4.背中と帽子(終)
ゲンゴロは、ハタタカの横を歩いていた。畑を眺め、ポツリと言う。
「…今も、苦労してるんだな」
「え?」
「この村の人たち、は」
古の勇者は、あたりを見回した。誰もいない。
「…俺が昔、ここに来た時は、ちょうど北の民との揉め事が一段落した頃だった。ここにいたいなら北の言葉と信仰を捨てろ、と決まったらしい。中央の民の集落だ、郷に従うのは筋だろう、と。俺も、村にいる間はそうするよう、頼まれた。
この二つは……捨てにくかったろう」
誰もいなかったが、ゲンゴロは標準語で話した。
「…俺が捕まって……きっとこの村でも、北の民の立場はもっと、悪くなったろう。なのに、署長さんから何も言われなかったくらいで、今は違うと思いこんだ……軽率だった。とても」
ハタタカは、ゲンゴロがさっき、祠を見てほほえんだことを思い出した。きっと、とても嬉しかったのだ。ハタタカが思うより、ずっと、すごく。
標準語で話し続けるゲンゴロは、とても聞き取りやすいけど、ひとごとのようにも聞こえた。はじめて伝統衣装のことを話してくれた時の、全然わからないけど何かがわかる、あの感じはない。
だから、言った。
「いま誰もいないから、いつもみたいに話していいのだ。なんだか、知らない人みたいなのだ」
ゲンゴロは「…ありがとよ、勇者様」と薄く笑った。
悲しそうだった。
※
向こうから軽トラが走ってきたので、二人は端に寄った。
「わ」
「なしたぃ?」
「え、あ、いや」
軽トラの窓が開いて、おじさんが顔を出した。
「おお勇者様、会えて良かった。ソータんちにいるって聞いたから」
「? 何かありましたのだ?」
「これ、さっき落としてったろ」
ハタタカの帽子だった。
「あ、ありがとうございますのだ!」
「空まで飛ばなきゃいけないなんて、勇者様は大変だねえ」
「あ、それは」
若き勇者は赤面し、隣の下男を少しにらんだ。
「まだ暑いから、お気をつけて」
「ありがとうございましたのだー!」
軽トラが走り去り、ゲンゴロはまた、ハタタカの横に立ったが、若き勇者はすかさず反対側に回った。帽子を高くかかげる。
「んだよ」
「日よけになるのだ」
さっきゲンゴロがよけた時、ハタタカは、強い西陽に驚いた。それではじめて、下男が日差しから守ってくれてた、と気がついたのだった。きっと、日中からずっと。
ゲンゴロはしゃがんだ。ギリギリ影に入る。
「あーめんこい日よけ、助からぁ」
からかうような口調に、ハタタカはムッとした。悔しい。
「そんな顔すんなって。そういうことぁ、体がでっかくなってからやりゃあいい」
「でも」
「なら、俺の帽子探してくれよ。きっとこの辺だと思うんだよな」
「あんな危ないこと、するからなのだ」
「しゃあねえだろ、車も馬もねえんだから……まいったなぁ、俺このままじゃ4号に大目玉くらっちまぁ」
「帽子、見つけても、汚れてたらやっぱり怒られると思うのだ」
「ええ、冗談じゃねぇや」
ゲンゴロはイヤそうな顔をしたが、さっきみたいに悲しそうではなくなった。ハタタカは、少しホッとして、一緒に探しはじめた。
(了)




