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先程とは別のアパートに、先程とは別の消防車と同時に着いた。蛾は炎を取り戻していたが、先程より少し小さく見えた。
下男が赤毛隊に話をつける間、幼い勇者は手袋をはきフードを被って髪や肌を覆い隠した。
「私も飛ぶのだ」
「ああ⁈ バカ言え、落ちたらただじゃ済まねえぞ!」
「どうせ死なないから大丈夫なのだ!」
さっき自分が言った言葉を返された下男は、本日二度目の水を荒っぽくかぶった。
「知らねぇぞ」
ゲンゴロは、耐雷スーツの上からハタタカをしっかり抱えた。
「手袋は片方はずしな。杖落とすなよ!」
「わかってゃあぁああああー‼︎」
ハタタカの返事も待たず、勇者二人は勢いよく上空へ飛んだ。今回の赤毛隊には狙い撃ちの匠がいたらしく、二人は真っ直ぐ蛾に向かっていく。
ゲンゴロが、空中で体の向きを変えた。
「打て!」
ハタタカは雷を杖にありったけ込めて、燃える蛾に打ち込んだ。
四散した魔物の爆風で、勇者達は更にフワリと飛んだ。灰の中から、魔物の魂が移動する。
ゲンゴロが空中で回転した。
「2号受け取れええ‼︎」
「えっうわぁあああああああー‼︎」
ハタタカは2号に向かってぶん投げられた。勇者のお供ロボットの中で最も頑丈な擬人2号は、降ってくる主人をガッチリ受け止めた。
「追っかけろおお…」
ぶん投げた本人は、集合住宅を飛び超えて行き、どこかに落ちる音がした。
☆
2号は、ハタタカを車に乗せて聞いた。
「ハタタカ様、魂、どこ」
「えっ、でもゲンゴロは」
「ゲンゴロ様、追っかけろ、と、言った」
魂は大通りを下って飛んでいく。
ゲンゴロが心配だった。不死身でも危ないと言ったのは、他でもないハタタカ自身なのだ。
でも、ここで魂を見逃したら、魔物使いも見つからず、また燃える蛾が生まれてしまう。
若き勇者はものすごく我慢して、魂の行方を伝えた。
⭐︎
人の気配に、ゲンゴロは目を覚ました。
「ああよかった、生きてるねぇ。動ける? 救急車呼ぼうか?」
小柄な老爺が灯りを向けて、ゲンゴロを覗き込んでいた。平凡な顔立ち、フワフワで長い金髪に小さな堂帽を載せ、色褪せた堂服を着ている。腰に、二股に分かれた刀身の小さな飾りを下げている……テマリ新教の教導師長だ。
身体中が軋んで上手く動かないが、どうにか起き上がった。
小さな台と空の花瓶があるだけの、ひどく質素で小さな部屋だった。初めて来た場所なのに、不思議と安心する。
が、屋根には穴が開いていた。本日二度目の家屋損壊に、ゲンゴロはため息をついた。
「すまねぇ…魔物退治で着地にしくじっちまった。ここの屋根は対魔庁に弁償してもらってくれや」
「あの燃える蛾の? それは大変だったねぇ。じゃあその黒いの煤? 火傷してない?」
見れば、床に黒い飛沫が飛び散っている。古びた自分の血だと言うわけにもいかず、適当に返事した。
「……ここの掃除だけでも」
「いいよぉ、ここもう取り壊しになるから、壊すのちょっと早まっただけぇ」
「…本当に、すまねぇ…」
部屋を出ると階段があり、登った先は中庭だった。部屋は半地下のような状態だ。
菱形に回廊を巡らせて、門から講堂までの道が右・左・中庭を通る、の3種類ある。
「古い教堂にしちゃ綺麗だな」
この街には昔も魔物退治で来ているが、この煤けた教堂に見覚えはなかった。テマリ新教の教堂は基本、大広間のように作るが、五百年以上昔のものなら、カンクロが生まれた北部旧教堂と同じ回廊型が多い。当時見たなら覚えてそうなものだが。
「古そうに見えるでしょう。でもコレ大陸戦争後に建てた教堂だから百年経ってないの」
驚いた。わざわざ古い様式で建てたのか、酔狂な。
「煤だらけだねぇ。キレイにしていきなぁ」
シャワーを借りる。
血を落として気づいた。勇者の印を隠す擬顔がない。落ちた時に外れたのか。全身真っ黒で気づかれなかったのは幸いだった。
その辺の布巾で右目を覆った。
老師長は、ボタンのない服を一式用意してくれた。いつも襟元に付けている青い石を、借りた服の右側につける。
携帯電話は落ちた衝撃で壊れたようだ。電源が入らない。青い石は、術力を流せばハタタカの耳飾りと少しの間通信できるはずだが、なぜか術力が流せない。
ハタタカが魔物使いを逃す心配はしてなかった。2号もついてるし、何より決して馬鹿な子ではない。むしろゲンゴロは、自身の今後に悩んだ。
ハタタカの居場所もわからない。行ったところで、どう戦う?
今のところ、武器として唯一与えられている避雷針では、あの巨大蛾に歯が立たなかった。髪が長かった昔は、太刀に水を纏わせ大剣にもできたが、今の短髪じゃ包丁程度の刃がやっとだ。
さすがにこれ以上、家を壊すわけにもいかない。これからどう動く?