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※虫注意
※(赤くないけど)ケガと出血注意
館内にいた人達に外に出るよう声をかけながら、ゲンゴロは階段を駆けあがった。
そして2階に着いた瞬間、右手から飛んできたカミキリに押さえ込まれた。
「わたしのせいじゃないのに」
そう鳴いた魔物に、右のオデコに噛みつかれ、ゲンゴロは踊り場に落ちる。下男の頭から黒い液体が噴き出した。
髪を顔ごと食おうとするカミキリの腹に水鉄砲を打つ。術をこめた水は、魔物の身体を貫通した。
衝撃で離れた顎に水鉄砲ごと押し込んで、今度は丸ごと爆破させた。
ハタタカは園に駆け込んだ。着く前から魔物の気配を感じたのだ。園から人々が逃げ出してくる。
と、魔物の気配が消えた。
若き勇者は、階段の踊り場で下男を見つけた。頭から墨を浴びたようになっているが、あるじの気配に、顔の右側を手で覆い起き上がった。
「ゲンゴロ⁈」
「悪ぃ、しくじった…倒しはしたが血ィ出しすぎて気失っちまった。顔どっかに落ちてねぇか?」
ハタタカは、灰の中に落ちていた顔の一部を、杖で引っ掛けて渡した。薄い皮膚のように見えて精密機械なので、ハタタカは触れない。
幸い、怪我人は誰もいなかった。
戦いでぶちまけた「黒インク」を、責任を持って掃除した下男は、そのまま浴室に叩き込まれた。
☆
アクアが目を覚ますと、子供たちを送ったバスが帰ってきたところだった。魔物が出たので早めに帰ったのだ。教堂師が同乗し、勇者様が車で追って守ったという。
アクアは、師長はじめ皆に頭を下げて回った。
ハタタカはハンタン(レトロ蒸しパン)の3個目に手を伸ばした。
「『わたしのせいじゃない』…と言ったのだ?」
「ああ。ありきたりなやつだな」
答えたゲンゴロの頭には、もう魔物に噛まれた跡は残っていない。
勇者とその下男は、近所の喫茶店にいた。二人とも昼ごはんを食べ損ねていたので、擬人達を教堂に残し食べに来たのだ。
魔物は一言だけ言葉を発することができる。魔物使いの魂が発する言葉なので、魔物使いを見つける手がかりになるが、今回のように定番じみたものもある。
「この前襲われた人、目は覚めたけど話はできなかったのだ。お母さん泣いてたのだ…」
「そうか」
ゲンゴロは左目を細めた。
「すまねぇ。魂の後を追っかけてりゃ、とっくにカタがついてたってのに」
「見えない方から襲われたら仕方ないのだ」
勇者の慰めに、下男はため息をついた。
「昔ぁこんなヘマしなかったがなぁ」
「愚痴がおじいちゃんなのだ」
「うるせぇ」
☆
勇者と下男が戻ると、子供の声が響く園は、祈りの場へと変わっていた。夜の祈りの準備が行われて、建物内にフワリと香の香りがする。
テマリ大陸を統べる三叉路の神よ、皆を良い道へ導きたまえ。
アクア助手は、ハタタカが教堂に入ってきたのを見かけて近づいた。
「アクア助手さま、お元気になられてよかったですのだ」
「ご、ご迷惑をおかけしました…」
周りを見るが、あの白髪男がいない。
「おひとりですか?」
「1号を探してるのだ…あ、ゲンゴロなら2号と屋根に登ったのだ。魔物がどこからどう入ったか調べたいって」
「そうですか…ああ、1号さんは先程、4号さんと交代なさってましたよ。台所にいらっしゃるかと」
ハタタカの擬人は全部で4体ある。場所も雷の力も使う為、大抵は2体づつ交代で動き、他の2体は低電力モードで休ませている。
台所へ案内する間、アクアは聞いた。
「あの、ゲンゴロ…さん、どういう方なんですか?」
「どーゆー…?」
「いえその、身元もわからない人を連れて歩いて、勇者様は大丈夫なのかと…」
勇者様はニッコリ笑った。
「大丈夫なのだ! 勇者のお仕事を助けてくれるって約束してくれたのだ」
「約束、ですか……でも…」
「ハタタカ様!」
4号が厨房から出てきたので、話はそれきりになった。
約束。
約束を守るのは善人だけではないか。
講堂の天窓が格子ごと壊れていた。
屋根の上にゲンゴロと擬人2号が立っている、その周りにも結構な破片が散っていた。
「魔物、ここからはいった」
「…出たのもココから、かもな」
「出た?」
「一度出て、また入ったんだ。外から来たみてぇに見えるように」
「なぜ、そんなことを」
答える前に、ゲンゴロは左目で見下ろした。講堂に誰かいる。
アクアは下男を見上げた。