表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/87

2.鞘琴

 その初老の男は、ヒアと名乗った。地元の中学校で音楽教師をしているという。


「教職の傍ら、郷土の音楽も研究しております。先程の歌…『テック・テック・トッテ』は、旧カルカナデ晩期の流行歌です。若いのに、よくご存知で」

「あー…じいさんが教えてくれたんだ」

「おお! 他の歌詞はご存知ですか? 以前わたしが採取した歌詞には『町一番の金持ちさん 払いがいいのは敵かしら』というものもありました」

「そりゃ替え歌だ。ランタンの大富豪メーティーが国を捨てたのを馬鹿にして歌っイテェ!……あー、歌われたって、じいさんが言ってた」

 ハタタカにちょん、と雷を流されて、ゲンゴロは慌てて取り繕った。正体がバレると色々マズイ。

「おじいさまは」

「もういねぇよ」

「それは失礼…あなたは、他にもおじいさまから歌を習ってますか?」

「……いや、あんまり」

「楽器については、どうです? 例えば、旧カルカナデ独自の携帯楽器『鞘琴(さやごと)』など…」

「鞘琴だと⁈ 知ってんのか⁈」

 ゲンゴロは思わず前のめりになって聞いた。警告し損ねて、ハタタカも慌てた。

「ご存知ですか! 実は古道具屋で見つけはしたんですが、使い方が分からないのです。見ていただけますか?」

 それは、ゲンゴロ……百年前の勇者カンクロ……が愛用していた、そしてそのために弾圧の対象になった、弦楽器。


※※※


「これです。刀は、私が買った時にはありませんでした」

 ヒアはゲンゴロに、古く大きな刀の鞘を渡した。

 鞘琴。太刀の鞘に弦を張って使う、カルカナデの携帯用楽器。


 勇者ふたりは、居酒屋からほど近いヒアの家に来ていた。

 鞘は、ハタタカには古い木製品にしか見えなかったが、彼女の下男はそれを、赤子を抱くように大事に扱った。

「弦はどしたぃ?」

「私が買った時には、付いていませんでした。六弦琴のでよければ用意出来ます。どれが使えそうですか?」

「ん…じゃあコレを。昔ぁ古い弓のツルを使ったもんで音がひでぇったら痛え! …って、じいさんが」

「ほお」

 ゲンゴロは、鞘の模様を触った。三つ、指で押すと立ち上がる。

「たぶん弦の片方はそこにかけると思うのですが…あ、そうです、真ん中の模様が四つ外れます」

 ゲンゴロは、外したパーツのうち、一番小さな一本を鞘の中に立てて入れた。

「あっ待ってください、録画させてください!」

「好きにしな」

 音楽教師が携帯を準備する間も、下男は楽器を組み立てていく。パーツ二本を鞘端の穴に差し込み、さっき起こしたフックと、鞘先のパーツにかけて、弦を三本張る。残りの長方形のパーツを、張った弦の下に斜めに差し込み立たせた。あぐらをかいた脚の上に載せ、指で軽く弾く。ビヨン、と音が鳴った。

 弦を掛け替えたり、長方形を動かしたり、別の場所を押さえたり。音が変わっていく。

「こんなとっかな」

「わあ…!」

 ハタタカは目を輝かせた。目の前で楽器を見たのは初めてだ。なぜ鳴るのか、なぜ音が変わるのか? 何もかもが不思議だった。

 ゲンゴロは弦を抑えながら、音を確認した。もう少し強く張りたいが、古くなった部品が保たないだろう。これくらいなら弾ける。

 元々、魔物退治の礼にもらったものだった。戦いで何度も壊れ、壊し、その度に我流で直し調律したから、楽師から「何故それでその音が出る?」と不思議がられたものだ。

 古の勇者は薄く微笑み、旋律に合わせ歌い始めた。


 あの花は かつて見た花

 あの空は かつて見た空


 あっと声を出しかけて、ハタタカは慌てて口を塞いだ。歌は知らないけど、このメロディは知っている。

 酔ったゲンゴロの鼻歌は、必ずこの曲で終わるのだ。


 あの花や空を

 教えてくれた故郷が…


 ゲンゴロは、急に鞘琴をヒアに押し付けた。

「窓から離れて布団かぶってろ!」

 ハタタカが魔物の気配に気づいた時には、下男は外に飛び出していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ