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 老修練師はアギと名乗った。ガラで一番長く修行しているという。カンクロのように鼻が大きい、北の民の顔立ちをしている。

「二十年前、不況と共に寄付も収入も減り、ここの存続も危ぶまれた時のことです。とある資産家から資金提供と引き換えに、放蕩息子を引き取ることになりました。聖域で心を入れ替えてほしいとの親心でした」

「親心ねぇ」

 ゲンゴロが戸口から呟いた。邪魔者が来ないように、扉に寄りかかっている。

 たっぷり当てこすりたかったが、親心で娘を追い出したらしいハタタカの父親を思い出して、口をつぐんだ。若き勇者も袋の中で顔を曇らせた。

「そのことが噂になり、資金と引き換えに息子を預けに来る者が増えました。おかげで古文書修練堂は存続できましたが、ガラの治安は乱れました。若衆の彼らは…」

「悪さしても動けるんだろ」

老人は目を丸くした。

「…なぜ、わかるのですか」

「俺も動けるからさ」

 アギ老師はゲンゴロをまじまじと見、黙考し、彼の更生を丁寧に寿いだ。前科者は渋い顔をした。

「その通りです。彼らはなぜか、どんな粗相をしようと聖域の影響を受けません。そして、影響を受けなかったことで『赦されている』と確信し、更に増長していきました。

 そして魔物の呪いまで…これは、聖域を汚した神の怒りかもしれません…」

 アギ老師は袖で顔を覆った。

「でも、師長様はなにも言ってなかったのだ…?」

「若衆の前では言えません、彼らを受け入れたのは師長様なのですから。今、師長様は、まるで彼らの代わりのように一身に罰を受けております。この一年、お一人で歩くこともままなりません。話すことすら苦痛のはずです」

 先程の会見を思い出し、勇者二人の心身は少し重くなった。


 老師が去る前に、ゲンゴロが聞いた。

「アンタ魔物に会ったかぃ?」

 老師は口を開きかけ、閉じ、また開いた。

「いえ。なぜ?」

「カケラの魔物は一言だけ、言葉を話せんだ。それがわかりゃ魔物使いを見つけやすいのさ」

「存じませ…こ、此度の魔物は呪いをかける、とは聞いてます…軽傷の若衆は、変な鳴き声がしたと言っておりました。呪われた者たちは何か聞いたかもしれません。離れの医師に聞いてみてはいかがでしょうか」

「そっか、ありがとさん。よい道行を」

「ありがとう、お二人もよい道行を」

 老師は勇者の部屋を去っていった。



 修練堂付きの医師は、離れの建物の前で、面会要請に思案した。

「そんなに重傷ですのだ…?」

「ケガより、予後がおかしいのです」

「?」

「ケガは大したことないのに、体力を失っていくのです。何があったか、聞いても決して話さない。食事が取れるのに食べようともしない。なにか…祝詞ですか、私にはわかりませんが…唱えながら弱っていく。

私は呪いなんて信じてませんので、今、毒か感染症の可能性も考えて調べてま…」

 建物から歌うような声がした。

「これです。しょっちゅう唱えてて」

「ふぅん…『神よ、我らはそれほどに道を間違えたのですか』『我々はつねに右を進みました』教典の崩壊再生記の一節だな」

 ゲンゴロが言った。

「教典?」

「崩壊再生記の章は、神との会話ぜんぶ旧語で書かれてんだ。所々変だけど、新教徒は旧語なんて使わねぇもんな。しゃあねぇ」

 古のカルカナデ旧教徒は、窓から中を覗いて左目を細めた。

 大広間に十数人いる修練師の、年齢もケガの程も様々だったが、皆軽傷のようであった。

 しかし一様に顔に生気がなかった。苦悶の顔、悲しみの顔、泣いているものもいた。

 百年前、魔王のカケラと敵国、ふたつから急襲された時によく見た顔が、そこにあった。

 絶望。


 ゲンゴロが腰に挿してる十手を見て、医師が聞いた。

「勇者様、お付きの方も神職ですか」

「え⁈ あ、えーっと」

 若き勇者は「彼は強火の宗教オタクなのだ」と言って誤魔化した。



「夜中にいきなり天井から飛び掛かられました。危うく噛まれそうになったけど、殴ったら逃げたんで、あちこち擦りむいただけで済みました。デカいムカデでしたが、俗世のゴロツキより怖くなかったな。足が多いせいか逃げ足も早くて。呪いについてはわかりません」

 勇者二人は、「すぐ治った」準導師のひとりに話を聞いていた。入門して数年の、いわゆる「若衆」らしいが、先程勇者を見に来た奴らとは違い世慣れている。

「なにか言ってませんでしたのだ?」

「ああ、魔物が一言喋るってやつですね。でも何も。わーうー鳴いてただけです」

「そうですか…ありがとうなのだ」


 もう一人、こちらも若かったが「若衆」ではなかった。

「ここならやっと穏やかに生きられると志願して来たのに、己の罪深さを知りもせず、私の勤勉を嘲笑う者ばかり…そのうえ魔物に呪い騒ぎ…そりゃ確かに私は語学も神学も成績は芳しくないですが、そもそも彼らの妨げがなければ私はここの頂点に立つことだってできる…」

「自省は後にして、魔物に襲われた時のこと聞かせてくれや」

「きみ、勇者様に仕えて聖十手を持っているからといって、いい気になるんじゃない。人の話を聞きたいなら謙虚になるべきだ」

「あー…おう。ノ・ナカナン・カム・カテラト・タラ・ナン((三叉路の)神よ私を忍耐(の道)に導きたまえ)」

「何を言ってるんだ。人と話す時はハッキリものを言いたまえ。大体きみは発音が良くない、田舎者こそ標準語を学ぶべき…」

 お小言を聞いてる途中に、夕食の鐘が鳴った。

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