真実の愛を外側から見てみよう
本日は栄えある卒業の宴である。
新しく建てられた白亜の離宮のお披露目も兼ねて、卒業する学生達が着飾り、控えめな衣装で在校生も参加していた。
来賓の親族は、会場を見下ろせる二階席や、一階の会場の壁際に設えられた円卓に座して、我が子達を見守っている。
今日は、卒業生達の試験も兼ねていた。
一旦在校生は壁際まで下がり、親達の後ろで先輩であり兄姉である卒業生を見守る。
そこへ、颯爽と美しい集団が壇上……奥には国王陛下や王妃殿下も座しているその場所へと上がった。
国王と王妃は既に、第一王子であり、次期王太子になる事が決まっている息子の醜態から目を逸らすように伏せている。
黄金を溶かしたような金の髪に、濃い紫水晶の瞳を持つ美丈夫が、この国の第一王子エリアスその人であった。
腕にぶら下げているのはファビエンヌ。
王子の真実の愛である。
卒業までの一か月、真実の愛を貫くのを許して欲しい、と在校生一同には王子の印章のついた手紙が届いていた。
しかもそこには、婚約者である公爵令嬢のヴェルヘルミーナの許可も得たので、温かく見守って欲しい、とある。
手紙を受け取った令息、令嬢達はとても驚いた。
何せ一年も前に、弟王子のアルホ第二王子が、真実の愛に目覚めたと言い、騒ぎを起こしていたからだ。
彼は勝手に夜会で一方的に宣言して、婚約者だった公爵令嬢との婚約を破棄してしまった。
勿論大騒ぎになったし、あわや廃籍となるところでもあったのである。
お相手の令嬢は伯爵令嬢だが、元をただせば小間使いに産ませた庶子。
礼儀作法もままならない、貴族社会では鼻つまみ者とされる部類の女性であった。
だが、公爵家の寛容な嘆願もあり、第二王子有責での婚約解消となり、将来は臣籍降下して一代限りの男爵位を与えて僻地に真実の愛と向かう事が決定している。
その記憶が新しいからこそ、弟が弟なら兄も兄なのか?
卒業までの期間だから浮気を許されたのか?
と一同は戦々恐々と学園へと登校したのである。
早速、エリアス王子は腕に真実の愛であるファビエンヌをぶら下げて学内を闊歩していた。
側近達も何食わぬ顔でその後ろを付いて行く。
今まで礼儀と節度を守り、生徒達の模範であったエリアス王子の変貌に、一同は笑いを…いや涙を堪え切れなかった。
だが、「温かく見守ってくれ」というのは「口出し無用」と言う事である。
見守るだけで、その姿に疑問を投げかけたり、助言をする事も許されない。
許されるとするならば。
「殿下。いくら真実の愛と言えど、節度は守って頂きませんと」
冷たく、ヴェルヘルミーナがエリアス王子に苦言を呈する。
近くに立っていたアルホ王子も何か言いかけて、二人を赤い顔で見ていた。
エリアス王子はしれっと答える。
「何だ?嫉妬しているのか?醜いぞ、ヴェルヘルミーナ。ほら、ファビエンヌも脅えているではないか」
「嫉妬ではございません。何故わたくしがそのような者に嫉妬などすると思うのです」
呆れたように言うヴェルヘルミーナから隠すようにファビエンヌを大事そうに抱きしめて、エリアスはきっと睨む。
「傷つき易いファビエンヌを気遣えぬとは、何と冷酷な女よ」
「次期国王となる方に道理を説くのも婚約者であるわたくしの務めでございます。たとえ冷酷といわれようとも、人々の目のあるところで、その様な醜態は許されないのですよ」
「ああ、煩い。さあ、怖い女は放っておいて向こうへ行こうかファビエンヌ」
くるりと背を向けて抱きしめたファビエンヌと共に去っていく王子と、ヴェルヘルミーナに一礼をして去っていく側近達。
怒りに顔を赤くしたアルホが、抗議の声を残されたヴェルヘルミーナに叩きつけた。
「あ、義姉上、あれは一体何なのですかっ!?」
「あら、アルホ殿下。これはわたくし達の問題ですので、御口出しは無用に願います。……それに、身に覚えがございませんこと?」
優雅な淑女の礼から冷たい目で見上げられて、アルホはぐっと言葉に詰まった。
ぷるぷると拳を震わせて、周囲の目を気にしている。
「兄上様の醜態に、ご自分がどう見えていたかお勉強なさいませ」
冷たい言葉をぶつけて、話は終わったとばかりにヴェルヘルミーナは付き従う令嬢達と共に身を翻した。
残されたアルホはその姿を見送りながら小さく舌打ちをしたのである。
昼休みの食堂でも、堂々と真実の愛劇場が開幕されていた。
皆が目を逸らしたり、何か言いたげにする中、露台に用意された席で。
これまではエリアスとヴェルヘルミーナが二人で昼食を共にしていた場所である。
今そこには、アルホとそしてその婚約者となった伯爵令嬢のプリン・スヴェタが所在無げに座り、背筋をぴんと伸ばしたヴェルヘルミーナが二人の前に座ってエリアスを待っていた。
そこへ、満を持してエリアスがやってくる。
勿論、腕には件のファビエンヌをぶら下げて。
側近達もそれぞれの婚約者は連れておらず、一緒に近くの席に座る。
「遅れて済まないな。ファビエンヌ嬢と話し込んでしまったのだ」
「はい、殿下。ファビエンヌ嬢もごきげん麗しゅう」
立ち上がったヴェルヘルミーナが美しい淑女の礼をして見せて、慌ててアルホとプリンも立ち上がるとそれに倣った。
「思うところはあるだろうが、其方達も卒業までは一緒に食事を摂ろう。兄弟仲を深める良い機会だし、アルホ、其方とは卒業をしたらそう顔を合わせることも無くなるからな」
悲し気にエリアスは言うが、その理由はアルホにも重々分かっていた。
否、分かっている筈なのに、込み上げる怒りでアルホの顔が赤く染まる。
「だからって、この様な……」
「見守るようにと仰せでございますよ。わたくしはエリアス殿下の婚約者ですので口出しさせて頂きますが」
誇り高く背筋を伸ばしたヴェルヘルミーナは言い放つ。
だが、アルホとプリンは抗議の声を上げることは許されない。
「そうだ。ファビエンヌ嬢は確か、ここの昼食が好きだと聞いたぞ。貴族の食事としては及第点といったところだが、庶民の食事より遥かに美味いそうだな?」
言いながらエリアスは席に着き、膝の上でファビエンヌを横抱きにした。
すかさず、近くに座したヴェルヘルミーナが釘を刺す。
「殿下、幾ら真実の愛といえど、衆目の前ではしたない真似はおやめくださいませ。殿下のみならずご令嬢の評判を落とす事になりますのよ」
「堅い事は申すな。ファビーだって私の膝の上が心地よいと言っている。なあ?」
にこやかにエリアスがそう言えば、側近である公爵令息のアスラクが頷いた。
「誠に羨ましい限りです。お似合いのお二人かと」
「幸せそうで羨ましいですよ」
続けて言ったのは、エリアスの護衛も務める騎士団長の息子、ヨアキムだ。
他の側近達も揃って笑顔だし、何ならエリアスも含みのある笑顔を浮かべている。
だが、ヴェルヘルミーナは冷たく言い放った。
「その様な事を申し上げているのではありません。真実の愛も幸せなのも結構でございます。ですが、他の者の目がある所でその様に身体を寄せ合うべきではないと申し上げております」
はあ、と大袈裟にエリアスはため息を吐いた。
「また嫉妬か。嫉妬する女はかくも醜いものか」
「嫉妬ではございません。臣下たる者の諫言でございますわ」
「ああ、分かった分かった。仕方ない。お前の顔を立ててやる」
エリアスはひらひらと手を振った後で、ファビエンヌを自分の隣に座らせた。
「これで良いのだろう?面倒な事だ」
「お聞き入れ下さり、感謝いたします」
毅然と、静かにヴェルヘルミーナは頭を下げた。
目の前で繰り広げられる、エリアスとヴェルヘルミーナの会話に、プリンは涙を目に浮かべてぶるぶると震える。
同じくアルホも何とも言えない顔で、そのやり取りを聞いていた。
間違っていると分かっているのに、口出しは許されない。
何故なら自分達が以前、同じような事をしていたからだ。
学園のあちこちで、一か月。
アルホやプリンの前で、生徒達の見守る中で、エリアス王子の浮ついた行いとヴェルヘルミーナの攻防が続いた。
その集大成が、卒業の宴である。
今日の為に豪奢な衣装を仕立ててもらったファビエンヌの瞳は黒く輝いている。
薄桃色の淡い生地を重ねたふわふわの衣装は、幾重にも重なって花弁のように美しい意匠だ。
その胸にはエリアスの瞳と同じ紫水晶の豪奢なネックレスが輝いている。
頭には衣装と同じ特大の髪飾りをつけていて、可愛らしく着付けられていた。
滑稽と言えば滑稽だし、可愛いと言えば可愛い。
来賓の保護者と、壁際の生徒達はうわあ、という目で見ていたが、卒業生たちは済ました顔である。
何せ、卒業の試験中なので。
「ヴェルヘルミーナ、前に出よ。君は私の婚約者でありながら、冷酷にもファビエンヌに対し虐めを行ったと報告があった。その様な心根の者を未来の国母には出来ぬ」
呼ばれたヴェルヘルミーナは、深い紫水晶色の衣装を身に纏い、いつもと同じく毅然と背を伸ばして前に出て応じた。
「いいえ、エリアス殿下。わたくしはわたくしの役目を全うしただけにございます。勿論殿下への親愛の情もございますが、ファビエンヌ嬢と殿下のありようについて意見をさせて頂いただけであり虐めなどはしておりません」
「学生の時分の遊びと割り切ればいいものを、余計な口出しをするか」
静かに問いかけるエリアスに、ヴェルヘルミーナは静かに答えた。
「どのような状態にあろうと、まず殿下はご自分の御立場についてお考え頂くべきです。平民なら良いでしょう。領地もない低位貴族で婚約者も無い者であれば目溢しも致しましょう。ですが殿下は、国を負って立つ身であり、幼い頃からその殿下をお支えするべく婚約者と定められたわたくしも邁進して参りました。ですから、間違っている事には間違っていると、そう進言させて頂きますわ」
「これが真実の愛だと言ってもか」
ヴェルヘルミーナはこくりと頷いた。
「もしもそれが本当に愛だと仰るのならば、猶更にございます。相手の立場や境遇を考え、自分の立場や身を弁える。もし貫きたい愛があるのなら、その立場や境遇を変える必要があるのでは?」
「つまり、王位か愛か選べと?」
「いいえ。これから愛し導かねばならぬ民達と、一人の女性をです。……卑小なる我が身可愛さの言葉でも嫉妬でもございません。わたくしは殿下の責務と孤独を知り、お支えする為におります。もしもその責を負いたくないのであれば、わたくしはお仕えする事は出来ません。国を率いる覚悟のある方をお支えせねばならぬのです」
凛とした姿に、会場から溜息が零れる。
エリアスも、頷き、笑顔を浮かべた。
「流石である、ヴェルヘルミーナ、私の最愛」
「勿体ないお言葉でございます、殿下」
優雅に淑女の礼を執ったヴェルヘルミーナを見て、エリアスは腕にぶら下げていたファビエンヌを見た。
この日の為に飾り立てられた、猿の縫いぐるみを。
「ファビエンヌ、何か言いたい事はあるか?」
「ございません」
背後でアスラクが口元を覆っているが、今の甲高い返事の声の主は彼だろう。
彼らが何度かそういうおどけたやり取りをしてヴェルヘルミーナを笑わせようとしていたのはヴェルヘルミーナの側近の令嬢達も何度も目にしている。
それが叶う事は一度たりとも無かったのだが。
初めてアスラクの奇行を見た彼の婚約者が驚きのあまり、扇を取り落としそうになっていた。
笑っていいものかどうか分からず、来賓たちもそれぞれ口を押えたり目を逸らしたり。
「さて、我が弟アルホよ。お前にこのファビエンヌを下げ渡そう。なに、一年前の騒動でも明らかになったが、他にもヴァイータ・マータ男爵令嬢やらヴィッチ・ユール子爵令嬢などとも手広く遊んでいたのだ、もう一人くらい増えても良いだろう」
「い、要りません!」
慌てた様に傍らにいるプリンを見れば、信じられないような顔でアルホを見ている。
違う、と小声で弁明するが、さらにエリアスの声がもっと信じられない事を告げた。
「スヴェタ嬢も男爵令息のボルケやナルスとも関係が深いと聞く。似合いの二人だ。幸せに暮らすが良い。お前の荷物は既に学園寮に放り込んである。今後は男爵として扱う。王族としての権利は無いものと思え」
「兄上、そ、そんな!私は知らなかったのです、騙されて…」
「だとしても、ヴェルヘルミーナのように、お前の婚約者だったエクルース嬢も何度も進言しただろうに、聞き入れなかったのはお前だ。学園での我々はどうだった?あれが嫉妬に見えたか?あれが」
ずっと連れ歩いていたのは猿の縫いぐるみで、嫉妬のしようがあるはずもない。
それが周囲に思われていた全てだと、突き付けられてアルホは流石に言葉を失った。
ヴェルヘルミーナが優しい声で付け加える。
「ご自分への恩情ある措置を、御不満に思ってらしたでしょう。だからこそ、見て頂く必要があったのですわ。アルホ様にも、スヴェタ嬢にも、他の生徒達にも」
「己がどれだけ滑稽だったか分かったのなら、この先の学園生活で少しは学ぶのだな」
静かに弟に向けての訓示を述べた後、エリアスは顔を上げて会場を見渡した。
「……皆の者、我々の茶番にお付き合い頂き感謝する。卒業おめでとう」
「おめでとうございます、殿下」
ヴェルヘルミーナが言い、淑女の礼を執る。
何とか表情を保つことが出来た生徒達も倣うようにそれに続いた。
笑いのツボが浅い令嬢や令息はこの一か月大変苦労したのである。
ともあれ最後の試験は、何とか全員合格だ。
アルホを甘やかした国王夫妻も、さすがに嫡男に風刺の利いた劇を見せられて、ばつが悪そうにしている。
今後、アルホへの援助は一切しないようにと申し入れた上での、無言の圧力でもあった。
臣籍降下された元王子アルホの行く末は気になるが、エリアスとヴェルヘルミーナの二人がいるならこの国の未来は安泰であると貴族達もその子女達も胸を撫で下ろしたのである。
ぶら下げているって表現を時々見かけるので、そこから思いついたお話。
実はヴェルヘルミーナは笑い上戸なので、王子とアスラク達の笑わせ攻撃に必死で耐えて、別室で笑い泣きしてまして(かわいそう)ヴェルヘルミーナの側近も腹筋が鍛えられました。腹筋割れちゃう。
国王夫妻は引継ぎが終わり次第交代ですね。2年もすればアルホも卒業になるので、アルホの治める領地へ国王夫妻も送りつけようかなって思ったり。
ちなみに空から日本を見てみようって番組好きでした。くもじいとくもみ!