1.酒場の帰り
1.酒場の帰り
「m〜mm…」
ご機嫌で鼻歌交じりのゲンゴロに、ハタタカもニッコリする。
酒場での聞き込みの帰りである。
繁華街の店主に魔物を目撃した時のことを聞きにいったのだが、さすがに話聞くだけで帰るのも…と、ゲンゴロがカンクロ割りを頼んだのだ。
カンクロ割りとは、蒸留酒を通常の数倍薄めて飲む水割りのことだ。まさか店主も、百年前に北の民らしからぬ下戸ぶりを笑われながらその飲み方を大陸中に広めた張本人が、それを注文してるとは思わないだろう。
ゲンゴロは蒸留酒が好きだが、とても弱い。
薄めていても、帰りには酔っ払ってこうなる。
「mm〜m.mm〜」
また知らない曲だ。
色々尋ねたいのを、ハタタカはぐっとこらえた。ゲンゴロが歌うのをやめてしまうからだ。それで風呂場で歌うのをやめてしまった。
ハタタカは、ゲンゴロの歌が好きだった。
「m〜mm〜mmm…m」
あ。いつものだ。
ゲンゴロは、いつもこの曲を口ずさむ。
そして、いつもこの曲で歌うのをやめる。
その少し寂しくて優しいメロディが終わると、いつものムッとした顔になる。
いつか、どんな歌か聞けるだろうか。
☆☆☆☆☆
カンクロは蒸留酒が好きだった。
故郷の味と香りが、今も残っているように感じる。
カンクロは歌も好きだった。
小さい頃は聖歌隊にいたこともある。
だから、酔った時は自然と歌が出た。
「おもかげの故郷」が一番好きだった。勇者だった頃も、携帯楽器・鞘琴を奏でながら酒場でよく歌った。
空の青さや風の匂いの向こうに故郷の面影を見いだす、という歌。空の彼方に瞬く星のようなメロディも心地よい。
しかし、それが終わると現実が襲いかかる。
もう、故郷はないのだ、と。
懐かしむ資格があるのか、と。
そして夢から、酔いから醒めるのだ。
☆☆☆☆☆
「勇者さま〜、オトナの勉強するぅ?」
「失せろ酔っ払い」
声をかけてきた男を一喝して追い払う。
「…たく、おちおち酔ってもいらんねぇ」
古の勇者はさっきまで間違いなく酔ってたが、幼い勇者は無粋なツッコミをいれたりはしなかった。
ただ。
「……なにニヤニヤしてんだ」
「なんでもないのだ」
この街の怪物を退治したら、ゲンゴロはきっとまた一杯飲むだろう。
その時を、コッソリ楽しみにするハタタカだった。