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燻る炎・1

※虫(蛾)注意

※流血注意

 あらかじめ動画を見ていた勇者二人は、それでも現れた魔物に息を呑んだ。

 夕空を漂う、焔を纏った巨大な蛾。

 それが、建物に向かって落ちてくる。


 依頼によれば、結構前から現れていたらしい。最初はただ夜空高く飛んでいただけだったため、魔物とすら思われていなかった。

 ところが昨晩急に、地上に突撃し始めた。建物を燃やし、犠牲者も出てしまった。

 勇者一行が街に着いたのは夕方。その日は日中から何度も現れているという。


 擬人1号の運転する車が蛾の元に着いた時、消防車が1台間に合ってて、金毛隊(炎の術者は金髪なのでこう呼ばれる)が蛾の動きを止め、赤毛隊(水の術者は赤毛)が放水を始めた。蛾が大きすぎて火が操りにくく、消えにくい。

 蛾の下にはアパート。住人たちがわれ先にと逃げ出していく。

 ゲンゴロは、下男にあるまじき大きな態度で、若き勇者に聞いた。

「雷当てられっか?」

「……無理なのだ…」

 遠くに飛ばす強い雷は、周りにも散る可能性がある。ましてや、周りが水浸しになるときに。

「じゃ俺が行く」

「行く? どうやって?」

 下男は赤毛隊に向かって走った。


「ホントに大丈夫かキミ?」

「ああ」

 水をかぶった下男が答えた。

 赤毛隊がホースと術で放水した水に乗り、一気に上空へ滑り上がる。水流の勢いがついて、蛾の更に上まで飛び上がった。

「えええ〜⁈」

 ハタタカは思わず叫んだ。

 赤毛隊も目を丸くした。屈強な水使いの彼らといえど、こんな命知らずな真似はしたことがない。


 ゲンゴロは避雷針に水を纏わせ、蛾に切りつけた。だが、羽を刻むにも、相手が大きすぎる。

『くそっ』

 赤毛隊が飛ばす水を受けて、蛾が身をよじる。魔物が叫んだ。

「たすけて」

「なら居場所を教えな」

 針を頭に刺そうとした瞬間、急旋回されて下男は落下した。

「ゲンゴロ⁉︎」

 下男はアパートの屋根に捕まったが、勢いで部屋に転がり込み、魔物は闇に溶け込んで見えなくなった。



 ゲンゴロは窓を破って床に転がった。うっかりガラスで頭を切り、黒い血が偽物の右目を覆い隠す。

 部屋に人がいた。この騒ぎで逃げていなかったのか。

 寝台に寄りかかっている痩せた中年女性が、生気のない目で侵入者を見た。

「ああ、すまねぇ。窓は対魔庁に言やぁ弁償されっから……おい?」

 女は返事もしない。寄りかかっている寝台にも老女が寝ていた。

 外の消防車の赤い灯が、男の白髪を赤く染めると、女の目が見開いた。

「赤毛…右目の闇…」

「おい、大丈夫か?」

「あんた…カンクロだね? 人殺しのカンクロだね⁈」

 一転、女はゲンゴロにしがみ付いて泣き喚いた。

「あんた殺し屋だろ? ならあのババアを殺しておくれよ…! もう私が面倒見なきゃ生きていけないくせに、私が誰かも忘れて、一日中ワガママ言って叩いて喚いて漏らして…こんなのもうたくさんだよ! いいだろあんた、散々殺してんだから、もうひとりくらい殺してくれヨォ!」

 女の泣き声に老女が目を覚まし、「うるさい!」と手拭きを投げつけたが、女が泣き止まないので、負けない声量で文句を喚き始めた。

 どこかで何かが破裂した。音と感情の洪水。


 窓から飛び込んできた人間が他の男であったなら、介護に疲れた娘が錯乱しているとも思えただろう。だが、彼女が縋り付いているゲンゴロは、正体を隠して今の世で働いていた、本物の「人殺しのカンクロ」だった。


 カンクロは、顔からも声からも表情を落とした。そして言った。『仕事』の時、いつもそうしていたように。

「きれいな水はあるか?」

 次の瞬間、部屋に飛び込んできたハタタカが、杖で男を殴り飛ばした。



「どうして殺そうとしたんだ⁉︎」

「頼んできたなぁ向こうだぜ」

 擬人2号の走らせる車の中で、若き勇者ハタタカは、自分の十二倍は歳をとってるだろう先輩を叱りつけていた。

「だからって言う通りにしちゃいけないのだ!『ゲンゴロ』は下男で、殺し屋じゃないのだ!」

「殺し屋ならやってもよかったかぃ」

 下男は半笑いで言ったが、幼き勇者が顔を真っ赤にして涙目になってるのを見て「悪かったよ」と謝った。

 危ないところだった。

 あの時、落っこちたゲンゴロを迎えに階段を登ったら、部屋から泣き声喚き声がするので、ハタタカは慌てて突入した。

 止められてよかったけど、鍵を壊したのも、殴ったのも、ゲンゴロが人を殺そうとしたことも、全部イヤだった。

「それに」

 もう一つ気になってたことも聞いた。

「さっき空まで飛んだ時、どうやって降りるつもりだったのだ?」

「どうやっても何も、ほっときゃ地面に落ちるじゃねぇか」

「⁈ あんな高いところから落ちたら危ないのだ」

「どうせ死なねぇだろ」

「そういうことじゃないのだぁ!」

 考え方が全然違う。

 百年前の悪党と組んで仕事をするのは、十歳の少女には難しすぎた。


 先程まで車を運転していた擬人1号は、アパートに残っていた。女性に弁償の申請や業者への連絡、受けられそうな介護補助の相談をするためだ。

 今はああいう救い方があるんだな…と、古の勇者はぼんやり思った。

 カンクロが知ってる救い方は、戦うこと、耐えること、そして殺すこと。それだけだった。


 燃える蛾の目撃情報が通信板に入ったので、2号は車の行き先を変えた。

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