学園は自由恋愛絶対禁止
この学園の自由恋愛絶対禁止は、とにかく徹底している。
婚約者がいなければ入学できない。全寮制で、敷地は女子部と男子部に分かれ、男子部には男性の、女子部には女性の教師陣やスタッフしかいない。学園内には異性を思わせる絵画や本なども一切ないという徹底ぶり。
異性との交流は、週に三十分だけ許可された婚約者との面会のみ。それもなんと、格子越しにである。
見つめ合うだけとか、せいぜい格子から差し伸べられた手を握り合うだけのカップルもいるにはいる。だが普段から同性ばかりで過ごしている、煩悩滾らせる世代の婚約者同士。大抵は、三十分という制限の中、細かい格子越しに可能なことをし尽くす連中がほとんどだ。
学園の風紀も学力も良好だ。何故なら、規則違反や学力低下した者は「婚約者との面会禁止」が待っているからだ。逆に、優良な生徒には「十分間延長」などのご褒美があるのだ。皆、真摯に学業や課外活動にいそしむ。そして、優秀者から卒業していく。
しかもだ。
学園卒業と同時に、全員が結婚するのだ。卒業式とは結婚式でもある。
面会室にて、婚約者同士は聖職者の前で永遠を誓い合い、書類にサインして正式に婚姻が認められて初めて二人の間の格子が開かれる。聖職者が静々と退出し、残されたのは新たに夫婦となった二人。「さあどうぞ」という仕組み。
学園の長い歴史の中、過去には婚約者会いたさか、煩悩が暴走したのか、男女境界の塀と堀を乗り越えようとしたり学園を脱走しようとする者もいたという。だがこの学園を卒業しないと、独立したいっぱしの貴族として認められないのだ。破った者は当然退学、社交界から爪弾きにされる。成人した貴族たちの、「オレだってあんなにガマンしたのに……」という恨み僻みが違反者にぶつけられるのだ。
だが、この制度が始まってから、貴族の出生率は格段に上がり、離婚率は下がった。抑圧された反動か、夫婦円満に添い遂げる貴族たちがほとんどとなったのだ。彼らは我が身を振り返り、若い時に自由に異性と交流できていたら、何をしでかしていたかとの恐怖もあって、概ねこの制度に賛同しており、学園の制度は平和に続いていくものと思われていたのだが。
「クラリッサ!お前との婚約を破棄する!!」
ずいぶんと久しぶりの面会がこの始末。
私、クラリッサの婚約者は、この国の王子のラッサーリ殿下。子供の頃から決められた相手で、学園入学しばらくまでは、良好な関係を築いていたのだが。
面会時に上の空になってきた。面会をキャンセルされるようになってきた。手紙の返事が来ない。とうとうこの数ヶ月は、一度も会っていなかった。現状を知らせる手紙はすでに、何通も実家に知らせてある。実家でも王家でも、あらゆる手を尽くして原因を探っていると聞いていたのだが。
「ラッサーリ様?一体何を……?」
「聞いていなかったのか!?君とは婚約破棄だと言っている!」
……婚約破棄。婚約破棄!?
よりにもよって、婚約を破棄するだと!?
「……理由をお伺いしても?」
「……」
殿下はダンマリだ。その姿を見ていると、逆に冷静になる自分がいた。
「理由もなく婚約破棄などできないのですよ、殿下。それに破棄すれば、殿下が学園を卒業できないだけでなく、私だってできなくなるのです。私の令嬢としての生命は絶たれたも同然。それは命を奪われたも同然。人一人の命を取ろうというのですから、せめて理由くらいはお聞かせいただかなければ納得できません」
それでも殿下は頑なに口を開こうとしない。なんて奴。
「殿下。最近の殿下の態度から、私への関心がなくなっておいでなのは察しておりました。殿下の愛を諦めなければならないとは覚悟しておりましたが、婚約まで続けられないほどのことを、私はいたしましたでしょうか。どうかお話くださいませ」
殿下は逡巡していたが、俯きながらも話し出した。
「君には悪いことをしたと思っている。だが、だが、もう抑えきれないのだ……」
殿下は、これは決して他には漏らさないでほしいのだが、と前置きすると、
「学友のジョートが、少女の絵姿をこっそり隠し持っていた。問いただすと妹だという。だがジョートは一人息子で妹はいない。きっとあれはジョートの婚約者なのだろうと思う。「家族の肖像」と言い訳した方が罪が軽くなるとでも思ったのだろう。だが、あの絵姿が目に焼き付いて離れない。あの少女に恋してしまったのだ……、君には一度も感じたことのない情熱なのだ。あれはジョートの婚約者とわかっていても、私の、初めての恋、真実の恋なのだ。こんな気持ちのまま君と結婚することなどできないし、したくない。だから婚約を破棄する」
私はあんぐりと口を開けた。
なんたる言い草。なんたる侮辱。名前も知らない肖像画の少女に恋をしたから婚約者と別れたい、だと?
殿下は殿下なりに私に誠実であろうとしたということか。それともよほど私と結婚するのが嫌になったのか。
だが私も愛想がほとほと尽きた。
「……殿下のお気持ち、理解いたしました。私には一切の疵瑕はないと周知し今後の補償をしてくださるなら同意いたします」
「今後の?」
「私はもう、この国のどなたにも嫁ぐことはできなくなってしまいました。一人で生きていかねばならないのです。一方的に婚約を破棄した上に路頭に迷わせるおつもりですか」
「そんな、つもりではなかった。いいだろう、だが君も、肖像のことは決して誰にも話さないと誓ってくれ。ジョートが咎められて私の近衛になれなくなってしまっては、彼の未来を閉ざしてしまう」
そうしてジョートが近衛でいられなくなれば、その婚約者も遠ざかってしまうという訳か。
バカだ。こんなことをしでかして、まだ近衛を持つような身分でいられると思っているのだろうか。
「承知いたしました。これまでありがとうございます。どうかお元気で」
これ以上、話をしたくなくて、私は礼をすると面会室を時間よりも随分早く退出した。
最後に見た殿下は、苦悩に満ちた表情をしていた。
殿下の婚約破棄のニュースは、その理由とともに国中を駆け巡った。殿下は理由を、「夢に出てくる女性に恋してしまったから」と話したそうだ。もうちょっと他にマシな言い訳はなかったのだろうか。当然、殿下は退学。小さな領地に封じられることになったそうだ。
私には大いに同情が集まり、特例として隣国への留学が許可されることになった。様々な手続きなどを経て、その隣国への馬車に揺られながら、私は同乗する侍女に盛大にこぼしていた。
「バカみたい。殿下の学友のジョートといえば、小さい時に他家に養子に行った私の兄じゃない。そんなことすら知らないなんて。つまり、兄が持っていた肖像画って、幼い私のじゃないの。ほんっと、バッカバッカしい。まあ、殿下が気付く前に、とっとと国を出ましょ」
その事実に気付いた時、私は再びあんぐりと口を開けることになった。それを殿下に?伝えませんでしたとも。今更殿下と関係を修復するつもりはさらさらない。肖像画(しかも幼い少女の!)を垣間見ただけで「真実の恋」とか、女性耐性が無さすぎるとはいえ、あんまりだから。
隣国の学園は、普通に男女共学である。未知の世界であり怖さももちろんあるのだが、期待の方が大きい。私はどんな出会いをするのだろう。
世論の中には、「あまりにも異性との交流が無さすぎるのも、こんな事態を招くことになる」との意見も、出るには出た。が、若い男女の交流だなんてことを口に出すことすら恐ろしい、と忌避するのが大半で、すぐに消え去ってしまった。
おそらく私は、二度とこの国の社交界に戻ってくることはできないだろう。私は仕方なかったとはいえ、隣国で自由恋愛することが許された女。「恋愛」という熱病の病原菌のような女だ。「若い世代への悪影響を考慮して」敬遠され隔離されることだろう。別に惜しくはないけど面白くもない。なんだよ悪影響って。フンだ。
熱に浮かされたようにただ一人、ラッサーリ殿下だけを見つめていた、いや見つめさせられていた日々。それでも、私の人生で最も情熱的で一途な時期だったことは間違いない。
傷ついているのは殿下が恋しいからでは決してない。彼との人生を歩む世界の私、彼が捻じ曲げて無くなってしまった世界の私が、涙している。それだけのことだ。
「好みのイケメン、いるといいなぁー!」
私の叫びに、熟練の侍女でさえ苦笑を浮かべた。
ありがとうございました。二人とも、それぞれにそれなりに幸多かれ。