3話 村の異変
森へ着いた私たちは、苔むした切り株に腰を下ろして
休憩を取っていた。
「お腹空いたなあ……ねえ、何か持ってない?」
私がそう訴えると、レオパルドは荷袋を探って
無造作に何かを取り出した。
「下級ゴブリンの干し肉ならあるぞ。保存食だから、
味の保証はしないが」
差し出されたそれは、毒々しい緑色をした小さな肉片
だった。
「……それは食べられる物なの?」
「ああ。上級ゴブリンの肉と比べれば、味はかなり
劣るがな。ほら、1つやるから食べてみるといい」
彼は布に包まれた干し肉をこちらへよこした。
受け取った私は、しばらくそれを見つめた。
どう見ても食欲が刺激されない。
「い、いただきます!」
目を瞑って口に入れる。すると、何度か噛むうちに
じわりと塩気と肉の旨味が滲み出てきた。
「うん。意外とイケる……!」
「お前、食べたことなかったのか?」
「当然だろう、部下を食う魔王がどこに居る」
私は干し肉を頬張り、あっという間に平らげた。
「ごちそうさまでした。ありがとう、レオパルド」
礼を言いながら隣を見ると、彼は普通におにぎりを
頬張っていた。
「あっ、ずるーい!干し肉しかないって言ってた
のに!」
「そんなことは言っていない。俺は、干し肉なら
あると言ったんだ」
「同じような意味だよ!」
その時、どこからかガサガサと草むらが揺れる音が
した。
「……ん?」
警戒して視線を向けると、草の隙間からひょこりと
スライムが現れた。陽光を受けて、ぷるぷると揺れて
いる。
「レオパルド」
「どうした。言っておくが、スライムは美味しく
ないぞ」
「……それ、ホント?」
私は、くるりと振り向いた。
「味のしないゼリーやプリンみたいな感じだ」
「うわーん、お腹減ったよ〜!」
「魔王が泣くな」
彼は呆れたように立ち上がり、周囲を見渡す。
「この辺りに小さな村があったはずだ。そこで何か
食べよう」
「やったー!早く行こう!」
私は即座に立ち上がり彼の後を追った。
しばらく森を進むと、木々が途切れて視界が開ける。
そこには、ログハウスが立ち並ぶ小さな村が広がって
いた。
「こんな所があったなんて、知らなかったな」
それにしても、やけに静かだ。人の気配は確かにある
のに生活音が一切しない。
「もしかして、みんな家の中に居るのかな?」
「だが、1人も外に出ていないのはおかしい。
適当な家をノックしてみるか」
私たちは近くの小さなログハウスの扉を叩いた。
………返事がない。
他の家もノックしてみたがどこも返事はなかった。
「うーん、やっぱり居ないのかな」
レオパルドは眉をひそめ、村の中央を見た。
「……仕方ない。あの村長と思われる大きな家に
入ってみよう」
私は頷き、その家の扉をノックした。
「すみませーん!誰か居ませんかー!」
少しして、ガチャリとドアノブを回す音がした。
「……はい」
現れたのは、黒髪をポニーテールに結んだ少女
だった。年の頃は17、8ほどだろうか。なぜか顔に
疲れが見える。
「あ、良かった。キミ、この村の人?」
「ええ、そうよ。アンタたちは?」
「俺たちは……まあ、旅人と言ったところだな」
少女の視線がすっと私へ向く。
「そっちの魔王みたいな人もそうなの?」
一瞬、心臓が飛び跳ねた。
「い、嫌だなぁ。居るわけないよそんな人。私は
正真正銘、普通の旅人だよ」
「……そ。とりあえず入って」
彼女はそっけなく言い放つと、背を向けた。私たちも
顔を見合わせ、家の中へ入る。
「この村には、キミ1人しか居ないの?」
少女はキッチンへ向かいながら答える。
「ううん。ちゃんと家の数だけ住民が居るわよ」
「えー。じゃあ、私たちがノックした時は居留守を
使われちゃったのかな」
「半分アタリ、半分ハズレってとこね。この村の
住民は眠り続けてるの」
「何だと?」
彼女は淡々と続ける。
「かれこれ1ヶ月近くかしら。その間、ずっとね」
「な、何でそんなことに……」
「分からない。だから私が毎日、村中を回って
食べ物を与えてる。栄養ゼリーだけどね」
私は言葉を失った。
こんな少女がたった1人で村を支えているのか。
「……アンタたちも長居すると、危ないから早く帰り
なさい」
「そんな話を聞いて帰れるわけないよ!」
思わず立ち上がった。
「原因は分からないの?」
「私が起きた時には、もうこういう状況だった
から……」
彼女は少し考え込んで、顔を上げた。
「あっ、そうだ!みんながこうなる少し前、見慣れ
ない人が来てた」
「見慣れない人……?どんな奴だ」
「私より幼い子でね、薄い紫色の髪で目元に傷が
あったような気がするわ。特徴的な子だったから
よく覚えてる」
「――アザゼルだ」
見た目の特徴からして間違いない。
やはり、生きていたんだ。
「え?何の話?」
「その子は私の知り合いなんだ。この森で暮らして
いるらしいんだけど……その子が住民を眠りに
つかせているんだと思う」
声が自然と早くなる。もし予想通りなら猶予はない。
このままでは、2度と住民が目覚めなくなる。
「レオパルド。森に戻って、彼を探そう」
「ああ」
私たちは、呆然と立ち尽くす彼女を残し、再び薄暗い
森の中へと駆け戻っていった。




