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ハタタカは、ゲンゴロに園で留守番を命じた。
「んだよ、なんか話聞きに行くんだろ? 護衛すんぜ」
「強い2号も連れてくからいいのだ、ゲンゴロは皆んなと楽しく遊んでればいいのだー」
「なんでぇそれ」
「イーだ」
勇者様は一層ムクれて、擬人二人を連れて行ってしまった。
車を運転している擬人1号が聞いた。
「ハッキリ『また園に出るかもしれないから守っててほしい』とお伝えした方がよかったのでは?」
偉大なる勇者様は、まだムクれていた。
「言わなくても、ゲンゴロなら絶対守ってくれるからいいのだぁ」
どのみち残すつもりだったといえ、ハタタカは面白くなかった。人が仕事してる時に、楽しそうに鬼ごっこして!
「それもそうですね」
擬人1号は、まだ不機嫌に足をパタパタ振っている主人に言った。
「なんだかんだ言って、あの方も『勇者』ですから」
「…っつーわけで置いてかれたんだけどさ、なんか仕事あるかぃ?」
「なぜ私に聞くのですか?」
アクアは顔をしかめた。
「アンタが一番働いてっからさぁ」
☆
ゲンゴロはアクアの下について働いた。お遊戯の下準備。術のお稽古の下準備。お片付け。子供達の相手。実技の時は先生方の補助。終われば片付け。
「アンタ術の先生はしねぇのかい?」
「できません」
アクアは師帽子をずらした。短い赤毛がまばらに生えているだけの頭。
「…ジキ熱かい」
「はい」
ジキ熱。高熱と脱毛を引き起こす病気で、髪が抜けた患者は意識障害が長く残り、また術も使えなくなる。
「予防接種を打ってないと、後から親に聞かされました。大学校も中退したので、資格も持ってません」
病室で両親は散々咎めたらしい。乳児のうちに規定の予防接種を打たせなかった自分達の責任を棚に上げて。脱毛性意識混濁で覚えてないことが、唯一の幸運だった。
「そうかい…悪魔に脇道に引っ張られちまって大変だったな。アンタならいい先生の道も歩めたろうに」
狼ではなく悪魔を引き合いに出す古風な物言いだ。だが気を遣った言葉であっても、ジキ熱の話はアクアの傷を擦り意識を混濁させた。
ので、その度に自分に言い聞かせることを、今また口にした。
「神様は向き不向きでお導きはしません。でなければ北のカンクロだって勇者にはならなかったでしょう。例え狼に追われても、大事なのは進んだ先で何をなすか、です」
北のカンクロ。百年前の勇者だ。
今はなき北国・カルカナデの殺し屋だったが、右眼に刺さった魔王のカケラが彼を『勇者』にした。魔王を倒したのちも不死の呪いが解けなかったので、髪を剃られテンデ山に封印されたと記録されている。
勇者の下男は左目を細めた。
「違ぇねえ」
☆
オオカミキリの魔物に襲われた教堂保育士は、まだ集中治療室にいた。ハタタカは被害女性の母から、髪を一部毟られて意識が戻らないという、涙ながらの説明を受けた。
「夫が蒸発して…日々の暮らしもギリギリな中頑張って、やっと念願の教堂保育士になれたのに…どうしてこんなことに…!」
「なにか恨まれるようなことはなかったのですか?」
「聞いたことありません。先輩方はみな優しくて、良くしてくれていると…なのに、どうして…」
そのとき看護師が来て、彼女の意識が戻ったと伝えた。
「こういうこと、よくあんのかい」
「しょっちゅうですよ」
先程気を失ったアクアを部屋に寝かせてから、ゲンゴロは広場に戻り、お遊戯あとの片付けをしながら教堂保育士たちと話していた。
「ジキ熱の後遺症もってんなら辞めてほしいよね。こっちはいい迷惑だよ」
「子供に何かあったらどうすんのさね」
「まぁ、こうやってすぐ寝かせられるから住み込みが便利なんだろうけど」
部屋には教堂保育の資料や教本が山のようにあった。たとえ資格は取れなくても、必死で夢にしがみついているのだろう。周りを巻き込みながら。
急にゲンゴロが、お稽古用オモチャの水鉄砲に水を入れはじめた。一丁を腰に差し、もう一丁を手にする。
「あ、それは水を抜いて」
「子供らと広場の向こう行ってな」
「え?」
下男の口調が静かに変わった。
ゆらり、と建物に向かい走る。
「⁈」
屋根の上に揺れる大きな触覚を見て、教堂師たちは一目散に言われた通りにした。