2.タンタ・ラターリァ
「おやニイちゃん、顔が真っ白だぜ」
屋台の男に声をかけられ、勇者カンクロは『下男ゲンゴロ』に引き戻された。
周りを見ると、先程とは違う大通りだ。ハタタカもいない。迂闊にも、はぐれてしまったらしい。
「今日は寒ぃから、タンタ・ラターリァ飲んであったまりなぁ」
男が掲げたカップには、温かい果実酒が、香辛料とともに入っている。
『タンタ・ラタリァ…?』
ゲンゴロは片目をしかめた。
ラターリァとは、香辛料入り温果実酒のことだ。カルカナデ方言ではラタリァと短くなる。
懐かしい香辛料と果実の香り。屋台の軒には、二又の枝の片方にだけ付いた赤い香辛料・マッテンの実。
『タンタは伝統も忘れちまったのかよ…』
ラタリァは…少なくともカルカナデでは…極夜明けの祝いに飲むもので、極夜の間に屋台で気安く飲むものではない。受け取る気にはなれなかった。
「悪ぃな、金持ってねえんだ」
「ゲンゴロおおお!」
勇者ハタタカが、半ベソで駆けつけた。
※※※
「ニイちゃん、勇者様のお付きの人かぃ。いけねぇよ、勇者様に心配かけちゃ」
「そうなのだ、勝手に歩いてっちゃ迷子になるのだ!」
「……すまねぇ、勇者様」
「ところで何をもらおうとしてたのだ?」
「貰う気ぁなかっ」
「よくぞ聞いてくださいました勇者様! タンタ名物ラターリァでございます!」
「なんなのだ、それ?」
断れなくなった。ゲンゴロは仕方なく、極夜明けの飲み物を受け取った。未成年のハタタカは、ラターリプ(果実ジュースに香辛料を入れたもの)を受け取る。
カルカナデでそうしていたように、ゲンゴロは旧語で祝詞を唱えた。
【暗き道に陽を通らせ、光の恩恵をもたらしたまえ】
勇者と屋台の男はキョトンとした。タンタには祝詞も残ってないらしい。苦い気持ちで啜る。
「おっといけない、ラターリァやラターリプの中にマッテンの実が入っています。噛んだら正直に『辛い』と言ってください、もう一杯当たります」
「えっ、すごいのだ! でも、辛いのだ……?」
「辛いです」
ゲンゴロは渋い顔をした。
カルカナデでは、極夜明けにラタリァを飲み、マッテンの実を噛んで懺悔をする。身も心も禊いで、明るい春の到来を祝うのだ。アーデルナーテにも似たよう伝統があったはずなのに、テルテに占領されて伝統が歪んだのか。
ころり、と口の中に甘い粒が入り、ハタタカがニッコリした。
「すごく甘い実なのだ」
「皮だけな。噛むなぁやめとけ」
「大丈夫なのだ」
カリッ。ボン!
「⁈」
火がついたように辛味が溢れる。辛いと言うか痛い。残ったラターリプを飲み干すが、辛味は全然引かない。舌がビリビリする。
「はっ……かっ、かっ、かりゃいのら!」
「はいよっ!」
店主はすかさずラターリプを渡した。あっという間に飲み干す。今度は、マッテンは舐めるだけ。
「ラターリァおいひいのだ」
「ラタリプ…ラタァリプな」
「勇者様のお口にあってよかった。もう一杯サービスしましょう」
「えっでも」
「いいのいいの。ウチは勇者様には恩があるの。そいつの代わりに受け取ってくださいな」
店主はもう一杯、ハタタカに渡した。
「勇者に恩……?」
「ええ。評判悪い勇者だけどね。人殺しのカンクロ」