17(終)
「品のない喋りで苦手でしたが、やっぱり碌でもない人間でしたね」
「お喋りの中身なら、オメェも似たり寄ったりだろ」
「なんだと! 取り消せ野蛮人!」
「そういうとこがさ」
『帰る時くらい仲良くすればいいのだ…』
ハタタカはウンザリしがら、コノワに案内され、また長い階段を登りはじめた、その時。
「ん?」
ヨタヨタと、誰かが追いかけてくる。
あの準導師だった。
準導師の顔は汚れ、服もぼろぼろで泥と土埃にまみれていた。頭巾もなくなり、先程医師が処方したはずの右手も、三角巾はどこかへ行って添え木も包帯も外れかかっていた。背が曲がるほど重い足取りで、何度も転んで、それでもこちらに向かって来る。
ゲンゴロは階段を降りた。
準導師は、ゲンゴロの足元で倒れた。
「あ…あ、あう…う」
コノワは笑った。
ハタタカは困った。
ゲンゴロは無表情で見ていた。
「あ…あの、あ……ああ、あの……ぼく、あなたに……あ、あの」
流す涙が顔の泥を落とす。ゲンゴロが、顔も声も無表情のまま言った。
「言いてぇことあんなら言いな。どうせこれきりだ。聞くだけ聞いてやるよ」
準導師は、泣いて、震えて、何か言いかけて、やめて、うずくまって、また泣いて、言った。
「……ごめ…なさい……ごめん、なさい……」
しばらく伏して泣くのを聞いた後、ゲンゴロは無表情のまま「じゃあな」と告げて、階段を登り始めた。
ハタタカは「手のヒビ、ちゃんと治すのだぞ」と言って下男を追った。
☆
ゲンゴロが準導師を待ったのは、慈悲ではなかった。彼の中にタタラを見ることもなかった。
むしろ、ズタボロで向かってくる姿に自分を見た。
その身も魂も汚しながら、碌でもないことしかできなくて、それでも何か成そうとみっともなく足掻き続ける、そんな自分の姿だった。
あの準導師はこれから、ガラの掟による罰を受けるだろう。その前に話くらい聞いてもいいと思った。
会話の内容をハタタカから聞き、コノワは言った。
「謝ったんですか? 本当に? けど、どうだか。あの性格で反省するでしょうか」
「オメェは謝りもしねぇじゃねぇか」
「君は最後まで失礼極まりない男だな! 私が何をしたという!」
「わかってねくて何よりだぁ」
カンクロは一度だけ振り返った。
そして、身体の重さを振り払い、階段を登り始めた。
「ここまでです。お疲れ様でした」
門の前で、頭にかぶっていた頭巾や袋を取る。
「ふー…どうもありがとうございましたのだ」
晴れた空が眩しい。
「はい、こちらこそ、ありがとうございました。さようなら、よい道行を」
コノワが丁寧に頭を下げた。
門を出る。
急に、身体が羽のように軽く感じた。
ハタタカが振り向くと、コノワが門の向こうから手を振ってくれている。
その姿にカンクロを野蛮人と呼んだイヤさはなく、ちょっとだけ、いい人に見えた。
だから「さよなら!」と思いきり両手を振りかえした。
あるじを見て、下男も仕方なさそうに手を振った。
コノワは素で笑った。
(了)




