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5. 現世を超え、時空を超え

「では作戦内容を告げる」


 イヌイ伍長が、声を潜めて話す。


「まずは、キジマル伍長。お前のその美貌で、魔物たちの気を引き付けてほしい」


「ラジャー。――って、おい、僕、男ですけどお?」


「心配するな。相手は常軌を逸している。それに、お前は女性顔負けの美人だ。自信を持て」


 キジマルは小さく舌打ちしながらも、頬を赤らめて矢筒を背負い直した。


「次にサルノ。キジマルが魔物の気を引き付けている隙を見て、あの布袋を奪え」


「ラジャー。そういうのはオイラの得意分野だぜ」


「同じく隙を見て、俺が村人たちを裏口から逃がす」


「ラジャー。で、その後は?」


「ひたすら逃げる」


「逃げる?」


「モモタ男爵夫人を連れて、俺たち三人も逃げるのだ」


「戦わないのかよ」


「うむ。ここは一旦退く。薬を無くした魔物の戦闘力はやがて下がる。再起を図り、戦いを挑むのが上策だ」


「オッケー」


「了解だよ」


 作戦は、静かに始まった。


 キジマルは、関節を巧みに外して檻の隙間からするりと抜け出し、焚火の光に身を晒した。腰の羽飾りを揺らし、しなやかな動きで魔物たちの間を舞う。目を見開いた魔物たちが、酒の盃を手にしたまま動きを止めた。


「やあ、みんな。ちょっと遊ばない?」


 その声は、まるで夜風に溶ける鈴の音のようだった。魔物たちの視線が一斉にキジマルに集まる。青白い瞳が、酔いと欲望に濁っていく。


 その隙にサルノが影のように動いた。焚火の裏手に回り込み、黒ずんだ布袋へと手を伸ばす。魔物の一体が気づきかけたが、キジマルがくるりと舞い、裾を翻して視線を奪う。


「よし……」


 サルノが袋を掴み、素早く後退する。袋の中で粉が揺れ、かすかに甘い香りが漏れた。


「今だ」


 イヌイは、檻を音も無く蹴破り、村人たちのもとへ駆け寄った。


「静かに、順番に。声を出すな。俺について来い」


 怯えた目をした村人たちが、イヌイの背に従い、ひとり、またひとりと裏口から闇の中へ消えていく。だが、運命は無慈悲に牙を剥いた。


「――痛っ」


 モモタ男爵夫人が、逃げる途中でつまづき転倒してしまった。振り返った魔物の一体が、反射的に彼女の背中を鋭い爪で引っかく。凄まじい速さと力で引っかかれ、彼女の身体は宙を舞い、窓ガラスを突き破り、川のほうへと投げ飛ばされた。


 異変に気付いた魔物たちは、大混乱に陥った。


「夫人ッ!」


 イヌイの叫びが夜を裂く。槍を握る手が震え、怒りが胸を焼く。サルノもキジマルも既に逃走を開始している。長老の家から百メートルほど逃げたところで、突然イヌイが後方へ踵を返し、魔物たちのところへ戻ろうとする。その腕を咄嗟にサルノが掴む。


「落ち着け、イヌイ。今は逃げる。だろ?」


「夫人をあのような目に遭わせてしまった。作戦は失敗だ。俺はここで戦って死ぬ。死んで、あの世でモモタ男爵に詫びる」


「落ち着けってば、イヌイ。命を粗末にしてはダメだ。生きていれば、必ずチャンスは訪れる。やはりここは逃げるべきだ。三人ばらばらに逃げて、魔物から身を隠し、再起を図るんだ」


 キジマルも、同じくイヌイを諭す。


 イヌイは歯を食いしばり、槍を地に突き立てた。


「……分かった。そうだな。今は逃げるより他は無し。くそ。魔物どもめ。いつか成敗してやる」


「でもさ、正直言って……」


 キジマルが目を伏せながら続ける。


「僕たち三人だけじゃ、あの魔物たちには勝てない。必要なのは、希望に導く『勇者』の存在だよ」


「だな。だったら尚のことチャンスを待つしかない。ひっそりと身を隠し、オイラたちが命を捧げるに値する勇者の誕生を待とうぜ」


「うむ。その時がきたら、その勇者のもとに俺たちは集い、魔物どもに裁きを下し、モモタ男爵や村の皆のかたきを討つ。魔物どもよ、首を洗って待っていろ。たとえこの命が尽き、この肉体が滅びようとも、この魂は、現世を超え、時空を超え、必ずや貴様らの息の根を止めてやるからな」


「よし、その意気だ。それでこそイヌイ伍長。そんじゃあ、お二人さん、さようなら。またいつか逢おう」


 そう言うと、キジマル伍長は鳥のように颯爽と夜の闇の中へと消えた。


「ほらよ。例の薬だ。お前に預けるぜ。あばよ、イヌイ伍長」


 魔薬の入った袋をポイっと放り投げると、サルノ伍長は、猿のようにムキッと歯茎を出して笑い、軽やかに森の中へ消えた。


 長老の家から、村人に逃げられ、魔薬を奪われ、大混乱に陥った魔物たちの叫び声が聞こえる。


「貴様らが巣に逃げ帰ろうとも、いずれ海の果てまで追いかけてやる」


 憤りを吐き出すようにペッと地面に唾棄し、イヌイ伍長は山道を走った。



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