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※(具体的描写はないけど)身体切断注意
擬人3号は考えを述べた。
『おそらく、元気を無くした修練師たちも、しっかり旧語を学んだ方々なのではないでしょうか』
「あ、うん、離れでゲンゴロみたいに旧語でお祈りしてたのだ。きっとそうなのだ」
逆にすぐ治った人たちは、旧語をよく知らなかったのだ。話を聞いた一人目は魔物の言葉をわかってなかったし、二人目はカンクロの旧語の祈りをわかってなかった。だから滅べという言葉が効かなかったのだ。
「…じゃあ、魔物使いは勉強できる人たちに恨みがあるのだ?」
『旧語を話す魔物など初めてのこと。断定はできませんが、その方向で調べてみてはいかがでしょうか?』
「うん、わかったのだ」
『また何かあれば、今のように連絡を下さい』
『我々は、常にハタタカ様の味方です』
『ハタタカ様、がんばって』
『しっかりご飯食べてお休みしてね!』
「ありがとうなのだ! 話せて嬉しかったのだ…おやすみなさいのだ」
ゲンゴロの手を、襟の石から離す。
通信が途絶えた。
杖の代わりにつけていた蝋燭も、だいぶ小さくなっていた。
ゲンゴロの手を、感電させないよう気をつけながら布団の中に入れる。
耐雷マントは厚いので体温なんてわからないはずなのに、手を放した時に少し冷えたような気がした。
ロウソクを消す。
ハタタカは、布団に入って少し泣いた。
☆☆☆
全ての罪を背負いテルテマルテに差し出されても。
広場で晒され髪を剃られても。
朦朧とした意識で、実験の名の下に延々と身体を切り刻まれても。
反政府組織に悪用されないようにと封印されても。
これが償いになるのか、わからなかった。わからないままただひたすら、求めに応え続けた。
どれだけ求めに応えても、誰も幸せになってないのは何故だろう。
カンクロは時折、親がしていたように三叉路の神に縋った。しかし、納得していたわけではなかった。
信仰が、神が、本当に正しい道に導いてくれるというなら、なぜ敬虔な親は灯台ごと爆破されなければいけなかったのだろう。タタラは魔王になってしまったのだろう。
何もかもわからないまま、ひたすらもがき続ける百二十余年。
闇が、ムカデの言葉を繰り返す。
悪しき民よ滅べ。滅べ。滅べ。
好きにしろ。それが願いなら。
カンクロの意識は、闇に潰されるがままに、曖昧になっていった。
誰かが泣いている。
意識が、形を取り戻した。
ハタタカ?
請われるままに、手を汚して。
請われるままに、手を貸して。
請われるままに、手を離した。
ずっとそうしてきた。それが最善の道と思って。
だが、ハタタカに助けてほしいと請われた時は、少し違った。
初めて決めた、自分の意思で。自分が望んでも叶わなかった『本物の勇者』を見たい、と。
ガラ古文書修練堂にも、勇者を助けるために、自身の意志でついてきた。己を断罪するためじゃない。
なのになんだ、この体たらくは。
何もせず言われるがままに潰されている。死にもしない体で。
そうだ、死にもしない俺に滅べだと? それが神の指し示す道か⁈
段々と腹が立ってきた。
長年見当違いをしていた自分にも。
ガラに入る前にハタタカに言ったことを、自身が一番わかっていなかった。
ムカデが笑って、神の言葉を投げる。
悪しき民よ滅べ。滅べ。
カンクロは、旧語で言い返した。
だったら俺を死なせてみろ!
☆☆☆
「わっ!」
ハタタカは大声に驚いて飛び起きた。
部屋はまだ暗い。
「あ」
ゲンゴロが、ハタタカの方を見て薄く笑っている。
朝日のようなハタタカの顔に、ゲンゴロは左目を細めた。眩しい。
「…はは、おはよ、勇者様」
ハタタカは寝台から飛び降りた。
「大丈夫か? 大丈夫か!」
「わかんねぇ」
目は覚めたが、身体が恐ろしく重い。
だが頭は働いていた。
「なぁ勇者様、起き抜けに悪ぃんだけど…」
「なんだ? なんでも言うのだ」
「ちょっと頼みごとしていいかぃ?」