12
「呪文は効いたかぃ?」
窓から帰って来た勇者は、布団の詰め物をタンスに戻して自分が寝台に入った。
「すごく効いたのだ」
「そっか、よかった。朝からありがとうな。じゃ飯まで少し休もうぜ、勇者様も碌に寝てねぇだろ」
「え」
「起きてても腹減るだけだぜ」
実際ハタタカも眠かった。大人しく布団に入る。
「ゲンゴロ」
「おう」
「もう…動けなく、ならないか?」
ゲンゴロが呪いで動かなくなった時、とても怖かった。不死身でも、もう会えなくなることがあるんだと思った。
古の勇者は苦笑した。
「もしなったら、例の呪文唱えてくれ」
「わかったのだ!」
若き勇者は安心して眠りについた。
古の勇者は眠らずにいた。修練士たちの活動が増えるに従い、部屋の前をウロつく気配も増えたからだ。
コノワが朝食を持って勇者の部屋の前に立つと、扉が開いた。
「なんだアンタか、おはようさん」
全くこの下男は、元気になった途端にこれだ。無礼な付き人にウンザリしながら挨拶を返す。
「おはようございます。朝食です」
「やぁよかった、勇者様メシだってよー」
若き勇者は寝台から飛び起きた。
「アンタあんまり来ねえから取りに行こうと思ったとこだ。随分と賑やかだし、みんなの呪いが解けたお祝いでもしてたのかい?」
コノワは食事をテーブルに並べた。
「それもありますが…師長もお元気になられたので」
「そりゃよかった」
「その経緯でも大騒ぎなんです」
「へえ?」
「夢枕に勇者カンクロが立ち、己の怠慢を叱ってくれたそうです。ホンモノの勇者様を差し置いて、ここにも入れないだろう悪党が、そんなことするとは思えませんけど」
「へ〜不思議な話なのだ〜」
「ああ、人のこと叱ってる場合かよってな」
ホンモノの勇者様は、すっとぼける下男をジロジロと見た。
☆
勇者二人が食器を下げに行くと、師長が猫車に乗せられてやってきた。
荷物のようになってる師長様だが本人はご機嫌だし、師長を運んでるのは昨日からやたら話しかけられる準導士だったので、ゲンゴロは色々と微妙な顔をした。
「おはよう勇者様とその付き人よ。座ったままで失礼しますが、この度は本当に感謝しています」
「師長様おはようございます。お元気になられてよかったですのだ」
「いえいえ。さすがに足が弱っておりまして。車椅子もないので、若衆がこうして交代で運んでくれます。ありがたいことです」
「……よかったすね」
「付き人ゲンゴロよ、魔物に呪いを受けながら、呪いに打ち勝った上に解く方法にも気づいたとのこと。勇者ハタタカ様がいち早く皆の呪いを解いて下さった」
師長は右手を開き、二人の勇者にかざした。頭を下げて、古めかしくも最上級の敬意を込める。
「お二人がここに来てくださって、本当によかった。ありがとうございます」
「礼を言うのは早ぇだろ、まだ魔物使いも見つけてねぇのに」
「ゲンゴロ厳しいのだ」
「思ったこと言っただけだぜ」
厳しい下男は言い捨てて食器を返しに行った。実のところ、思ったことは言ってなかった。強がってなければ、自責の念で潰れてしまいそうだったからだ。礼を言われるような人間じゃないことは、自分が一番知っていた。
「勇者様」
師長が言った。
「魔物が発した呪いの言葉について、心当たりがございます。お二人で師長室においでいただけませんか。お見せしたいものがございます」
☆
派手に食器の落ちる音がした。
見ると師長に付いていたアギ老師である。ぎこちなくしゃがみ込むところに、ゲンゴロが近づいた。
「拾うよ」
「ああ、すまない…」
「ちょうど話もしたかったんだ。じいさん、アンタなんで師長に、ココで何が起きてるかちゃんと言わなかったんだ?」
老師は、拾いかけた匙をまた落とした。
「師長の一番そばにいて、動けないカシラに知らせるのもアンタの仕事のうちなんだよな?」
「わ、私は…わ…」
老師が顔を上げて何かを言おうとしている、その喉の奥でチカリと光った。
「‼︎」
食器を持ってて一瞬遅れた。
老師が吐き出したムカデを正面から受けて、ゲンゴロは弾き飛ばされた。
ただ、ここは水場である。
「暴れる理由をありがとよ」
ゲンゴロは、十手に流しの水を纏わせて水の刃を作ると、向かって来るムカデの牙と触覚を切り落とした。
『ハズレか』
真夜中の魔物に比べ、まるで弱い。体も半分くらいの大きさだ。おそらくある程度は自力で抑え込めていたのだろう、爺さん伊達に歳は取ってない。
「ゲンゴロー!」
ハタタカが駆けつけた。
「勇者様!」
牙の欠けた顎で、魔物が喋る。
「いちばんながくここにいるのに」
「拗ねてんのかよ」
魔物の顎を壊し、下男が飛び退く。
真っ直ぐ走ってきた真の勇者が、そのまま突っ込んで無言のムカデを灰にした。
「ん〜〜〜んっ‼︎」
ハタタカが、極々弱い雷のチカラを老師に注ぐ。医師が駆け寄った。
ハタタカの雷の力は、魔王のカケラを消せるが身体に負担もかかりやすい。命に別状はないが、静養する必要があると医師は診断した。
離れに運ばれる前に、老師は掠れた声で何か言って、気を失った。やっと現場に来れた師長が、遠くから悲鳴を上げた。
「老師はなんて言ったのだ?」
「『我が主人を正しい道に導きたまえ』…だとさ、勇者様」