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7

 ハタタカは目を覚ました。魔物の気配がする。

 ゲンゴロは、上着を脱ぎ脚絆を外し、黒い服に黒い布を頭にかぶった影のような姿で扉に寄りかかっていた。小さな水筒を抱えている。

 目を閉じていたが、ハタタカが杖に光を灯すと薄く笑った。

 ハタタカは上着もマントも袋もそのままで寝ていた。魔物が出るときにモタモタできない。

 出来るだけ静かに寝台から降りた。


「明かり消しな」

 ゲンゴロに言われて、杖から雷を抜いた。何も見えなくなったが、杖が掴まれ引く感触があった。かすかに扉が開く音がする。

「俺が手ェ離したら、点けな」

「うん」

 引かれるまま歩く。


 魔物が近づいてきている。

 カケラの気配はわからない。魔物を吐き出してすぐ、魔物使いの体内に引っ込んでしまったのだろう。

 魔物は、魔物使いの情念の一部。倒した時に魔物使いに魂が戻る。その時に追いかけるしかない。


 ゲンゴロが止まった。

 修行者たちの部屋へと続く回廊の一角。

 ぞわぞわ。ぞわぞわぞわ。

 変な足音が近づいてきている。

 どこだろう。足音が多すぎて、何匹いるかハタタカにはわからなかった。

 だがゲンゴロは、まだ杖を持っている。姿は見えないが杖は揺らがない。きっと魔物の動きがわかってる。

『魔物の場所は、ゲンゴロに任せるのだ』

 杖に雷を通す合図に集中した。


 ぞわぞわぞわ、ぞわぞわぞわぞわ。

 不意に、ゲンゴロが杖の先を真横に投げた。

「‼︎」

 杖に流した雷が、巨大なムカデの顔にぶち当たって弾けた。



「…っは!」

 ハタタカの電撃は、ムカデの顔半分を吹き飛ばしたが、トドメはさしきれなかった。狭い廊下で体を捻り逃げようとする。

 慌てて顔の半分に、今度は杖に全力の雷を込めて打ち込んだ。


 全身が崩れ灰になったムカデの中から、光が浮いて飛んでいく。ムカデの魂だ。追った先に魔物使いがいる。


 背後から爆発音がした。

 ムカデが水蒸気爆発で一匹消え、もう一匹がゲンゴロと戦っていた。空の水筒をムカデに投げつけ、腰に差した十手に変える。

 加勢しようとするハタタカを制して怒鳴った。

「行け!」


 その時。

 魔物がなにか言った。

「わーのーおーどーわーどー」


 まず十手が。

 次にその持ち主が。

 音を立てて床に転がった。


「ゲンゴロ⁈」

 何が起きたのだ?

 ムカデは虫の顔でニヤリと笑った。


 魔物は動かない男に近寄ったが、ハタタカが駆け寄るのを見て、闇の中に逃げた。


「ゲンゴロ!」

 反応がない。大きく開いた目は、何もない闇を見たままだ。

 ムカデも、ムカデの魂も、どこかに行ってしまった。

 何もかも失敗してしまった。



「何がありました?」

 夜中に叩き起こされた医師は、それでもゲンゴロを診てくれた。

「わかりませんのだ…魔物が何か言ったら急に倒れたのだ」

「意識も戻らないの、うーん…今までの被害者より症状が重い。脈も非常に不安定だ」

 病院への搬送を提案されたが、ハタタカは断った。断るしかなかった。


 ゲンゴロも不死身の勇者だ。例え頭や心臓が潰されても死なない体だ。

 なのに、なぜ?

 魔物に何をされた?

 それを相談できる唯一の人間が動けなくなっている。


「皆様ありがとうございましたのだ…退治できなくて、ごめんなさいなのだ。明日かならず倒しますのだ」

 夜中の大捕物で目を覚まし、ゲンゴロを部屋まで運んでくれた修練堂の人々と医師に、ハタタカは頭を下げた。

 皆一様に若き勇者を労ってくれたが、部屋の外で「あんな子供じゃあ」と誰かが言うのが聞こえた。



 カンクロの意識は、闇と光の交差点でもがいていた。

 周りで何が起きているかは聞こえていた。だが指一本動かせなかった。カルカナデ旧教徒の彼にとって、あのムカデが発した言葉は途轍もなく重く強い呪いだった。

 自分の罪業はわかっている。幾ら苦しんだって構わない。

 だが、その前にせめて、真の勇者に光を。


 その時。

「あんな子供じゃあ」

 勇者への言葉に対する怒りが、闇の重圧を少し緩めた。



「……み」

 ゲンゴロの唇が動いた。

「‼︎ 」

「みみかざ…り」

「え」

 それが精一杯だった。

 古の勇者の意識は、自分の罪に潰された。

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