6(終)
対魔庁の勇者担当職員・ミシマは、眼鏡の奥から白髪の男を睨みつけた。
「軽率な真似をするな」
「そりゃすまねぇ。服一枚譲るのに対魔庁の許可がいるとは思わねぇでよ」
睨まれた方は気にする様子もなかった。
「あのサーラだかの家にいた奴らに聞いて来たのかぃ?」
「そうだ。ちょうど職員が現場に着いていてよかった」
「そっちか? コイツと仕事してた奴らじゃなく」
「え?」
目の前の光景を呆然と見ていたジュアンは、指をさされてビクッとなった。
「コイツの周りにいた奴らの中に、オメェの手下みたいな動きをする奴らが何人かいた。魔物が出た時も人を逃す手際がやけに良かったんで助かった。てっきりオメェらが忍ばせてんのかと思ったんだが」
ミシマは表情を変えなかったが、返事をするまで時間がかかった。
「なぜ対魔庁がこの人物を見張る必要がある?」
「さぁな。けど、コイツは何度も対魔庁に要請だかしてるって言ってたぜ。名前くらい知ってんだろ」
ミシマは返事をしなかった。
「そういやコイツ、カケラは取ったはずとも言ってたっけ。おっかしいよなぁ、今の医学でカケラを見落とすなんて。でもオメェら対魔庁なら背中に仕込むくらい、しそうだもんなぁ」
「彼にそこまでは」
言って、ミシマは珍しく少し顔をしかめた。カンクロは珍しく口の端を上げた。
☆
「はー……」
「ため息は止めてくれませんか。気が滅入る」
助手席でグッタリしてるジュアンに、運転席のミシマが言った。二人は今、対魔庁支部に車で向かっている。
「落ち込んでるわけじゃ……いや落ち込んでるか、夢にまで見た下着……ああ、嘘だろ……!」
先程。
状況をやっと飲み込んだジュアンは、カンクロにしがみついた。
「下着! カルカナデの下着は! あなたはどんな下着を⁈」
カンクロはジュアンを荒っぽく剥がしてから言った。
「中の民のやつ使ってら」
「そんなバカな‼︎」
「北の下着は手間ぁかかって旅に向かねぇからさ。特に下。ションベンすんのに一々チ……あー……えーとだな」
古の勇者は淑女ハタタカに気づき、言葉を濁し、紙に描いて説明した。紙を覗こうとするハタタカは、2号が抱えて遠ざけた。
テルテのものでも古い下着は珍しい、封印時に着ていた下着が欲しいと懇願したが、擬人4号の「あんなボロい下着、とっくに捨てちまったよ」という一言に、ジュアンは倒れた。
☆
「勇者直筆の下着絵がもらえて良かっただろう」
「下品な落書きと紙一重ですけどね……しかも、公表しちゃダメなんでしょう?」
「今はまだ。だが、いつか必要になるかもしれない。内密に研究は続けてほしい」
ミシマは内心複雑だった。テンデ山とカンクロにやたら執着する人物が、とうとうゲンゴロに会いたいと言い出した。で、調べていたが、まさかこんなことになるとは。間者をカンクロに見抜かれていたのも参った。腐っても元殺し屋・元勇者、だ。
この服飾研究家には、魔物被害の罪状軽減と引き換えに協力してもらうことになった。対魔庁はカルカナデを知る必要がある。
ジュアンは膝に乗せた箱を見た。カンクロのタラントが入っている。
対魔庁の出方を見るためにタラントをやるフリをしたのか、と聞いたミシマに、カンクロは薄く笑った。
「……いや、タラントは本当にやるよ。正しく残せれば勝ちだっつうから。刺繍まで読めるんだ、オメェにゃそれが出来るんだよな?」
ハタタカの別荘から去る時、箱にすがるような目を向けた、百年前の勇者。
きっと、赤いタラントが似合ったろう。あの絵のように。
『着ねぇ。着れねぇ』
彼の耐雷服のデザイン、青ざめながら伝統衣装の解説をする姿、毛布をかぶった姿、何度もはたかれたが、蜘蛛からもノミからも自分を守ってもくれた姿を思う。なぜ彼にあんな軽口を叩いてしまったのだろう。
やっと手にしたタラントの、なんという重さか!
『男の服ににガラグデーンは付けないものだが…』
今日のことは、この左肩にしまいこむ。
悪魔よ、この秘密にかけて、勇者達の前途を守りたまえ。
☆
擬人4号は、勇者達に温かい風呂と温かい食事を用意していた。
「俺ぁメシいらねぇよ。潰されたハラワタがまだ治りきってねぇんだ」
カンクロは、自分用の風呂に逃げ込んだ。大事な服を手放す悲しさも、国ごと滅ぼした元凶がのうのうとタラントを残す後ろめたさも、ドス黒い血も、あふれる涙も、全て洗い流してしまいたかった。
カンクロが部屋で横になっていると、ハタタカが入ってきた。湯気の立つ大きなカップを持っている。
「お腹の具合はどうなのだ? 4号が野菜のスープ作ってくれたのだ」
食欲はなかったが、カンクロは受け取って啜った。体に温かく沁みる。
「カンクロ」
「なんでぃ」
ハタタカは、古の勇者を見つめた。擬顔を取っているので右目は暗い穴だが、今はもう怖くない。ずっと考えた言葉を言った。
「カンクロはすごく勇者してるのだ」
古の勇者は、今度は毛布がないのでハッキリ首を振って見せた。
「勇者じゃねぇよ」
「勇者なのだ」
「毎度まいど頑固だよなぁ」
夕陽色の左目が細くかげった。
「そんなこと言うのぁ、タタラとオメェくらいだぜ」
「タタラ?」
テルテマルテがカンクロに押しつけた、旅の仲間のひとり。
テマリ新教の若く優秀な教導師。
美しき炎使いの青年。
一番信頼していた……相棒。
カンクロにとって、タタラを表す言葉は無限にあった。だが彼は結局、一番わかりやすい言葉を選んだ。
「魔王だ」
(了)