表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/78

2.トンボと対話集

 木を折り、祠に手をかけた巨大なトンボに、ゲンゴロは小さな雷雲をぶつけた。

 バチッ!

 トンボが動きを止めると、ゲンゴロは、その尻尾に縄を結んだ。

「なんでそんなことするのだ?」

「だって俺ら、ここで倒しても、魔物使いんとこにすぐ行けねえだろ」

「え、待ってぁああああああ!」

 トンボが飛び立ち、二人も舞い上がった。


「ひゃあああ!」

 魔物も異物に気がついた。ぐるりと宙返りしたりして、二人を振り落とそうとする。

「うわああああああ!」

 いつの間にか、トンボの近くにまで縄を登っていたゲンゴロが、なにか叫んでいる。がんばって首を向けると、白いものが飛んでいった。

「やっべぇ帽子! 4号に怒られらぁ!」

 なら、こんなことしなければいいのに。言いたかったが、そんな余裕はない。ハタタカの帽子は、とっくにどこかへ行ってしまった。

 トンボは急に身体を消し、魂だけの姿に変化したので、ふたりは空中に放り出された。

「いやあああああ!」

 ゲンゴロが、縄の輪を木にかけて、ギリギリ地面に激突はしなかった。ブラブラしてるハタタカを、下男は縄を切って、雑に落とした。

「〜〜〜!」

「魔物の魂、あの家に向かったぞ」

「うう…ゲンゴロのバカー!」

 百年前の荒っぽいやり方に、温厚なハタタカも怒ったが、言われ慣れてる古の勇者は、いちいち振り向きもしない。

 若き勇者も立ち上がり、後を追った。



「何かの見間違いではありませんか」

 玄関に現れた若い男は、眼鏡の奥から勇者たちをにらんだ。ハタタカはひるんだが、ゲンゴロは左眉をちょっと動かしただけだった。

「あ、あの……ほかに誰か、いないのだ?」

「父も母も、祖父も畑に出ています。家には、ぼくと祖母だけです」

「会わせてもらえねぇかな」

「祖母が魔物使いだと言うのですか?」

「そ、それはわからないのだ…」

「会ってシロとわかりゃ、すぐ帰ら」

 男は「祖母は足が悪いので」など言って渋ったが、押し負けて、仕方なく勇者二人を屋敷に入れた。


 どこかから、なにか歌のようなメロディが聞こえた。青年が「ばあちゃん、どこ? お客さん!」と声を張り上げたら、音は止んだ。

 間をおいて、奥の部屋から「リーちゃん、こっち」と、小柄な姿が顔を出した。


「まぁ、勇者様が我が家に来られるなんて、光栄です」

 とてもきれいな標準語で話す祖母は、車椅子に座り、二人にも椅子をすすめた。リーと呼ばれた孫が渋い顔をしたので、ハタタカは「確認したら、すぐ帰りますのだ」と前置きをした。

 祖母に近づく。魔王のカケラの気配は全くない。だが、身体の中に沈んでいたりして、分からないこともある。どうしよう。直接聞いてみるしかないだろうか。

「ばあちゃん、ちょっと聞きてぇんだが」

ゲンゴロが声をかけた。

「なんでしょうか」

「さっき唱えてたの、旧語の祈りだよな」

祖母の穏やかな顔がこわばった。

「いいえ、先程は歌の練習をしておりました。私は音痴なものですから」

「へえ、今どきの歌ぁ『対話集』36の12、罪の赦しを乞う一節なんか使うんかぃ」

「……!」

青ざめた老婆に、北の民が迫った。

「誰の赦しを乞うてたんだぃ?」

「ばあちゃんに近寄るな!」

 黒く尖った六本の腕が、ゲンゴロをガッチリつかんだ。部屋にぎゅうぎゅうになるほど巨大なトンボの、複眼と肉食らしい牙が、古の勇者に迫る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ