1.喫茶店にて
どうしてこんなことに。
ゲンゴロは椅子で、もぞもぞと身体を動かした。
喫茶店のオープンテラス席の向かいには、上品そうな老婦人がニコニコしている。
お使いの途中、この婆ちゃんがカバンをひったくられるのを見かけたので、とり返してやったら、お礼がしたいと連れてこられたのだ。
目の前にはお茶と、まさにハタタカに頼まれたハンタン(蒸し菓子)が、皿に一つ、袋に一つ置いてある。雷の力が強すぎる勇者が行くには、店の場所は人通りが多すぎたのだ。
「本当にこんなお菓子でいいの? もっと高いものでも…」
老婦人は上品に聞いた。
「いいって。元から大したことしてねぇ」
「あら。貴方のおかげでカバンが無事だったのよ。本当に助かったわ、ありがとう」
コロコロと笑う。物腰は柔らかいが押しが強い。あの手この手で断ったが、結局ここまで連れてこられたのだ。
ゲンゴロは諦めて、ハンタンを手に取った。さっさと食って帰ろう。フードを取り、白い髪が顕になる。
「あら貴方、勇者様の下男さんね。動画で見たわ」
ゲンゴロはウンザリした顔をした。
「その動画とかいうの、いろんな奴が見てんのな。俺ぁ知らねぇ奴なのに、俺の顔ぁ知ってんだもん。驚くったらねぇや」
「うふふ。しかもお名前がゲンゴロ(幽霊)さん、なんて。その白い御髪のせいかしら?」
「まぁそんなトコ」
「うふふ」
老婦人は目を細めて、蒸しパンにかぶりつく下男を見た。ふと呟く。
「ゲンゴロが人間になったら、貴方のような姿なのかしらね…」
「まさか。あんだけ友人のために身体張れるんだ、もっと勇ましい姿だろうぜ」
「あら『タガミンとゲンゴロ』をご存知なの?」
「勇者様のお気に入りなんでな。随分と読み聞かせられて、覚えちまったぁ」
「あらあらあらあら」
老婦人は顔を上気させてニコニコした。まるで孫の成長を喜ぶお婆ちゃんである。
「勇者様が読んでくださるの? 素敵ねぇ‼︎ 私もその場に居たいわぁ」
「じゃあ今度、俺と代わってくれや」
勇者の下男はお茶を一気に飲み干すと、老婦人と隣の席の客を抱えて飛び退いた。
上空から真っ直ぐ落ちてきたデカい甲虫が、テーブルと椅子に突っ込んだ。