2.虫とノート
「ああ!」
「隠れてな。勇者様!」
下男は老婦人達を喫茶店に押し込み、襟元の石で主人を呼んだ。
『ゲンゴロ⁈ ハンタンは』
「丁度その店で魔物が出たぜ」
『すぐ行くのだ!』
通信を切ったゲンゴロはギョッとした。老婦人が魔物に向かって走っていく。慌てて捕まえた。
「隠れてろって言ったろうが!」
「私のカバン!」
「あ?」
虫の体の下から取っ手がチラッと覗いている。先程、老婦人に取り返してやった古いカバンだ。
「大事なノートが…あれは私の命なの!」
暴れる老婦人を抱えて、ゲンゴロはもう一度喫茶店に向かって走った。
「取ってきてやっから、おとなしくしてろ!」
入り口に店長が佇んでいた。店の前の惨状に呆然としている。
「このばあちゃん頼むぜ」
店長のポットと老婦人を交換した。
甲虫はひっくり返って動かない。人が集まってきた。
「死んでるのか?」
「離れろバカ!」
ゲンゴロが群衆を蹴散らした次の瞬間。
バチン‼︎
ものすごい音と衝撃を起こし、地面を凹ませコメツキムシは飛びあがった。
「むかつく」
一言吐き捨て、虫はまた落ちてくる。
「こんちくしょうが!」
ゲンゴロは、カバンを引っ張り出して喫茶店に向けて放り投げた。丈夫なカバンは店の窓をぶち破り、店長の目からさらに光が消えた。
下男はその勢いでポットを上空に放り投げた。上空で水を爆発させると、虫の落ちる方向がずれ、今度は大通りのど真ん中に落ちて蠢いた。ゲンゴロが避雷針に水を纏わせ打ち込む。十手で胸と腹の付け根を打つも、効かない。
「むかつく」
「俺もだよ」
虫は下男を睨みつけ、車道を凹ます勢いで、さらに高くジャンプした。
「……ああ!」
老婦人はカバンからノートを取り出し、ものすごい速さで何かを書き始めた。
「通して欲しいのだー!」
人混みが割れて、ハタタカを肩車した擬人2号が走ってきた。車が渋滞に挟まってしまったので、群衆を感電させないように肩車で来たのだ。
「勇者様!」
下男は主人を車道に手招きし、上を指差した。若き勇者も、黙って杖を上にむける。
落ちてくる虫に、ハタタカは全力の電撃を喰らわせ灰にした。