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3.

 魔物の魂が降りていって、古い初等校の窓から中に入った。

 校門前に、警官と宿直らしいお爺さんが立ち話をしていた。燃える蛾が来たら知らせるために、警官が街中を巡回しているのだ。

 ハタタカは事情を話した。

「んなバカな。みんなとっくに帰っとるよ」

「でも、確かに魂が入っていったのだ」

 警官が笑った。

「爺さんさっきまで居眠りしてたじゃないか。勝手に入られたんじゃないか?」

 みんなで中に入った。魂が入った窓は、一階の教室だった。

 誰もいなかった。

 念のため、隣の部屋も見た。向かいの部屋も。

 誰もいなかった。

 もう一度、教室を見た。机の下も見た。警官の人が、棚やロッカーの中も探してくれた。

 誰もいなかった。

 一階、二階、三階。校舎内を回った。

 誰もいなかった。


 こんなこと、初めてだった。

「見間違いじゃないの?」

「確かにココに入って行ったのだ」

とは言ったが、魔物の魂は勇者にしか見えない。ハタタカの言葉しか証拠がないのだ。

 なんとなく、魔王のカケラの気配はある。あるけど、少しすぎて場所まではわからない。どこだろう?

 ハタタカは必死で探していたが、宿直も警官も、緊張感なく喋っている。宿直が笑った。

「勇者様、見ての通り、ここには誰もいませんよ。何かの間違いでは?」

「ほ、本当に入っていくのを見たのだ…」

 警官も笑顔で言った。

「大丈夫ですよ勇者様、魔物の魂を見失っても、誰も責めやしませんから」

 信じてもらえない。

 涙目になった勇者を、宿直や警官は優しく宥めてくれたが、魔物の魂がこの建物に入ったことを信じてはくれなかった。

 ゲンゴロ。

 どこにいるんだろう。大丈夫だろうか。携帯にかけたけど通じなかった。めちゃくちゃな人だけど、魂がここに入ったことを一緒に見ていたら、味方になってくれたろうか。

 耳飾りの石を押す。返事はない。


「ハタタカ様」

 2号が主人に声をかけた。

「3号、話したい。交代する」



 小部屋の瓦礫を中庭に出しながら、ゲンゴロは焦っていた。

 床の汚れは取れたものの、擬顔が見つからない。落ちる途中で落としたのか。

 先ほど電話も借りた。番号を覚えてる限り電話した。ハタタカ、1号、対魔庁、そこの役人ミシマ…どこにも繋がらなかった。

「片付けありがとうねぇ」

 老師長が中庭を歩いてきた。途中、二股になった小枝を拾って大きく振る。

 その光景に、ゲンゴロは持ってた瓦礫を落とした。

「神様、最後に一仕事お願いしますねぇ」

 小部屋の中を改めて見る。台の上に花瓶。

 ゲンゴロは左目を丸くした。

『バカな…ここはテマリ新教堂だぞ⁈』


 老師長は、花瓶に枝を挿して唱えた。

「ノ・カルカ・オン。ヒノ・チイ・マー・ケン・オン」

 そして、ゲンゴロの方に向き直った。

「僕コレしか旧語の祝詞知らないんだよねぇ。キミ北の民っぽいけど、わかる?」

 わかるも何も。

 あまりにも懐かしい言葉の響きに、ゲンゴロは震えた。

「ここ、カル…北部旧教の講堂なのか…?」

「そうだよぉ。まぁ原始テマリ教講堂の再現、って名目だけどねぇ。だから建物も旧式なの。戦後には、北部から逃げてきた人たちにもコッソリ解放したらしいよぉ」

 北部旧教。テマリ教の旧い信仰様式で、神像を作らず、二股の木の枝を花瓶に挿し、旧語を使って運命を司る三叉路の神に祈る。

 北部でも、今は神像を常設し現代口語で祈る新教形式が増えたと聞いていた。北部旧教は実質滅んだと聞いていた。カルカナデと共に。

「北の民は今も旧語で祈ることあるんだってねぇ。

……大丈夫? どっか痛いの?」

 まさか、こんなこと。

 ゲンゴロ…先祖代々カルカナデ旧教徒のカンクロは、跪いて泣いた。



 ゲンゴロが回廊右の部屋に入ると、老師長が温かいお茶を入れてくれた。

「お祈り終わった?」

「…はい。ありがとうございます」

 珍しく丁寧に礼を言った。


 泣いて、泣きながら、道を間違え続けた百二十年余をひたすら詫びた。

 国のため、人のためにと手を汚し続け、結果的に国を、信仰を滅ぼす端緒となったことを。

 無知を、無力を、無謀を、浅慮を。

 それでも尚、足掻かずにはいられないことを。

 泣くだけ泣いて、屋根に穴を開けたことも詫びて。

 やっと周りが見えてきた。


「へぇ、勇者様のお付きの人なのキミ」

「はい。俺ぁ勇者様ば助けるって約束したんだ。行かねぇと」

「そっかぁ。不思議なお導きだねぇ…ちょっと待ってて」

 老師長は部屋を出て、古く細長い箱を持って来た。

「実はねぇ、ここの創始師は百年前、人殺しの勇者カンクロに助けてもらったんだよぉ」

「⁈」

「それまで北の民がだいっ嫌いだったらしいんだぁ。荒くれで穀物を高い金で売りつけてくる北の民のせいで我々は生活が苦しいんだ、って。で、あるとき魔物使いになった北の民に殺されかけたけど、カンクロは北の民だけじゃなく中の民も助けてくれたんだって。それで改心修練して、自分を襲った北の民と一緒にここを作ったんだよ。昔は地下道と繋げて、もっと大きな講堂だったらしいけどねぇ」

 誰のことだろう。

 この町では魔物使いも何人か出た。北の民を嫌う中の民なんざ、それこそごまんといた。当時、内も外も一触即発な故郷を捨て、比較的裕福なテルテマルテに逃げた北の民もそこそこいた。当然、異郷で魔物使いになった奴もいた。

 カンクロは、度々国や先祖を侮辱してくる中の民は嫌いだった。だが、どんなに腹の立つ奴でも精々ドサクサに殴る程度で、助けはした。

 そうするしかなかった。下手に見殺せば、攻め込む言い訳にされたろう。魔物を抑える力もなく、魔物使いを市民に殺させていたカルカナデに、抗戦する余地があるとも思えなかった。

「それで、勇者にお礼」

 箱を開ける。

 刀身が薄青い十手が入っていた。

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