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三人はガラ古文書修練堂教導師長・メラニの前に跪き、頭を下げた。
「ご足労感謝します。
この聖域に魔物が出る事態に、我々だけでは解決の道筋を見いだせずにいます。十三人の同志が魔物に傷つけられました。どうか勇者様…」
「十三人?」
勇者二人は思わず、頭も声も上げた。
「無礼者、師長様の御前で…」
「よい、コノワ。お前も頭を上げよ。何か?」
「…おそれながら」
ハタタカは居住いを正して答えた。
「私たちは依頼を受けて、ハナオからここへ一晩かけて駆けつけましたのだ。2日でケガ人が3人と聞いてたから…一晩で急にたくさんの被害が出たのですか?」
「対魔庁に依頼の手紙を出したのは十五日前です。ここの集配は十日に一度。時間がかかったのでしょう」
「おい待て」
ゲンゴロを咎めようとしたコノワを、師長は目で制した。
「門にゃ通信機があるはずだろ、なんで使わねぇ?」
「よくご存知で。門に電話はありますが、客人用です。我々が使うことは規律で許されていないのです」
「仲間がやられてもか」
師長は悲しげに微笑んだ。
「だから勇者様を呼びました」
色々聞きたいことがあったが、師長に付いていた老師が、一方的に面会の終了を申し渡した。
☆
「腐ってら。だらしがねぇな」
古の水使いは、水甕を覗き込んで顔を顰めた。
それは雨漏りを受ける甕だとコノワが返した。
「絶対飲まないように」
「飲まねぇよ。俺を誰だと……」
なぜか途中で勢いが落ちた下男を、コノワは面倒そうに見た。
勇者二人は、準導師のための空き部屋に通されていた。
「本来ならば、現代設備が入った来客用の離れを使って頂くのですが、今そちらは傷病者のために使っています。俗世の方々には不便でしょうが」
「いえ、何かあった時に駆けつけやすくて、助かりますのだ」
「恐れ入ります。あと5分ほどで我々は祈りの時間になりますので、30分ほど部屋から出ず、お静かになさっててください。皆から話を聞くのはその後にお願いします。では後ほど」
コノワが扉を開けると、扉の前に群がっていた準導師達が一斉に逃げていった。
「来る途中に井戸があったっけ、ちょっと水汲んでくら。勇者様は休んでな」
「でも、部屋から出るなと…」
「5分もかからねぇよ。鍵かけときな」
古の勇者は桶や水差を手に飛び出していった。なんであんなに元気なのか。
「ふぅ」
山を掘ってできた街は意外に涼しかったが、やっぱり袋は暑かった。
『誰もいないから、取ってもいいかな…?』
ハタタカは人の気配に手を止めた。
誰かが、扉の前にいる。
「どなたなのだ?」
声をかけたが、返事がない。
しばらく扉の前を彷徨いてから、気配は去った。
百年前を生きていたカンクロにとって、井戸の水汲みはむしろ故郷の日常だった。素早く桶を満杯にする。
「上手ですね」
若い準導師が感嘆し、近づいてきた。
「昔やったことあんだ」
「あなた、北の民ですね。信仰はやはり、北部新教ですか」
「ん、まぁ」
さすがにカルカナデ旧教とは言えない。濁した。
「その腰の聖十手は北部新教のですね。でもデザインは中央新教っぽい」
「中央の坊さんに託されたのさ。コレで勇者様を守れって」
「興味深いですね、北部の武器をテマリ新教の導師から受け取るなんて。あなたの話を伺ってみたいです」
準導師が顔を覗き込んだ。若い瞳を好奇心で輝かせている。
「勉強熱心だな」
「ええ、とても興味があります」
「時間がありゃ話すよ。じゃ」
腰の十手にのびた手を自然にかわして、ゲンゴロは桶と水差を手に部屋へと走った。