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4. 魔物と、魔薬

 次の刹那、肉を裂き骨の砕ける音が響いた。


「村長ッ!」


 イヌイが悲痛な声を上げる。村人たちの前で、村長が袈裟斬りにされた。


  斬りつけた魔物の手には見たこともない異形の剣。刃は波打つように湾曲し、刃先には獣の牙のような突起が並んでいた。柄には金属と革が絡み合い、握りの部分には人骨のような装飾が施されている。その剣が村長の肩口から腰までを一閃に断ち、血飛沫が周囲に舞った。


 魔物の一体がモモタ男爵夫人に襲い掛かる。


「夫人、危ないッ!」


 イヌイの叫びが届くより早く、男爵は夫人を庇って前に出た。


「妻の命、息子の命、貴様らには渡さん!」


 深紅の軍装が翻り、剣が閃く。だが魔物の腕は太く、動きは速かった。異形の剣が再び唸り、男爵の胸を貫いた。


「あなた――!」


 夫人の悲鳴。男爵は夫人の腕の中で崩れ落ち、最後までその腹を守るように手を添えていた。


――こうして、村は、魔物に占拠されてしまった。


 やがて、空が墨を流したように染まる。今宵は、星も月も、黒雲に身を隠している。

 

 かつて神託が下された神聖な場所であった長老の家は、今や魔物たちの酒盛りの場と化していた。囲炉裏の火は赤黒く燃え、魔物たちは異界の言葉で話し、笑い声を上げながら、村の貯蔵庫から奪った酒をがぶ飲みしていた。


 村の男たちが、震える手で肉料理を運ぶ。目の前に転がる村長とモモタ男爵の遺体。誰かが目を背け、誰かが涙をこらえ、誰かが怒りに拳を握る。


 女たちは、魔物の盃に酒を注いでいた。その手は震え、目は虚ろ。一匹の魔物が、モモタ男爵夫人の髪を引き寄せ、無理やり膝に座らせる。夫人は唇を噛み、涙を流した。


 部屋の片隅。魔物たちが急ごしらえで作った木製の檻の中に、イヌイ伍長、サルノ伍長、キジマル伍長、そして数人の戦士たちが閉じ込められている。


「くそっ」イヌイが拳を固く握りしめ、血が滲むほどに壁を殴る。「俺たちが守るはずだったのに。何たる様だ」サルノは黙って地面を睨みつけ、キジマルは歯噛みをして、遠くの笑い声に耳を澄ませている。


「ほら見て、あの魔物たちの目を。瞳孔が開ききっている。とても正気ではない」


 キジマル伍長が檻の隙間から低く呟いた。


 焚火の赤黒い光に照らされた魔物たちの双眸は、深海の石のように青白く光り、虚空を彷徨っている。


「うむ。今日まで多くの魔物と戦ってきたが、こいつらの狂暴性は群を抜いている」


 イヌイ伍長が眉間に深いしわをよせる。


「だな。どいつもこいつも、頭が完全にイっちゃってやがる」


 サルノ伍長が肩をすくめ、苦笑と怒りが入り混じった表情を浮かべた。


「おい、イヌイ、サルノ……あれを見て。あの袋、何だろう」


 その時、キジマルが声を潜め、顎で焚火の周囲を指し示した。


 魔物たちの一団が、何やら黒ずんだ布袋を回し合っている。袋の中からは、白く細かな粉がこぼれ落ちていた。魔物たちはその粉を指先に取り、舌で舐めたり、酒に混ぜたり、焼いた肉に振りかけたりしていた。


「何だ、あの粉は……」


 サルノが眉をひそめる。


「……思い出した」


  キジマルが語り始める。


「昔、長老に借りた書物で読んだことがある。遥か海の向こうの国には、人の心から理性を奪う薬があるという――」


「それが、あれか?」


「――かもね」


「だからあいつら、あんなに狂暴なのか?」


「――かもね」


「とんだ魔薬だ」


「いや……確かに過剰に摂れば心を狂わせるけれど、適量なら、恐怖を忘れ、勇気がみなぎる『戦いの良薬』になると書かれていたよ」


 重い沈黙。焚火の向こうでは、この間も、魔物たちは狂ったように笑い、酒をあおり、肉をむさぼっている。やがてイヌイは拳を握りしめて言った。


「これ以上、村人を命の危険に晒すわけにはいかぬ」


 他の二人が顔を上げる。


「サルノ、キジマル……今から俺たち三人で奇襲作戦に打って出る」


「おう、待ってました」


 サルノがにやりと笑い、腰の短剣を握りしめた。


「どうせこのままじゃ、いずれ全滅だもんね。やるしかないよね」


 キジマルも矢筒を背負い直し、コクリと頷いた。



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