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本来なら食堂で揃って食べる慣例だが、女性が皆の前で袋を取るのは規律に反するからと、ハタタカだけ部屋で食事をとるように言われた。
「俺ぁ勇者様と一緒に食うよ」
誰かに何か言われる前に、ゲンゴロは二人分のパンとスープを盆に載せて、部屋に向かった。
☆
部屋に入るともう薄暗い。
ハタタカが杖の先に雷を集める。光って明るくなった。
「ちょっと待ってな、蝋燭探す」
「ロウソク使わなくても大丈夫なのだ」
「それじゃオメェがメシ食えねぇだろ」
ゲンゴロは、若き勇者の袋の端をつかんで取り、ハタタカの杖の先で、見つけた蝋燭に火をつけた。慣れた手つきで燭台に立てる。
「まだ動きにくいかぃ」
「うん、ちょっと…ゲンゴロはどうして動けるのだ?」
「俺ぁ悪人だからな」
悪人は勇者のために食事の支度をした。
「どうして悪人なのに動けるのだ?」
「それがここの本当の決まりだからさ。あったかいうちに食いな」
「…うん。いただきます」
勇者はスープをすすった。
「ナァカ・ハン。…百年前、俺だけガラに入れなかったって言ったろ。でも、本当に悪を拒むならそんなわけねぇんだよ。だってあの時もう、俺ぁ魔王と旅してたんだから」
そう。
勇者カンクロとともに魔王討伐に向かった仲間の一人・若き神官タタラ。
喉の中のカケラを巧妙に隠していた彼が『魔王』だった。
後の調査でタタラは、ガラの前に立ち寄った街で男女三人を手にかけていたことも判明している。
「あ」
「な? つまり、聖域が拒むのは、悪でも罪でもカケラでもねぇってこった」
ゲンゴロは小さくちぎったパンをスープに落とした。
「アイツと俺で違ったこと。
……アイツぁ、コレぁ正しい、ってよく言ってたよ」
『カンクロ。
僕らは、同じものだ。
正義のために犠牲は必要だ。僕らにはそれを行う力がある。君も正しい。何も悔やむことはない…』
『…正しい、か……』
ぽとり。ぽとり。
ちぎったパンを次々スープに落とす。
『どこがだよ』
ずん、と、強烈な重みを感じて、古の勇者は我に返った。
パンのカケラがスープを吸って膨れている。混ぜこぜにして飲み込んだ。
「つまりだ。なにやらかそうが、悪いこと考えようが、正しいと思ってりゃ平気なのさ。若衆のやつらが平気なのとも、辻褄合うだろ?」
「え〜…じゃあなんで今まで、悪を退けるって思われてたのだ?」
「そりゃわかんねぇけど……最初にココに来た奴が、いい奴だったのかもな」
☆
ハタタカが感嘆の声を上げる。
汲んできた少ない水の、更にちょっとを使って、ゲンゴロが器用に皿をすすいでいた。水使いはこんなこともできるのか。
「こんなん見て楽しいかぃ」
「うん」
若き勇者は目をキラキラさせた。
「…そうかぃ」
はるか昔、自分も母と似たような会話をした……が、いま思い出すと潰れる。
使った水を、中身が腐った甕にぶち込んだ。
身体が重い。話を変えた。
「離れの坊さん方が唱えてたやつな」
「うん」
「ありゃ、神様からなんか言われた時に、人々が反論した時の言葉なのさ」
「なんか…って、なんなのだ?」
「『なんか』さ」
部屋にあった教典をめくる。
「ここだ」
教典は古い本で、書体も古い。テマリ新語であってもハタタカには読みにくかった。
旧語の文章の途中、ポッカリと空いている。
「…なんで書いてないのだ?」
「さぁ。俺の頃もこうだったぜ。ここの本にも書いてねぇなら、本が書かれた頃からこうなのかもな。あんまりひでぇこと言われたから書き残せなかったって話も聞いた。
けど、もしかしたら…ここで起きてるみてぇに、なんかの呪いの言葉だったのかもな」
カンクロは盆に皿を載せた。
「皿返してくらぁ。勇者様は…」
「私も行くのだ」
袋をかぶると視界が悪い。しかも暗い。でもこれに慣れないと、ここで魔物と戦えない。
それに、ひとりの時にまた導師たちが来たら。さっきはカンクロが追い出してくれたけど、ひとりの時に来られたら、どうすればいいのだろう。
「前見えっか?」
「歩いて慣れるのだ」
と言った側からコケそうになる。
「杖の端でも持とうか?」
「大丈夫なのだ」
「そうかい、じゃ頑張んな」
『眩しいこって…』
若き勇者が起こした光で、自分が作る大きな影をなるべく見ないようにして、古の勇者は部屋を出た。