでした。体の各部、動作確認をしましたが何の支障もありません。

 何がいけなかったのでしょうか。わかりません。触らぬ神に祟り無しという諺を思い出します。また要らないことをして激痛をいただくのはごめんです。


 今すぐ逃げましょう。

 体にかけてあった上着を引っつかみ、リュックサックを背負うのもソコソコに玄関へ向かいます。もう本当にあの痛みは嫌です。本当にいりません!

 靴を履き、振り返り。


「ありがとうございました! しつれいします!」


 脱兎の如く玄関を飛び出します。

 


 脇目もふらず黒い靄の筋を頼りに、帰りの洞窟まで竹林を三十分で駆け抜けるのでした。

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