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6(終)

※虫注意

※怪我注意

「わたしのせいじゃないのに」

 再び生まれたカミキリが、アクアを抱えて鳴いた。彼女はピクリとも動かない。

「アクア助手さま!」

 ハタタカは困った。人質を取られたら雷を打てない。

「アイツが魔物使いだ」

「え⁈」

 カミキリは羽を広げてまた鳴いた。

「わたしのせいじゃないのに」

 空気の刃を飛ばしながら、自らも空中に浮く。

「そうだな、アンタのせいじゃねぇ。けど」

 ゲンゴロが飛ばした何かが、カミキリの羽に穴を開け、カミキリは落ちた。

「どんなに望んでねぇ道でも、歩いてんなぁオメェだからさ」

 もう二、三撃。ガラスの破片に残りの洗剤をつけて飛ばす。さすがに威力が低く、羽に穴は開けられても、脚すら折れない。

「オメェが動いてくれなきゃ手が出せねぇ」

 カミキリはアクアを中足で抱え、前足でゲンゴロに飛びかかった。

 避雷針を刺したが水分が足りず、傷もつかなかった。右手を脚で掴まれる。

 膝で虫を叩いても、びくともしない。

 掴まれた腕の血管を爆破させてもいいが、それをやるとアクアも無事で済まない。

「テメェ自分で言ってたろうが、大事なんは行った先で何するかだって。

 …聞こえてんだろ、いい加減起きろ!」



 見たくない。聞きたくない。


 あの日、なにか額に刺さった感触は、あった。

 だが黙っていた。頭に刺さったカケラは取り除くのが難しい。そんなお金も時間もなかった。学費を出してくれる親にこれ以上の出費を頼めなかった。

日々のお勤めで三叉路の神様を敬い、心身を鍛錬している。魔物使いになんて、なりはしない。

 そのはずだったのに、どうして。


 病が能力と機会を奪っていった。

 どれほど努力しても、どれほど工夫しても、倒れてしまう。日に陰に、辞めろと何度も言われる。労られることもない。

 なのに。

「へぇ、苦労したんだねぇ」「がんばったねぇ」

 なぜ、あの子は労られるのか。

 なぜ、私は報われないのか。

 気を失うたび、秘めた思いが溢れ出す。


「わたしのせいじゃないのに」


 すると、耳元で怒鳴られた。

「いいから動けっつってんだよ!」


 わたしのせいじゃない。

 予防接種も、病気も、魔物も。

 でも、後輩の髪を毟ったのは。

 抵抗しているのは。

 勇者達が、魔物を倒せずにいるのは。

『わたしだ』

 今度こそ、自分の意思で。

『魔物から、離れないと』


 カミキリが、主を床に落とした。

「よし!」

 古の勇者は、カミキリを蹴り飛ばし、体当たりして奥に押し倒した。避雷針を己が肩に刺し、血を纏わせて魔物を貫く。

「ゲンゴロどけっ!」

 避けた瞬間、魔物にハタタカの雷が落ちた。



 額に感じた熱で目が覚めた。

「アクア助手さま、大丈夫なのだ?」

「……勇者様」

 ゆっくり起き上がる。

 講堂はひどい有様だった。天窓もベンチも壊れているし、床にも天井にも穴が空いてて、あちこち灰や黒い液体でマダラになっている。

 擬人が一体、のろのろと片付けを進めていて、あれでは夜の祈りに間に合わないかもしれない、と思った。自分でその原因を作っておきながら。

 ハタタカの後ろでゲンゴロがうずくまっていた。あちこち黒く煤けているが、肩の血は止まっている。

「動けるのだ? これから対魔庁の人が迎えに来るので、そこで色々事情を話してもらうのだ」

「は…はい…あの…」

「あ、建物のことは対魔庁があとで師長さまに説明すると思うのだ…補償もあるはずなのだ」

「…カケラは」

「あっ、それなら」

「俺が壊した」

 古の勇者が、うずくまったまま答えた。

「だから、これからは何かありゃ好きなだけ俺を恨みゃあいい」

 アクアは、勇者の頭越しに男を見た。右手がやけに綺麗になっている。

 自分の額に手を当てる。まだ熱が残っている気がした。

「では…その時に思い出せるよう、素顔を見せて頂けませんか」

「他言しねぇと誓うなら」

「はい。迷路の中でも破りません」

 テマリ教徒最上級の誓いを立てたアクアに、古の勇者カンクロは擬顔を外し、仮面のように無表情な顔を見せた。

「…あなたが、本当に、人を…」

「ああ、殺した。詳しく聞きてぇか」

「……いえ」

 言い淀んだのを見透かされた。カンクロの眼差しは揺らがない。アクアの方が目を逸らしてしまった。

「…勇者様の手伝いは、贖罪なのですか」

「この程度、足しにもならねぇ」

 今度はカンクロが目を逸らした。小声で言う。

「…見てみたくってよぉ…『本物の勇者』ってやつを」

 そして、更に小さな声で付け足した。

「俺ぁ、なれなかったから」



 対魔庁が来るまでの間、アクアは教堂の皆に頭を下げて回った。勇者二人も一緒に説明して回り、余った時間は部屋の片付けに費やした。

 対魔庁の車が来た。

 同僚たちは当たり障りなく見送った。

 3人が外に出ると、館内から控えめながらハッキリと、安堵と歓声が聞こえた。


「勇者様がた、ありがとうございました。御恩は一生、忘れません」

 正直なところ、胸のこの想いが感謝なのかなんなのか、アクア自身よくわかっていなかった。ただ、夢だった「教堂保育士」としては、これが最後だ。そのように振る舞った。

 それに、この日のことを、このふたりの勇者のことを、恨みつらみと共に思い返したくもなかった。

「お二人によい道行を」

 アクアは開いた掌の向こうで綺麗に頭を下げた。指の股を分かれ道に見立てた、教堂の人間としての挨拶だった。大人しく車に乗った。

 本人の要望で、本部に行く前に被害者が入院している病院にも行った。母親に泣きながら引っ叩かれた。


 用事が済んだ勇者御一行は、片付けが終わるとすぐ荷物を積み込み、教堂を退去した。もう暗かったが、退治後に長居するわけにはいかない。

 さすがに2度目の風呂を借りることができなかった下男は、顔だけ洗わせてもらい、車に積んである毛布にくるまった。


「ゲンゴロ」

 車中、若き勇者は下男に詰め寄った。

「ゲンゴロも勇者だぞ」

「こんな血みどろの勇者いてたまっかよぉ」

「それ自分の血じゃないか。他には誰も怪我しなかった。勇者だぞ」

 下男はため息をついた。頭いいガキも面倒だ。

「あの姉ちゃん、髪抜けたせいで色々できなくって悔しかったみてぇでよ。だから悪ぶるより、そういう話の方が効くんじゃねぇかと思ってさ、うまくいったぜ」

「嘘なのか!」

「迫真だったろ?」

 実は本心だったが、そういうことにしておいた。

正直に告白したのは、最後まで「教堂保育士」であろうともがいた彼女への、彼なりの餞だった。


 電信板に連絡が来た。

 また別の街で、魔物退治がはじまる。


(了)

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