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2. モモタ男爵と、その夫人

 四季折々の風景を描く山々、清らかに穏やかに流れる川、波が光を反射するガラスのような海。美しき三つの自然に囲まれたその村は、小さな島国にぽつりと存在していた。


 屋根は鱗のような青銅板で覆われ、壁は苔むした黒石。人々は羽根飾りのついた革の外套をまとい、金属の編み紐で髪を束ねていた。家具は曲がり木と獣骨で作られ、囲炉裏の煙は香草の匂いを含んで天井の穴へと昇っていく。


 イヌイ伍長が長老の家を訪ねた時には、既に村じゅうの者が集まっていた。


 長老の家は大樹の根元に築かれた半地下の住居で、天井から吊るされた光苔の灯りが、囲炉裏の炎とともに揺れている。


 炎の前に胡坐をかく長老は、銀の刺繍が施された毛皮の法衣をまとい、目を細めて炎を見つめている。その隣に呪術師の女。彼女の衣は羽根と水晶で飾られ、手には蛇の骨で作られた杖を握っていた。


 焚火を挟んだ向かい側には、イヌイ伍長の上司であるモモタ男爵。肩に金属の羽飾りをつけた深紅の軍装を纏い、鋭い眼差しで炎を見つめている。


 その隣には男爵夫人。彼女のお腹には新しい命が宿っていた。臨月の腹を大切に抱え、絹のような羽布をまとい、膝を横に崩して座っている。


 二人は、呪術師の女にお腹の子について占ってもらっていた。


 イヌイ伍長は、いつものように男爵の背後に控えた。鋲打ちの革鎧に身を包み、背には双刃の槍。その瞳は、忠誠と誇りに満ちていた。


「おっせ~ぞ、イヌイ。呪術は既に始まっているぜ」


 その隣にサルノ伍長。彼は尾のような飾り布を腰に巻き、身軽な革装で身を包んでいた。


「すまぬ。ここへ来る途中、水平線の彼方に見慣れぬ船影があった。それを見ていたら、うっかり遅刻してしまった」


 すると、イヌイとサルノの前にいたキジマル伍長が振り返り――


「しぃ~。こら、二人とも私語は慎んでよね。ほら、呪術師が何か言うよ」


――と人差し指を口元に立てる。キジマル伍長は羽根模様の肩当てをつけた弓兵で、男ながら村の女たち顔負けの美貌の持ち主である。


 呪術師が炎に手をかざし呪文を唱えた。炎が青く揺れ、空気が震えた。


「神のお告げだ」


 その声は、炎の揺らぎとともに響いた。


「お腹の子は男子。その赤子は、将来勇者になる。ただの勇者ではない。現世を超え、時空を超え、未来永劫語り継がれる偉大な勇者になる」


 お腹の子が男子で、しかも勇者。男爵と夫人は抱き合い、涙を浮かべて喜んだ。


「おい、男の子だってよ!」


「跡取り息子の誕生だ!」


「偉大な勇者だってさ!」


「こいつはおめでたい!」


 村の者たちが歓声を上げる。囲炉裏の炎がまるで祝福するように高く舞い上がる。モモタ男爵、婦人、ご子息、この村の平和。何があろうと、この俺が命に代えて守り抜く。イヌイ伍長は拳を握りしめ、心の奥でそう誓った。



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