☆9(終)
食後のデザートに、先日買ったパン菓子・ホロリが出た。
「あー、そういや食うの忘れてたな…」
「あったかくてフワフワなのだ」
「この私が、絶妙な加減でもって、一番美味しくなるように温めました。そこの穀潰しの分もね」
「4号はまっこと慈悲深ぇや、ありがとよ」
百年前の北の民は、ホロリを少しかじって「昔のより美味ぇや」とつぶやいた。
「昔も食べたこと、あるのだ?」
古の勇者は「…そういや、話途中だったな」と呟いて、もう少しだけ食べた。
「昔ぁ毎年…春と秋に、おふくろとコーリエに買い出しに来てたんだ。そん時の帰りに、汽車ん中で食ったのがコレさ。売れ残りば買うから固くてなぁ。でも、そこらの菓子が束になっても叶わねぇくらい美味かったから、いつも楽しみだった。大事に食ったよ」
ハタタカも、ホロリを一口食べた。美味しいが、ハンタン(蒸しパン菓子)の方が好き…と思ったが、口には出さなかった。代わりに別のことを聞く。
「なんで春と秋に買い出しに来てたのだ?」
「夏と冬の支度のため……ってことになってたけどな。俺ら、ずっと町はずれの灯台にこもりっきりだから、おふくろに羽伸ばしてこい、って親父が行かせてたんだ。親父は泊まってこいって言ってたけど、おふくろはいつも日帰りしてた」
「日帰りって……百年も前なら、エールエーデからコーリエまで半日近くかかったんじゃないのかい?」
4号の質問に、ハタタカが目を丸くした。
「どうだっけな…駅まで一時間、汽車で四、五時間ぐれぇかな。日が昇る前に、パンにホーニー(イワシの香草入り塩漬け)挟んで、水筒と一緒に持ってくんだ。汽車に乗れたら、食いながら作戦会議よ」
「作戦…会議…?」
ハタタカの知ってる買い出しでは、あまり使わない言葉が出てきた。
「買うモン一覧とチラシ広げて、百貨店の回る順番ば決めるのさ、どう回りゃ早いか、を。手袋はライラ(百貨店名)で、三人分見つけられなきゃ、ロール(百貨店名)で毛布を買った後に下の階で探す、とか、瓶詰めは重いから最後に買う、とかな。日帰りするために、着いたら走って移動よ」
元灯台守の息子は、昔ながらのパン菓子を少しずつ食べながら話した。
「俺は荷物持ちで、遅れたり迷子になりゃ、帰りの汽車に間に合わねえ。必死についてったさ。時間が余りゃ、ご褒美を買う時間もできるしな」
ハタタカはポカンとした。
「……おんなじなのだ」
「あ?」
「ゲンゴロいつも、こっちがダメならあっち、って、すぐするのだ。どうしよう、って悩んでないのだ。ゲンゴロのお母さんとおんなじなのだ」
今度はゲンゴロがポカンとした。そのまま固まっていたが、急にホロリを皿に置いて立ち上がった。
「水浴びてくらぁ」
「寒いんだから湯にしな。ホロリはどうするんだい?」
4号の問いに、閉めた扉の向こうから「後で食う!」と返事があった。
※
擬人4号は、食べかけのホロリをラップで包みながら、ハタタカに優しく語りかけた。
「ハタタカ様のせいではございません」
「…でも」
「ハタタカ様が、お母様のことを想ってお泣きになるのと同じです。お気になさらず」
「なら、私の前で泣いてもいいのだ」
「目の前で大人に泣かれたら、ハタタカ様のような優しい子どもは、大人を心配し、慰めるでしょう。ですが、いい大人は、子どもに心配をさせないものなのです」
「じゃあ大人は、誰がなぐさめてくれるのだ?」
「大人同士で、またはひとりで泣いて、立ち直るのです。ゲンゴロのように、神様にすがる人もいるでしょう。あのロクデナシは人殺しだし、ハタタカ様を心配させてばかりで、決していい大人とは言えませんが」
4号は、あるじのカップに温かい茶を注ぎ足した。
「ロクデナシなりに、大人であろうとしているようですね。とても下手ですが。でも、良いことです」
ハタタカは、何の疑問もなく、ゲンゴロは大人だと思っていたから、4号の話を不思議に思った。
『ゲンゴロ、大人にも子どもにも「泣いていい」って言うのに、自分は人前で泣かないなんて……大人って、変なのだ』
ハタタカは、ホロリをちょっとずつ食べながら、ゲンゴロが風呂から上がってくるのを待った。
結構、時間がかかった。
(了)




