大病院にて
「痛かったら言ってね〜」
夜。とある大病院の口腔外科。
百年あまりの封印を解かれた勇者カンクロは、対魔庁つきの歯科医師に口の中を覗かれていた。右下の奥歯がおかしな形になっている。
「欠けてるね〜。いつから?」
「……勇者の印が発現する前だ。焼いた魚に石混ざってた」
「あ〜、勇者の印出る前だから治らなかったんだ?」
「ああ」
「う〜ん、ちょっと虫歯になってるね〜。痛くない?」
器具で軽く叩くと、カンクロがビクッとした。
「痛いね?」
「…」
コン。ビクッ。
風をかける。ビクッ。
「痛いよね?」
「……」
「う〜ん、あのね。痛いかどうかは、本人にしかわからないことなの。どこがどう痛いのかで病気がわかることもあるし、私も出来るだけ痛くない治療したいから、正直に教えてもらいたいな〜」
「……」
心配で付いてきてた若き勇者も口を出した。
「ゲンゴロ、そういうの痩せ我慢て言うのだ。おじいちゃんのすることなのだ」
「俺ぁジジイだよ。それに」
古の勇者は、左目を歯科医師に向けた。
「アンタは、いい人そうだからなぁ……あんまり痛がる奴ぁ見続けっと、アタマおかしくなっちまうぜ。やめときな」
歯科医師は、オモチャのスイッチを持ってきた。
「これね、子どもの患者さん用のオモチャ。押したら鳴るの」
押すと『ポピャン』とかわいい音がして、歯科医師はウフフと笑った。
「痛い時、これ押して。じゃ口開けてね〜麻酔効くかな〜」
ポピャン。ウフフ。
「注射痛いね〜何箇所か刺すよ。だんだん痛くなくなると思うけど、痛いまんまならまた押してね〜」
本格的な治療に入るので、ハタタカは診察室から出された。歯科助手が入る。診察室で何をしてるかはわからないが、時々ポピャンと聞こえてきた。
「ありがとうなのだ。治してもらえてよかったのだ」
ハタタカは対魔庁勇者担当のミシマにお礼を言った。
「構いません。むしろ、連絡をくださって良かった。無茶苦茶をする男だ」
今朝、痛い歯を自力で抜こうとしていたカンクロを偶然見つけて、ハタタカは(物理的に)雷を落としてミシマに相談した。不死身だから抜いても元に戻るとはいえ、確かに無茶苦茶だ。
「痩せ我慢して、面倒な大人なのだ」
ミシマは、言葉を探りながら言った。
「記録によれば、勇者カンクロは髪を剃られた後二年ほど、刑罰の名目で人体実験を受けてました」
「え」
「不死身の身体をわざと傷つけ続けて、精神を病んだ研究者が何人も出たと記録に残っています。勇者カンクロは髪を切られていたので、当時の意識はあやふやだったでしょうが…」
ポピャン。
「もしかすると、痛くて騒ぐことで苦しみ病む人も沢山、見たのかもしれませんね」
「……」
ポピャン。
「また鳴ったのだ」
「だいぶ痩せ我慢してたんですね」
「いやー面白かった! 神経抜いても生えてくるんだもんねえビックリ。でも麻酔効いたし、虫歯は削れたし、詰め物も出来た。歯の再生するしないの線引きがイマイチわかんないけど、現代医学が通用してよかったわ〜今の具合はどう?」
「……右下の唇から喉までが気持ち悪ぃ」
「段々切れてくるから、しばらく我慢してね〜。ホントはもう少し噛み合わせ整えたかったけど、時間取れなくて残念だな〜」
「いいよ、どうせ頭潰れたら元に戻るんだ」
「…なるべく元に戻さないようにしてほしいな〜」
帰りにハタタカは、大型店に寄って音の出るオモチャを買った。同じ音のが見つからなかったので『ペコン』と鳴るやつにした。下男に渡す。
「痛くなったら押すのだ」
「押さねぇよ」
受け取りはするんだな、とミシマは思った。
別荘に戻り、やっと痺れの取れた口で夜食のパンをかじりながら、カンクロは感心した。
前より痛くない。しかも、前より噛みやすい。どうなってんだ?
「はあ……大したもんだな」
油断していたら、今度は口の中を噛んだ。
『ペコン』と音が聞こえて、ハタタカは鎮痛剤を手にゲンゴロの部屋に走った。
下男は押し間違いだと言い張ったが、ハタタカは信じなかった。
(了)