☆5
三階の食堂街に現れたと連絡をもらい、慌てて駆けつけたが、もうコオロギは見つからなかった。子供はマフラーを切られただけだったが、たまたま近くにいた店員が少しケガをした。
下男が子供のマフラーを見て、表情を消した。
「勇者様、俺、メシ食ってく」
「え?」
ゲンゴロは向いの店に向かった。
「ゲンゴロ!」
下男は、1号に肩車されてる主人にささやいた。
「うっすら魔物の気配がある。まだ近くにいるはずだ。それに、客が不安がると、ガキも泣くぜ」
ハタタカも降りて、ついて行った。お冷を出された時。
店の前で、子供の泣き声。そして、甲高い声。
『泣くな!』
ゲンゴロは早かった。お冷の水を鏃に変え、コオロギを撃った。だが、逃げる客に当たりかけて、途中から術を解いた。人と壁が濡れる。危険な術発動の警報器が鳴った。
今度の子供に、怪我はなかった。ただ、コオロギは逃げてしまい、ゲンゴロは人を危険に晒したことで叱られた。
「勇者様お付きといえ、貴方は素人だ。無茶しないで、我々が来るのを待ってほしい」
警察官に言われて、ハタタカは思わず微妙な顔をしてしまった。ゲンゴロは、人形のような表情で小言を聞いていた。
「今日のコオロギは、今までと同じ奴かぃ」
「あんなのが何匹もいてたまるか。セリフも同じだったんだろ」
「今まで頭かじってた奴が、今日は首を狙った。本当に同じ奴か」
警官はしばらく考えた。
「魔物使いが複数いる可能性も考慮しよう。だが、度々襲ううちに、帽子じゃ満足出来ず、凶暴性に目覚めたのかもしれんな」
今度はゲンゴロが考え込んだ。
「オメェ、いい家の出かぃ」
「なんだ急に」
「泣いてるガキの毛先を切る。貧乏だったり、ロクデナシな親がやる寝かしつけだ。ガキは気を失うから、てきめんに大人しくなる」
「⁈」
「ただ…そういうガキは大きくなっても、髪の長さの割に術が小せえから、見てりゃ分かったもんだが…今はそうでもねぇのか?」
1号が口を挟んだ。
「乳幼児の時分に髪を切ると、髪の長さこそ回復しますが、後々の術力にダメージが残ることがあります。術力が正常に出なければ、健康にも影響します。今も親に注意することのことの一つです」
「あのコオロギは、最初、どれも泣いてる奴の頭を狙っていた。髪をつまんで『泣き止ませる』ためだと思った。だが、今日のやつぁ違う。ハッキリ首を狙った。どっちも乱暴にゃ変わりねぇが」
ゲンゴロは散らかった店内を、もう一度見まわした。
「やり口が変わったのが、気になる」
宿で、ゲンゴロは借りたタブレットで、監視カメラの映像を見ていた。帰ってから、それしかしてない。ハタタカは心配した。
「ゲンゴロ」
勇者の下男は主人に薄く微笑んだ。
「疲れた顔してんな、勇者様。もう寝な」
「ゲンゴロの方が疲れた顔してるのだ」
「俺ぁ平気さ…けど、この動画だかいうの、見てっと目ぇ疲れるな」
「見過ぎは良くないのだ。目薬してお休みするのだ」
年上の勇者は立ち上がった。
「勇者様の言うことだ、仕方ねえな。よく眠れるように、4号に牛乳あっためてもらおうぜ」
「もう温めてあります」
4号がタイミングよく入ってきて、二人の勇者にカップを渡した。




