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1.テック・テック・トッテ

 勇者の下男ゲンゴロは、道路の真ん中にうつ伏せた。地面に耳を付けて、音を探る。


 地方都市の郊外。建物はまばらで、道路沿いの居酒屋だけが、明るく賑やかだ。

『出た!』

 下男は素早く立ち上がり、遠くにポツンと光る街灯に向かって走った。イヤーマフを耳にかける。隠れていた対魔軍も続々現れた。

 間に合わなかった。

 地中から現れた巨大な虫が街灯をよじ登り、脱皮する。蝉だ。

「くそ!」

 ゲンゴロは避雷針を放ち、軍も発砲する。だが、当たる前に蝉が鳴いた。

「……!」

 イヤーマフをしててもなお、至近距離からの耳をつんざく衝撃。人間たちを音で薙ぎ払い、避雷針や弾丸も弾き飛ばして、蝉は舞い上がった。ゆっくり旋回し、居酒屋に降り立つ。

 その瞬間、居酒屋の中で待機していた勇者・ハタタカが、屋根に雷を放ち蝉を焼き倒した。


※※※


「今日はワシの奢りだ、みんな楽しんでくれ!」

 居酒屋に戻ってきた店主と客たちは早速、盛大に騒ぎ始めた。屋根に穴が空いてることを気にしてるのは、開けた本人の勇者ハタタカだけだ。

「みんな、なんで気にしないのだ? それに、こんなに騒ぐから、あの人は魔物使いになったのではないのだ…?」

「誰も気にしねぇから化けたのさ」

 下男の答えに、若きあるじは顔をしかめた。

 先の巨大な蝉を生み出したのは、近所のお爺さんだった。毎夜バカ騒ぎを繰り返すこの店が憎かった…という。

 ハタタカは目の前のご馳走を見た。店主の奢りである。本当に頂いて、いいのだろうか?

「にいちゃんも一杯どうだい?」

「悪ぃ、俺ぁいいわ」

 ゲンゴロは、もたれかかる酔っ払いを引き剥がした。酒が好きな下男だが、今は茶しか飲んでいない。イヤーマフも首にかけたままだ。

「お酒飲まないのだ?」

「ああ…ちぃと気になってな」

「?」

「軍が見せてくれた動画だかいうやつ…三べん現れたうち、いっぺんだけ飛び方が違うのがあったろ。地面で脱皮して、まっすぐココに飛んでくるやつ。別の蝉かもしれねえ…ま、念のためだ」

 ハタタカは少しガッカリした。ゲンゴロは酒好きだが弱い。すぐ酔っ払い、酔った時だけ鼻歌を歌う。今日は聴けそうもない。

 ハタタカは、鼻歌を歌っている下男が好きだった。いつも怖い顔をしているゲンゴロが、その時は優しく…少しだけ寂しそうに…見えるのだ。


 客が提琴を持ち込み、弾き始めた。興ののった客たちが、テーブルをどけて輪になり、踊り出す。

「へえ『テック・テック・トッテ』みてえだ」

「なんなのだ、それ?」

 若き勇者は、実は百年前の勇者である訳アリ下男に聞いた。

「昔の踊りさ。あんな風に輪になって」

 ゲンゴロは、お茶に術をかけ、料理の皿にぐるり、と、お茶で小さな踊り子たちを作った。ハタタカが目を輝かせる。

 やっと元気になったあるじに、下男はもう少し頑張ることにした。お茶の踊り子達を操りながら、百年ぶりに歌う。


 テック・テック・トットト

 街一番のべっぴんさん

 ぼくじゃダメかなべっぴんさん

 おめがねかなうの誰かしら

 大金持ちの彼かしら

 テック・テック・トッ……


 だしぬけに歌は終わり、踊り子たちも湯呑みの中に戻った。

「なんだテメェ」

 下男は、自分たちに携帯を向けていた男を睨んだ。

 ハタタカも思わず睨んだ。

『ゲンゴロが、初めて歌ってくれたのに!』

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