3(終)
扉の外でずっとうろついてる気配に、カンクロはため息をついた。
「用があんなら戸ォ開けな」
おずおずと扉が開いて、ハタタカが顔を覗かせた。
「あ…あの…」
「さっきの話なら、お前は悪くねぇ。忘れろ。食卓と電話は、その…俺が悪かった。その分は働く」
あの後、すぐ別の電話に連絡が来て、ミシマはハタタカに非礼を詫びた。そしてカンクロには、
『北の民は昔も今も交渉が下手ですね』
してやられた。一番大事なところで。
「あの…ごめんなさいなのだ…」
「だぁから、おめぇのせいじゃねぇっつっ…」
イラつく声と気持ちを、カンクロは途中で引っ込めた。小さな勇者は泣き出した。
「魔王から『種』を取ったら、あげますのだ」
「滅多なこと言うんじゃねぇ。それがどういう意味か、わかってんのか」
カンクロは声にドスを効かせて牽制したが、ハタタカは止まらなかった。
「あげるから…助けてほしいのだ」
「あぁ?」
「私は…雷の力が強いから…強すぎるから、うまく戦えないのだ…周りの人にもケガ、させるのだ…軍の雷使いの人たちも、お仕事できなく、させてしまったのだ…イヤなのだ…。
母上も、私のせいで、寝たきりなのだ…こんな力、嫌いなのだ…」
母を思い出して、ハタタカはもっと泣きそうになった。でも、踏ん張った。
母のような人を増やさないため、この人に必ず助けてもらわなきゃいけない。カンクロを真っ直ぐ見た。
「でも、勇者になった、から…このチカラ、役に立てたいのだ…お願いなのだ、助けてほしいのだ。戦い方を、教えてほしいのだ…!」
古の勇者は、先程までの強面を引っ込め、無表情に今の勇者の視線を受けとめた。このガキにコケ脅しは効かない。
「俺ぁ水使いだ。雷は使えねぇ」
「でも、魔物との戦い方を、知ってるのだ…」
「ああ知ってる。魔物でも人間でも俺は殺せる。今オメェが泣きついてんなぁそういう奴だ。わかってんのか」
静かな声だったが、静かすぎてハタタカは怯んだ。
「わ、わかってる…こわいのだ…こわいちからなのだ…でも、不死身なら、私と一緒に、いられるのだ…怪我させずに、一緒に戦えるのだ…私は、人を傷つける使い方なんか、絶対しないのだ…覚えた戦い方、で…みんなを助けたいのだああ‼︎」
「……そうかよ」
幼い。
そして、眩しい。
カンクロは、これ以上テルテマルテの好きにされるのは御免だった。
だが同じくらい、目の前の子供を生贄にするのも御免だった。
本物の勇者の魂と未来。
カンクロが持つことも与えることも叶わなかったものを、ハタタカは持っている。
償いではない。善の心でもない。
ただカンクロの中に、小さく芽生えたもの。
『「本物の勇者」を、見てみたい』
「いっぺん試させろ」
ハタタカの手を握る。
瞬間、カンクロに雷が流れ、右腕も裂けた。勇者の印は、重傷ほど早く治す。すぐ蘇生した。
「あ……‼︎」
「心配すんな、なんともねぇ。勇者同士でも不死身のままってこったな」
雷がくるギリギリのところに手をやり、小さな勇者の涙と鼻水を飛ばす。
「仕方ねぇ、手伝ってやる。だが魔王の『種』はお前が使え。代わりに、俺が死…真人間に戻る、他の方法を探すから手伝え。それで手ぇ打つ。いいな?」
それは、雲間から光がさすように。
「……いいのだ!」
「よし」
何が『よし』かは、言った本人にもわからなかった。
運命の道を示す三叉路の神よ。
いかな障壁に阻まれようと、この小さな勇者を正しい道に導いて下さい。
古の勇者は、ささやかに祈った。
(了)