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 下男は天窓から飛び降りて、笑顔を向けた。

「具合良くなったんだな、よかった」

 アクアは返事をしなかった。ゲンゴロの顔を見るのに集中していたからだ。

 よくよく見ないと気がつかないが、確かに右目周りに違和感がある。右目も大きく開いたまま。不自然だ。

「かなり精巧な擬顔ですが…右目はどうしたのですか?」

「ああコレかい」

 右目に手をやる。目玉に指が触れても、目は開いたままだ。

「熊にやられたんだ。あんまり傷痕がヒデェからって、勇者様が顔ば作らせてくれたんだよ」

「取ってみてくれますか」

「女が見るようなもんじゃねぇぜ」

 ゲンゴロは顔から手を離した。

「構いません。それとも、見せられないのですか?

……そこに、勇者の印があるから」


 ゲンゴロの笑顔は揺らがなかった。

「何いってんだい、アンタ。まだ本調子じゃねぇのか」

 アクアは手を握りしめた。恐ろしい。だが、何か起こってからでは遅い。悪者を見逃すのは、教堂保育士のやることではないのだ。

「とぼけないでください。一瞬ですが見ました。あなたの右目に目はなかった。傷もなかった。ただ闇だけの穴しかなかった。

 …山で拾われたと言いましたね? 山に封印された勇者がひとり、います。その男は、右目に勇者の印を持っていました。

 敵国の殺し屋が勇者様に、この園に、何をするつもりですか⁈」

 下男の笑顔が変わった。

 人当たりの良さはどこかへ消え、凄みと威圧感が加わった。

 右目に手をやり、擬顔をはずす。

 そこには黒い闇があった。

「昼間は楽しかったぜ」



 わかっていても、アクアはあおざめた。

 本物の、百年前の人殺し勇者・カンクロ…⁈

「どうして」

「勘違いすんなよ、勇者様は俺の正体なんざご承知だ。色々あって秘密裏に勇者様の手伝いをしてるだけさ。それ以外はなにもしねぇし、する気もねぇ」

「けど」

「おっと、俺の質問にも答えてくれ。アンタ、どこで俺の印を見た?」

「え」

 古の勇者は擬顔をつけ、下男に戻った。

「俺がココで擬顔を外したのは、3度。魔物に頭を齧られて外れた時と、魔物倒してから風呂に入って洗った時。今」

 アクアの視界が歪む。いつも大事な時に、意識混濁が起こる。人殺しの前で気絶するわけにはいかないのに。

「コレ以外は外してねぇし、周りに誰もいないことも確認してるし、最初の2度に至っちゃアンタ寝てたはずだ。いつどこで見た?」

 ダメ。ダメ。

「見ることができた奴はただひとり」

 ゲンゴロから表情が消えた。

「俺の頭を齧ったカミキリは、俺の印を見ている。つまり」

 アクアの身体が小刻みに揺れている。話を聞いてるかどうかわからない。

「魔物の魂が帰った魔物使いだけが、俺の印を知っている」


 真っ正面から飛んできたカミキリを、今度は自ら体をそらして避け、その勢いで蹴り上げて向こうに飛ばす。

 背後で爆発音がした。

「び…ビックリしたのだ〜!」

 ハタタカが灰の中から言った。



「ハタタカ様、私はとても悲しい」

 喫茶店から帰ってきたハタタカに、パーティの料理家事担当・擬人4号は切々と訴えた。

「お腹がすいているなら私を呼んで下されば、しっかりしたご飯を食べさせましたのに!」

「ごめんなさいなのだ…」

 4号の料理に不満はなかった。ただ、あの喫茶店のハンタンは美味しいと評判だったので、食べてみたかったのだ。とても美味しかった。ハンタンはハタタカの好物だ。

 厨房の人達も気圧されている。困った。

 と。

 4号のお小言が、急に止まった。

「2号よりハタタカ様へ伝言です。急ぎ講堂に来て下さい、と」

 擬人達は独自のネットワークで会話ができる。2号が呼ぶということは、一緒にいるゲンゴロに何かあった、ということだ。

 ハタタカは厨房を走り出た。


「カルカナデは無事か⁈」

 封印を解かれたカンクロが何よりも先に聞いたのは、とっくに滅んだ祖国の安否だった。

 祖国でも敵国でも人を殺してきたという極悪非道な勇者の印象と、ちょっと違うと思った。

 祖国が滅んだと聞いて動かなくなった。現代の服を着てくれなくて困ったりもした。カルカナデの伝統衣装をじっと見ていたこともあった。いきなり泣き出して驚いたこともあった。怖い声を出されて震えたこともあった。

 けど、どんな時でも、ハタタカが聞いたことには答えてくれた。

 意味わかんなかったり古くさいこと言うけど、雷のチカラを怖がらずに接してくれた。

 そして大き過ぎるチカラを持つだけのハタタカに、魔物との戦い方を教えてくれた。


 さっきの「真っ黒」な踊り場を思い出し、ハタタカは足を早めた。

 母様を寝たきりにしたこんなチカラ、欲しくなかった。好きで勇者になったわけでもない。戦いも好きじゃない。

 でも今の私は『勇者』なのだ。


 講堂の扉を開けたら大カミキリが飛んできたので、習った通りに、杖に雷を込めて叩いた。


「…はは」

 ゲンゴロは思わず笑った。胸に湧き上がる希望。

 これが『本物』。

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