1.冬祭の夜
あちこちに吊るされた雪のオブジェ。灯りを受けて煌めいている。
極夜祭が始まったタンタの大通りには、普段の街の人口より多くの人間が来ていた。
「タンタ極夜祭、来たことあるのか!」
「昔な」
今をときめく若き勇者・ハタタカとその下男ゲンゴロは、魔物退治の帰りにタンタの街に立ち寄った。十歳のハタタカには、北国も極夜祭も初めてだ。沈みっぱなしの太陽を呼び戻す祭。どこもかしこも賑やかで楽しそうだ。
だが、下男の表情は暗かった。
「まさか、まだやってるたぁ思わなんだ」
「そうなのだ? 始まった頃に行ったのだ?」
「ああ、多分そうだろう」
ハタタカは先程もらったパンフレットを見た。今年で百十二年、とある。
下男ゲンゴロは、ただの白髪頭の若者ではない。百年以上前に勇者の責務を全うしたが、それ以前の罪により封印されていた、カンクロという男だ。今は下男ゲンゴロとしてハタタカに協力しているが、彼の知識・記憶のほとんどは百年以上前の出来事になる。
「昔も楽しかったのだ?」
「いや」
ゲンゴロの、夕焼け色の瞳が曇った。
「心底恐ろしくて……震えたよ」
北西国アーデルナーテの首都タンタは当時、中の国・テルテマルテに占領されて、間もなかった。
勇者カンクロ一行は、旅の途中にタンタに立ち寄った。そして驚いた。
明るい夜の街、煌びやかな飾り、沢山の屋台。
徹底的に叩き潰された街の面影は、なかった。
「もうこんなに復興してる!」
「アーデルナーテの頃より景気がいい」
「テルテマルテに従えば、こんなに豊かに暮せるのね……」
仲間が口々に驚きと感嘆の声を上げる。神官のタタラだけは「くだらない」と言ったが、久しぶりのまともな食べ物の屋台に、何度も立ち止まり買い込んでいた。
北東国カルカナデ出身の勇者・カンクロは震えた。
食べ物の匂いに混じって、すえた匂いがする。恐らくは、大通りから一本入った先から。
飾りも店も家も、大通り自体すら新しい。作りたてだ。急拵えでここまで豪華なものを作ったのだ。
大体、北西国アーデルナーテで、沈んだ太陽を呼ぶ祭なんか、聞いたことがない。祭をでっち上げたのか? なんのために?
『……決まってら』
いまだ降伏してないカルカナデ国の勇者カンクロに、この光景を見せるため。
降伏した方が得だと思わせるため。
祖国カルカナデは…自分たちの心を折るためにここまで出来る国に、狙われている。
勝てるのか…⁈
港町を占拠されたせいで海の向こうの国の援助も当てにできなくなった。
金持ちどもには逃げられて、国はどんどん貧しくなっていく。
中枢は国防に手一杯で、国民の不満もどんどん膨らんでいく。
比例して増える魔物や魔物使いを民間人に殺させて、治安をギリギリ維持している。
…そんな祖国・カルカナデが。
カンクロも、勇者になる前は生きるために、また国民を少しでも救うためと、幾度も手を汚してきた。
なのにこの、途方もないまでの差。
戦わなければ、故郷は大国のいいようにされてしまう。だが、こんなのとどう戦えというのか。
カンクロは、震えが止まらなかった。
その時、声をかけられた。
「いけねぇ勇者様、そんなに震えて。寒いのかぃ」