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17(終)

「品のない喋りで苦手でしたが、やっぱり碌でもない人間でしたね」

「お喋りの中身なら、オメェも似たり寄ったりだろ」

「なんだと! 取り消せ野蛮人!」

「そういうとこがさ」

『帰る時くらい仲良くすればいいのだ…』

 ハタタカはウンザリしがら、コノワに案内され、また長い階段を登りはじめた、その時。

「ん?」

 ヨタヨタと、誰かが追いかけてくる。

 あの準導師だった。


 準導師の顔は汚れ、服もぼろぼろで泥と土埃にまみれていた。頭巾もなくなり、先程医師が処方したはずの右手も、三角巾はどこかへ行って添え木も包帯も外れかかっていた。背が曲がるほど重い足取りで、何度も転んで、それでもこちらに向かって来る。

 ゲンゴロは階段を降りた。


 準導師は、ゲンゴロの足元で倒れた。

「あ…あ、あう…う」

 コノワは笑った。

 ハタタカは困った。

 ゲンゴロは無表情で見ていた。

「あ…あの、あ……ああ、あの……ぼく、あなたに……あ、あの」

 流す涙が顔の泥を落とす。ゲンゴロが、顔も声も無表情のまま言った。

「言いてぇことあんなら言いな。どうせこれきりだ。聞くだけ聞いてやるよ」

 準導師は、泣いて、震えて、何か言いかけて、やめて、うずくまって、また泣いて、言った。

「……ごめ…なさい……ごめん、なさい……」

 しばらく伏して泣くのを聞いた後、ゲンゴロは無表情のまま「じゃあな」と告げて、階段を登り始めた。

 ハタタカは「手のヒビ、ちゃんと治すのだぞ」と言って下男を追った。



 ゲンゴロが準導師を待ったのは、慈悲ではなかった。彼の中にタタラを見ることもなかった。

 むしろ、ズタボロで向かってくる姿に自分を見た。

 その身も魂も汚しながら、碌でもないことしかできなくて、それでも何か成そうとみっともなく足掻き続ける、そんな自分の姿だった。

 あの準導師はこれから、ガラの掟による罰を受けるだろう。その前に話くらい聞いてもいいと思った。


 会話の内容をハタタカから聞き、コノワは言った。

「謝ったんですか? 本当に? けど、どうだか。あの性格で反省するでしょうか」

「オメェは謝りもしねぇじゃねぇか」

「君は最後まで失礼極まりない男だな! 私が何をしたという!」

「わかってねくて何よりだぁ」

 カンクロは一度だけ振り返った。

 そして、身体の重さを振り払い、階段を登り始めた。


「ここまでです。お疲れ様でした」

 門の前で、頭にかぶっていた頭巾や袋を取る。

「ふー…どうもありがとうございましたのだ」

 晴れた空が眩しい。

「はい、こちらこそ、ありがとうございました。さようなら、よい道行を」

 コノワが丁寧に頭を下げた。

 門を出る。

 急に、身体が羽のように軽く感じた。


 ハタタカが振り向くと、コノワが門の向こうから手を振ってくれている。

 その姿にカンクロを野蛮人と呼んだイヤさはなく、ちょっとだけ、いい人に見えた。

 だから「さよなら!」と思いきり両手を振りかえした。

 あるじを見て、下男も仕方なさそうに手を振った。

 コノワは素で笑った。


(了)

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