2.百年前の記憶、現代の涙(終)
ゲンゴロ……百年前の勇者カンクロ……は、小さい頃、とても泣き虫だった。
親がそばにいないと泣き、芋が硬いと泣き、風が窓ガラスを震わせると泣いた。
両親が、住処の灯台と一緒に爆破された時は、どうだったか覚えてない。同時に降り注いだ魔王のカケラが右目を直撃していたので、流れていたのが血なのか涙なのか、ハッキリしなかった。
荒んだ国で、暴れる魔物使いを殺す時も、依頼を受けて誰かを殺す時も、敵国の兵を殺す時も。涙は出たが、すぐ飛ばした。視界がボヤけるその一瞬で、犠牲が増えるからだ。
右目のカケラが勇者の印に変わった時は、号泣した。もう少し早く発動していれば、誰も殺さずに済んだのに。
勇者として、魔物や魔物使いを退治している時も、涙は術で飛ばし続けた。これ以上、誰も死なせたくなかった。必死だった。
親友だと思っていたタタラ…魔王を倒した時、涙は出なかった。もう枯れたのだろうと思った。
百年の封印を解かれ、祖国が滅びたと聞いた時も、やはり涙は出なかった。
だが、ハタタカと過ごすうちに、時々涙が溢れるようになった。心を揺さぶられた時だけでなく、ただ道を歩いていても、なんてことない会話をしてても泣けてくる。むかし泣けなかった分を今更のように取り戻してるのか、とうとう頭がおかしくなったのか。そんな風に考えていた。
若き勇者を心配させまいと、いつも術でコッソリ飛ばしていた。
まさか、バレていたとは。
『どらいあい、ねえ…』
ゲンゴロは薄く微笑み、目薬をポケットに入れる。
立ち上がった拍子に、ポロリ、と、涙が出た。ハタタカはもう部屋にいなかったが、術で飛ばすのはやめておいた。
涙が一雫、頬を伝って落ちた。
(了)