ガラの呪い1
山道を走る一台の車。勇者ハタタカとその仲間たちだ。いつもはオープンカーでゆっくり走るが、今日は屋根をつけて全速力で走っている。
悪を拒む奇跡の聖域・ガラ古文書修練堂から、手紙で魔物退治の依頼があったという。対魔庁からメールをもらい、慌てて駆けつけるところだった。
勇者の下男・ゲンゴロが尋ねた。
「なんでガラで魔物が出んだよ。悪者も魔物も退ける聖地だろ」
テマリ大陸には、大地に降り注ぐ魔王のカケラの影響で、不思議なチカラを持つ土地が出来ることがある。炎使いだけ入れない、草が生えない、術が一切使えない……などなど。益のある土地を聖地、不利益な土地を疫地と呼ぶ。
ガラは、そんな特殊な地帯のひとつだった。悪いことをした者は、体が重くなり動きにくくなるという。そのチカラを利用し、信仰と研究保存のための施設ができた。
「ゲンゴロ、知ってるのだ?」
「昔、次の街に着かないうちに夜になっちまって、宿を借りに行ったことがあんだ」
「……入れたのだ?」
ハタタカは思わず聞いた。今は勇者の下男をしているこの男、百年以上昔に勇者の印を受けた頃は殺し屋をしていたからだ。
「他の奴らはな。俺だけ門から一歩も進めず門前で野宿さ。あん時ゃ、勇者の印は元々魔王のカケラだからだろう、ってごまかしたけどよ」
思えば、まだ皆がお互い正体に気づいていない、ある意味平和な頃だった。久しぶりに取り出した記憶が、古の勇者の心に爪を立てる。
「興味深い話だ」
歴史マニア擬人3号が口を挟んだ。
「正史にそんな記録は残ってない。ガラの内部記録にはあるのかもしれないが、私が見る機会は無い。残念だ」
1号も言った。
「そうですね。今回は、ハタタカ様お1人で退治に行かなければなりません」
「えっ?」
「ガラは聖域。古文書の研究のため、書物が書かれた当時の暮らしと規律を守り続けています。そのため擬人も電信板も持ち込み不可です。ゲンゴロ様は我々と一緒に隣町で待ちましょう」
「……俺だけ…?」
「?」
古の勇者はそれきり黙って、何かを考え込んでいた。
☆
ハタタカは普通にしていたが、心は不安で揺れた。
ひとり。
擬人が誰もそばにいないなんて、勇者になって初めてのことだった。いつも雷から市民を守ってくれた。ひとりで行って、誰かを傷つけてしまわないだろうか。
ガラの大門と、その後ろの崖が見えてきた。目指すガラの古文書修練堂は崖の上にある。
「俺も行く」
古の勇者が、出し抜けに言った。
「え? でも…」
「無理なら諦めっけど…たぶん、今度ぁ入れら」
カンクロの左目が、ハタタカを真っ直ぐ見た。
「俺ぁ昔から、何のために手を汚すのか忘れたこたぁねぇ。今回も、何のためにガラに行くのか、決して忘れねぇ。オメェもしっかり覚えときな。そこがブレなきゃ大丈夫さ」
言ってる意味はわからなかったが、カンクロの無表情もブレなかった。真面目に話してるのだ。
「うん」
ハタタカの胸のザワつきが少し収まった。
門前で、係員に車を止められた。
「擬人と車は門前の駐車場でお預かりします。携帯電話・通信板も置いていってください」
二人の携帯電話を1号に渡す。下男が言った。
「勇者様、その耳飾り片方渡してやんなよ。離れてても大事な仲間だって証になる」
「う、うん」
擬人がいなくて不安な気持ちを見透かされた気がして、恥ずかしかった。右耳の赤い石を外して、1号に渡す。
「ハタタカ様、今回はお側にいられませんが、我々は常に貴方の味方です。ご武運を」
四体は、車に入って低電力モードになった。