ER……
粗悪品のアンドロイドの、ちょっとイタイ物語。
と、いうことでR15に設定しました。
この物語は、昨年11月に開催された覆面企画「仮面舞踏会」の「雫」をテーマに描かれたものですが、発表されなかった物語です。
ER。
旦那様は、私をそう呼ぶ。
たいした理由ではない。私の個体識別コードがERで始まるものだったから、そう呼ばれているだけだ。
私は、人間を模して作られたアンドロイド。人間に奉仕するために作られた、機械。
そして、その中でも特に「粗悪品」と識別されるものなのだ。
最初のご主人は、旦那様よりも若い男性だった。私に色々な事を覚えさせようとして、私のもの覚えの悪さにいつも苛立っていた。
元々私にプログラムされているのは、日常の生活を送るだけの、些細なもの。それでも、ご主人は容赦なく私を叱りつけた。ご主人に言われるの言葉の意味が解らない私を、全く理解できないように。
「教えたばかりだろう」
「何故、出来ないんだ」
ご主人が厳しい形相で私を睨み付けながら怒声を上げると、私の「目」から一筋の雫がこぼれ落ちた。
それはもちろん、人間が流す「涙」ではない。
ご主人が満足そうに笑って、そして教えてくれた。「涙」とは、人の心が動いた時に自然に流れ落ちるもの。私のそれは、ただのプログラムだと。
人間の表情を識別し、感情を読み取って、それに応じて「目」から「雫」を流す。
不器用な私の為に、特別に組み込まれたプログラムなのだと。
プログラムの出来映えを確認すると、ご主人はとても嬉しそうに笑って、私を愛してくれた。
「ありがとう。君だけが僕の支えだ。君がいるから、まだ僕も生きていられる」
そう言って、私の事を抱きしめてくれた。
そのご主人は、もういない。
朝、時間になっても起きて来ないご主人の様子を見に行くと、ご主人はベッドで動かなくなっていた。心臓が停止していること、体温の低下が認められた事から、私はご主人の「死」を知った。
葬儀の日。ご主人の知人が訪れては、私の肩を叩いて行った。
「気をしっかりもって」
「相談があるなら、いつでも言ってくれたら良いから」
そう言って。
その人たちに頷くたびに、私の目からは雫が溢れる。でも、これも彼らが流している「涙」とは違う。ただ、彼らの表情から「哀しみ」を読み取ってプログラムが作動しているだけ。だから、ご主人の遺体を見ても私の目から「雫」がこぼれる事はない。
知人たちは私の事を人間だと思っているらしかった。だが、アンドロイドの私には、人間に持ちかける相談事などない。そもそも、私の行き場を決めるのは、私ではないのだから。
ご主人はどうやら多額の借金を残していたらしい。家財道具は整理され、私はオークションにかけられることになった。
少しでも換金できればと望んだ債権者たちの思惑を余所に、中古でしかも粗悪品である私は買い求めれる事もなく廃棄処分になる筈だった。
だが、私は落札された。格安ではあるが落札された。物好きにも、私を買い求める人が居たのだ。
オークション会場で私を初めて見た時に、とても驚いた顔をした男。私はスクラップの危機を免れ、その人に仕える事になった。
それが、「旦那様」との出会いだった。
私を落札した、旦那様。格安でメイドを入手した彼もやはり、その当日から私の物覚えの悪さに苛立っていた。どうやら短気な人間らしい。
「顔だけではなく、その反抗的な態度もそのままだな。ER!」
旦那様が言う「ER」イコール私であることすら認識できなかった私を、旦那様は打った。
ご主人に改造された私の人工皮膚は薄く、ちょっと暴力を振るわれただけでオイルが漏れ出す。それを見て、旦那様は驚いたようだ。
旦那様のグレイの目が、私を見た。私も、旦那様を見つめる。
見開いた私の目からひとつぶ「雫」がこぼれると、旦那様は数歩、後ろに下がった。「まさか」と呟き、ゆっくりと腕を伸ばす。
旦那様の右手のひとさし指が、私に触れた。そして、目から伝う雫をぬぐい、不思議そうにその指を見つめた。
「お前は、涙を流すのか? 感情もないのに?」
旦那様は私を見ている。目を細めて。かつて、オークション会場では誰もが皆、私をそんな目で見ていた。粗悪品への、蔑みの目。
今の旦那様にあるのは、人間に似せたアンドロイドへの嫌悪感だろう。
「教えろ。何故泣く。その涙は誰の為の涙だ」
「旦那様の為に、流しております」
かつて、「ご主人」の為にいつも言っていた言葉を、私は言った。
「俺のため?」
「旦那様に、愛して頂く為に」
「ご主人」は言った。
私のプログラムは、人の心の動きを感知して起動するのだと。偽物のくせに、変なところで本物らしいのは、人間の感情を利用しているせいだとか。
偽物も本物も、私には解らない。
ただ、私は人間に奉仕するために作られたアンドロイド。私のプログラムは全て、旦那様の為にあるのだと認識していた。
「俺のためだと?」
笑い続ける、旦那様。笑いが止むと、今度は恐ろしい顔で私を見た。
「言っておく。俺がお前を愛することなど、ない。アンドロイドのくせに思い上がるな!」
旦那様は、私の事を何度も打った。
皮膚が破れ、オイルで旦那様の手が汚れる。それを拭う私を激しく打った。
「機械の癖に、機械の癖に、機械の癖に」
旦那様の方こそ、まるで壊れた機械のようだ。
私が動かなくなると、旦那様は私を抱きしめ、何度も「すまない」と言って、泣いた。
そして、私は知ったのだ。
これが、彼らの言う「涙」なのだと。この涙を流すために、旦那様は私を打ち続けたのだと。
その日から、旦那様は毎日のように私を打つようになった。
オイルを漏らし、レンズの下から雫をこぼす私を強く抱きしめて。旦那様は涙を流した。
私にとっては、旦那様の行為は全く意味がない。打たれても、痛みなどない。簡単なオイル漏れは自分でも治せる。骨格が歪むまで激しく打つだけの力は、旦那様にはない。回線がショートして動かなくなってしまった時には、ちゃんと修理に出してくれた。
「ER」
戻って来た私に駆け寄り、旦那様はきつく抱きしめる。
「二度と、戻って来ないかと思った」
そう言って、涙を流す。
私には、旦那様の「感情」とやらが全く解らない。壊れた、粗悪品のアンドロイドなど捨ててしまえばいいのに。
それでも、私なりに検索をかけてみると、何故か「ご主人」が思い出された。
(ありがとう。君が居るから、まだ僕も生きていられる)
(君だけが、僕の支えだ)
私のデータベースに残された、ご主人の記録だ。ご主人は、こんな私を必要としていた。
だったら、旦那様もまた粗悪品の私を必要としているのかもしれない。そんな風に結論付けた。
それから、何年が経っただろう。
旦那様はめったにどこかに行く事もなくなった。動く時は車椅子で移動するようになり、私を呼ぶのは用事がある時だけ。
旦那様は、私を打たなくなっていた。
「ER」
呼ばれたので、部屋に急ぐ。旦那様が短気なのは、相変わらずだから。
久し振りに庭に出たいという事なので、車椅子を準備して旦那様を座らせ、膝にストールをかける。
旦那様が車椅子の生活をするようになってから、庭は荒れ放題だ。最初こそ庭師の人に入ってもらっていたが、庭を整備する気持ちも失せたのだろう。「どうなさいますか?」と聞いても、「ほっておけ」と言われるだけだった。
「草取りぐらい、教えておくべきだったか」
荒れ放題の庭に、苦笑しながら旦那様が告げる。
「手を傷つけるぐらいなら、二度と草をむしるなとおっしゃったのは旦那様です」
そう、私の皮膚はちょっと鋭い草でも簡単に破れるのだ。オイルまみれにして戻って、修理代がもったいないと、旦那様に怒られた筈だ。
そう言うと、旦那様は声を出して笑った。
「ER」
呼ばれたので、正面に回る。
腰を落とすと、皺だらけの手が伸びて私の頬に触れた。
「暖かい」
「アンドロイドですから」
人間を模して作られた私の皮膚の下には、体温に近い温度に保たれたオイル層がある。
その皮膚の上を、旦那様の掌が滑る。
「昔と、全然変わらない」
「アンドロイドですから」
当たり前の事を答える、私。当たり前の事しか答えられない私に、旦那様は「本当に変わらない」と小さく呟いた。
旦那様は、老いた。
日に日にやせ衰え、しぼんで行く体躯。私を打つ力もなくなった、痩せた腕。
「俺が死んだら、お前はどうなるんだろうな」
欠陥品で中古で、保証期限も切れたアンドロイドなど、二度と引き取り手が出るわけがない。今度こそ、スクラップなのだろう。
「哀れだな、お前は」
掌が、私の頬を滑る。何度も、何度も。
「俺に仕え、暴力を振るわれるために作られたようなものだ」
「違いますよ」
私はアンドロイド。プログラムされていた言葉しか口にする事は出来ない。
だから、私は告げた。
「私は、旦那様に愛してもらう為に生み出されたのです」
旦那様の手が、引っ込められた。
驚いたように、私を見ている。
男の唇が、小さく動いた。その動きをトレースして、彼がどんな言葉を紡いだのかを、正確に分析する。
そう、彼は私の事をついにその名で呼んだのだ。
「そろそろ部屋に戻ろう」
旦那様の言葉は聞こえていたが、私は動けないでいた。そのキーワードによって、新しいプログラムが起動を初めていたから。
「どうした? ER」
私は、車椅子の男の前にしゃがんだまま、笑っていた。
「ERI―KA。エリカです」
男の表情が、固まる。
「エリカです。そうですね? さっきはそう呼んでくださった」
声音も、話し方もまるで、今までの私ではない。他の何かが私を動かしていた。
「お前……」
「エリカですよ。旦那様。いえ……」
車椅子の車輪を掴む、男の手。その手を私の手が掴む。
「その名で呼ばれた時には、あなたをこう呼ぶようにプログラムされています。お父さん」
おびえるように私を見る、男の目。
流れ込んでくる、データ。
娘を溺愛していた、父親。妻に逃げられた後で、その愛情はどんどんと歪んで行った。美しく成長した娘に邪な感情を抱くようになり……。
「俺が悪かった。許してくれ。許してくれ!」
結婚を前に、肉体を奪った。実の父親に強姦された娘の心は弱くて。彼女はその命を手放した。
やっとデータロードを終えた私の目から、雫が溢れはじめる。
「終わったこと。もう終わってしまった事だ。あの子は二度と戻っては来ない。そしてお前はあの子ではない」
怯えたように告げる、男。彼は怒ってもいなければ泣いてもいないのに。
「何故、泣く?」
解らない。ただ、溢れ出る雫が、止まらない。量産のアンドロイドの中から選ばれ、改造されてこんなプログラムを追加された。私が他のアンドロイドと比べて性能が劣っているのは追加プログラムのせいだ。そのプログラムも、まともに動かないエラーを出してしまったのかも知れない。
私は、人間ではない。エリカという名の娘でもない。でも。
「私が人間だったら。生まれて初めて、誰かの事を哀れだと思ったかも知れません」
私を打つ度、悲しそうな顔をしていたのは旦那様の方だった。傷ついた私を、抱きしめて泣いていた。
ご主人は私を愛してくれたが、旦那様に愛された事は一度もない。
「俺に復讐をするために作られたアンドロイドが、俺を哀れむか」
旦那様は、軽く笑った。と、不意にその身が強ばる。
近いうちに、こんな日が来るであろうことは主治医から聞いていた。
車椅子から転がり落ちた男は、苦しげに胸を押さえて私を見る。
「ER」
私は、動けない。無理矢理組み込まれたプログラムが、どこかでぶつかりあっているのだろう。ただ、目から雫を流し続けただけ。
「言ってくれ。俺を愛していると」
老いて、やせ衰えた男。その男を両腕に抱いて。
私は、笑った。けたたましく笑った。彼が不幸になる事を願っていたご主人によって、プログラムされた言葉が、私の口をつく。
「ヒトゴロシ」
雫が、どっと溢れる。
「ノロワレロ」
唇を噛みしめる。その唇を破って、私はその言葉を継げた。
「オ・マ・エ・ナ・ン・カ……シ・ン・デ・シ・マ・エ」
溢れ続ける、雫。噛み破った唇から、オイルが流れる。
「もう、いい」
男は、そんな私に触れた。
「ありがとう」
私の頭を撫でながら、彼は告げた。
その手が、落ちる。
アンドロイドは、涙を流さない。
機械には、感情なんかない。
だから、これは涙ではない。全部、プログラムされた事。
それでも溢れる雫が、止まらない。それは多分、私が粗悪品だから。
アンドロイドは……。
《了》
この物語は、昨年11月に開催されました「仮面舞踏会」に向けて書いたものです。
仮面舞踏会つまり、仮面をかぶって物語を書く。
ま、失敗した事に気づいたので別の作品に差し替えました。
(でも、身バレ率がトップだった。差し替えなきゃよかったのか?)
いいえ。
差し替えなければ、身バレ率が100パーセントだと思ったから差し替えたのです。
と、いうわけで、今更ですがこんな話を書いていて、ボツにしました。
愛着がある作品だったので、こちらに。
出典作も、もちろんUPしますよー。




