【続12話】 ドS将軍の矜持と、武闘場に散る熱い吐息
「セシリアさ〜ん! 朝ごはんのスープを持ってきました……って、あら?」
ドアが遠慮なく開き、最初に飛び込んできたのはクロエだった。
両手にトレーを乗せた彼女は、ベッドの上で毛布を抱き合っている俺とセシリアの姿を目にした瞬間、丸くした瞳をパチパチと瞬かせた。
続いて部屋に入ってきたのは、他の乙女たちだった。
「ふむ、妙に静かだと思ったらやはりここか」
ヴァルキリアが、口元に不敵な笑みを浮かべて腕を組む。
「あらあら……朝からとっても仲良しさんねぇ♡」
ヴェロニカが、口元に繊細な手を当ててくすくす笑う。
「……セシリア、顔がすごく赤い」
最後にすっと影のように入ってきたレン華が、じっとセシリアを見つめながらぽつりと呟いた。
「〜〜〜〜ッ!? な、ななな、何を全員で押し寄せてきていらっしゃいますの不作法者どもッ!」
セシリアは叫び声を上げると、バッと毛布を頭まで被って完全に丸くなった。だが、毛布の端から見える首筋は耳の根元まで真っ赤に染まっており、全身をピクピクと震わせている。
「セシリアさん、おめでとうございます」
クロエはトレーを近くのテーブルに置くと、温かい笑みを浮かべてベッドの傍らへ歩み寄った。そして、毛布越しにセシリアの体を優しく抱きしめた。
「ハルトさんと真の絆で結ばれたんですね。……セシリアさんの雰囲気が、昨日までと全然違います。すごく……綺麗で、温かいです」
「く、クロエ……っ」
毛布からひょっこりと顔を出したセシリアは、うっすらと涙を浮かべた瞳でクロエを見上げた。
「わ……わたくしの方が年上ですのに……このような姿を見せるなんて……っ」
「ふふ、年上とか年下とか関係ありませんよ。ハルトさんを愛して、ハルトさんに愛された……私たちは大切な仲間で、家族なんですから。……ようこそ、セシリアさん」
クロエの瞳に宿る、圧倒的な包容力と「第一の妻」としての揺るぎない優しさ。
セシリアはその温もりに毒気を抜かれたように息を吐き出すと、照れくさそうに「……ありがとう、クロエ」と小さく呟き、彼女の肩に頭を預けたのだった。
「フン、めでたいのは結構だが……セシリア、随分と魔力の質が変わったな」
ヴァルキリアが壁に背を預け、鋭い眼光を光らせる。
「昨日までの硬質で突っ張った極光の魔力が、今はどこか柔らかく、何倍もの密度に跳ね上がっている。……これが、伝説の『男神の血』と交わった効果か」
「ええ、その通りよ」
ヴェロニカが満足そうに頷く。
「ハルトくんの魔力と同調することで、わたくしたちの体内に秘められた血統の鍵が解放される……。アイリスの言っていた通り、五十万の統一軍に対抗するための唯一の鍵ね」
乙女たちがそれぞれの表情で俺とセシリアを見つめる。
その視線には、仲間が結ばれたことへの祝福と、自身にもいずれ訪れるであろう「ハルトとの契り」への期待と緊張が混ざり合っていた。
朝食を終え、大聖堂の地下に広がる広大な武術訓練場。
「ハァッ!!」
ドガアァァァンッ!!
激しい打撃音が訓練場全体に響き渡り、人型ダミーの標的が一瞬で粉々に粉砕されて木屑と化した。
額から汗を滴らせながら大斧を振り抜いていたのは、ヴァルキリアだった。
普段の重厚な軍服を脱ぎ捨て、黒いノースリーブの訓練着とレザーパンツに身を包んだ彼女の肢体は、恐ろしいほどにしなやかで美しい。
引き締まったお腹、豊かに実った胸の丸み、そして運動選手のように美しく鍛え上げられた腿のライン。
汗をかいた彼女の肌は健康的に輝き、荒い吐息を吐き出すたびに、胸元が激しく上下していた。
「……チッ、甘いな。これではまだ足りん」
ヴァルキリアは額の汗を手の甲で雑に拭った。
その脳裏には、先ほど見たセシリアの姿が焼き付いて離れなかった。
(あの高飛車だった姫が……あんな顔をするようになるとはな)
今までのセシリアは、意地とプライドだけで強がっている脆い存在だった。だが、今のセシリアには、一本太い軸が通り、放つ魔力も比べ物にならないほど強大になっていた。
クロエもそうだ。ハルトと結ばれてからのクロエは、ただ守られるだけの可憐な少女から、ハルトを支える聖女へと劇的な覚醒を遂げている。
(……男神の血、か)
16年前の『紅の沈黙』以来、世界に満ちる男たちは欲望に狂い、女を奪うことしか考えない愚か者ばかりだった。男を屈服させ、配下として従えてきた軍総督のヴァルキリアにとって、男とは「支配し、踏みつぶす対象」でしかなかったのだ。
だが、相沢ハルトは違った。
命を懸けて自分を救い出し、仲間を守り、知識や立場ではなく、一人の人間として自分たちを真摯に愛してくれる。
(私の中に眠る『ドSの将軍』としての矜持……。そして、一人の女としての本能が……アイツを求めて叫んでおる)
ヴァルキリアは握りしめた大斧の柄に力を込め、不敵に口角を上げた。
「おい、ハルト! いつまでそこで見ているつもりだ!」
「……バレてたか」
訓練場の入口の陰から、俺が大剣を背負って歩み出た。
「いい動きだったぞ、ヴァルキリア。相変わらず凄い威力を出すな」
「フン、口先だけのお世辞は要らん」
ヴァルキリアは大斧を俺に向かって突きつけた。
「ハルト。私と真剣勝負をしろ。……武器は無しだ。素手で私を叩き伏せてみろ!」
「素手で組み手……? 急にどうしたんだよ」
俺が首をかしげると、ヴァルキリアは凶暴な野獣のような不敵な笑みを深めた。
「理由など決まっている! 黒鋼都市の総督たるこの私が、ただ口先や言葉だけで男に身を委ねると思うか? 私は強い男しか認めん。私を支配したくば、力で私を屈服させてみせろッ!」
彼女の身体から、凄まじい密度の闘気が溢れ出す。圧倒的な覇気が訓練場の空気全体を震わせた。
「なるほどな……。ヴァルキリアらしいや」
俺は大剣を背中から外し、壁際に立てかけた。
そして、両拳を握りしめて構えをとる。
「いいぜ。お前が納得するまで、付き合ってやる!」
「ハハッ! そうでなくては面白くないッ!」
ドッ!!
ヴァルキリアが訓練場の石畳を蹴り破るほどの踏み込みで、一瞬で俺の懐へと肉薄した。
速い!
重装甲を脱いだ彼女の動きは神速だった。しなやかな右脚が鞭のようにしなり、俺の首筋を狙って強烈なハイキックが打ち込まれる!
「くっ……!」
俺は腕を交差させてガードするが、骨にまで響くような凄まじい衝撃が走り、数メートル後方へと弾き飛ばされた。
「どうしたハルト! 口ほどにもないぞッ!」
畳みかけるように追撃してくるヴァルキリア。
繰り出される掌底、膝蹴り、ローキックの嵐。
彼女の鍛え上げられた肢体から繰り出される攻撃は、一撃一撃が殺傷能力を秘めていた。
だが、俺もただ押されるだけではなかった。
体内の魔力を限界まで循環させ、身体能力を爆発的に強化する。
ヴァルキリアの鋭い右ストレートを間一髪で紙一重かわすと、そのまま彼女の懐へと潜り込んだ。
「なにッ!?」
「捕まえたぞ!」
俺は彼女の細く引き締まったウエストを両腕で抱え込み、そのまま体重をかけて地面へと押し倒した。
ドサァッ!!
訓練場のマットの上に、二人まとめて転がり込む。
「ぐっ……ぁっ!」
俺が上になり、ヴァルキリアの両手首を叩きつけるようにマットへ固定する形になった。
「はぁ……はぁ……っ! 俺の勝ちだな、ヴァルキリア!」
「くっ……生意気な……っ!」
二人の呼吸が荒く乱れ、互いの吐息が至近距離で交錯する。
組み合わされた身体。俺の胸板が、彼女の豊満で柔らかい胸の膨らみを力強く押し潰していた。汗ばんだ彼女の髪がマットに散らばる。
「……ハルト」
熱い吐息とともに、ヴァルキリアの口から漏れた声は、先ほどまでの凶暴な将軍のものとは違っていた。どこか湿り気を帯び、艶やかに揺れる女の声だった。
「はぁ……はぁ……。どきなさい、ハルト……。重いぞ……」
そう言いながらも、ヴァルキリアは俺の手首を振り払おうとはしなかった。
それどころか、拘束された自身の手首を、俺の指に絡めるようにそっと握り返してきた。
密着する肉体から、彼女の熱い体温と、運動後の爽やかな汗の匂い、そして彼女特有の濃厚な体の香りが漂ってくる。
「……負けたよ、私の完全敗北だ」
ヴァルキリアはフッと不敵に笑うと、美しく澄んだ琥珀色の瞳を熱く揺らして俺を見上げた。
「見事だ、ハルト。私を力で伏せ、組み敷いた男は……お前が生まれて初めてだ」
「ヴァルキリア……」
「私は黒鋼都市で、男どもを配下として踏みつぶして生きてきた。男など、力で従わせる道具に過ぎんと思っていた……。だがな、ハルト」
彼女は胸を大きく波打たせ、握りしめた俺の手を自身の胸元へと引き寄せた。
トレーニングウェア越しに伝わってくる、彼女の激しく早鐘を打つ鼓動。
「私とて、一人の女だ。……自分よりも強く、正しく、私を力づくで屈服させてくれる本物の男を……ずっと待っていたのかもしれん」
彼女の頬が、微かに朱に染まっていく。ドSで強気な女将軍が見せた、あまりにも艶やかで、甘美な「降伏」の表情。
「ハルト。私を負かした責任……取ってもらうぞ」
「責任……?」
ヴァルキリアはニヤリと口角を上げると、俺の耳元に顔を近づけ、湿った熱い吐息を吹きかけた。
「今夜……私の部屋に来い。……この私を、お前の力で徹底的に叩き潰し、私を本物の女にして見せろ。……断ったら処刑だぞ?」
命令するような口調。けれど、その瞳は熱く潤み、ハルトに抱かれることを狂おしいほどに切望していた。
「……断るわけないだろ。お前を俺の男神の愛で、完全に降伏させてやる」
「フッ……いい返事だ、相沢ハルト」
勝負は決した。
気高き武闘派の将軍が、真の男の愛に屈し、全てを捧げる夜が、静かに近づいていた——。




