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6(終)

 対魔庁の勇者担当職員・ミシマは、眼鏡の奥から白髪の男を睨みつけた。

「軽率な真似をするな」

「そりゃすまねぇ。服一枚譲るのに対魔庁の許可がいるとは思わねぇでよ」

 睨まれた方は気にする様子もなかった。

「あのサーラだかの家にいた奴らに聞いて来たのかぃ?」

「そうだ。ちょうど職員が現場に着いていてよかった」

「そっちか? コイツと仕事してた奴らじゃなく」

「え?」

 目の前の光景を呆然と見ていたジュアンは、指をさされてビクッとなった。

「コイツの周りにいた奴らの中に、オメェの手下みたいな動きをする奴らが何人かいた。魔物が出た時も人を逃す手際がやけに良かったんで助かった。てっきりオメェらが忍ばせてんのかと思ったんだが」

 ミシマは表情を変えなかったが、返事をするまで時間がかかった。

「なぜ対魔庁がこの人物を見張る必要がある?」

「さぁな。けど、コイツは何度も対魔庁に要請だかしてるって言ってたぜ。名前くらい知ってんだろ」

 ミシマは返事をしなかった。

「そういやコイツ、カケラは取ったはずとも言ってたっけ。おっかしいよなぁ、今の医学でカケラを見落とすなんて。でもオメェら対魔庁なら背中に仕込むくらい、しそうだもんなぁ」

「彼にそこまでは」

 言って、ミシマは珍しく少し顔をしかめた。カンクロは珍しく口の端を上げた。



「はー……」

「ため息は止めてくれませんか。気が滅入る」

 助手席でグッタリしてるジュアンに、運転席のミシマが言った。二人は今、対魔庁支部に車で向かっている。

「落ち込んでるわけじゃ……いや落ち込んでるか、夢にまで見た下着……ああ、嘘だろ……!」


 先程。

 状況をやっと飲み込んだジュアンは、カンクロにしがみついた。

「下着! カルカナデの下着は! あなたはどんな下着を⁈」

 カンクロはジュアンを荒っぽく剥がしてから言った。

「中の民のやつ使ってら」

「そんなバカな‼︎」

「北の下着は手間ぁかかって旅に向かねぇからさ。特に下。ションベンすんのに一々チ……あー……えーとだな」

 古の勇者は淑女ハタタカに気づき、言葉を濁し、紙に描いて説明した。紙を覗こうとするハタタカは、2号が抱えて遠ざけた。


 テルテのものでも古い下着は珍しい、封印時に着ていた下着が欲しいと懇願したが、擬人4号の「あんなボロい下着、とっくに捨てちまったよ」という一言に、ジュアンは倒れた。



「勇者直筆の下着絵がもらえて良かっただろう」

「下品な落書きと紙一重ですけどね……しかも、公表しちゃダメなんでしょう?」

「今はまだ。だが、いつか必要になるかもしれない。内密に研究は続けてほしい」

 ミシマは内心複雑だった。テンデ山とカンクロにやたら執着する人物が、とうとうゲンゴロに会いたいと言い出した。で、調べていたが、まさかこんなことになるとは。間者をカンクロに見抜かれていたのも参った。腐っても元殺し屋・元勇者、だ。

 この服飾研究家には、魔物被害の罪状軽減と引き換えに協力してもらうことになった。対魔庁はカルカナデを知る必要がある。


 ジュアンは膝に乗せた箱を見た。カンクロのタラントが入っている。

 対魔庁の出方を見るためにタラントをやるフリをしたのか、と聞いたミシマに、カンクロは薄く笑った。

「……いや、タラントは本当にやるよ。正しく残せれば勝ちだっつうから。刺繍まで読めるんだ、オメェにゃそれが出来るんだよな?」

 ハタタカの別荘から去る時、箱にすがるような目を向けた、百年前の勇者。


 きっと、赤いタラントが似合ったろう。あの絵のように。

『着ねぇ。着れねぇ』

 彼の耐雷服のデザイン、青ざめながら伝統衣装の解説をする姿、毛布をかぶった姿、何度もはたかれたが、蜘蛛からもノミからも自分を守ってもくれた姿を思う。なぜ彼にあんな軽口を叩いてしまったのだろう。

 やっと手にしたタラントの、なんという重さか!


『男の服ににガラグデーンは付けないものだが…』

 今日のことは、この左肩にしまいこむ。

 悪魔よ、この秘密にかけて、勇者達の前途を守りたまえ。



 擬人4号は、勇者達に温かい風呂と温かい食事を用意していた。

「俺ぁメシいらねぇよ。潰されたハラワタがまだ治りきってねぇんだ」

 カンクロは、自分用の風呂に逃げ込んだ。大事な服を手放す悲しさも、国ごと滅ぼした元凶がのうのうとタラントを残す後ろめたさも、ドス黒い血も、あふれる涙も、全て洗い流してしまいたかった。


 カンクロが部屋で横になっていると、ハタタカが入ってきた。湯気の立つ大きなカップを持っている。

「お腹の具合はどうなのだ? 4号が野菜のスープ作ってくれたのだ」

 食欲はなかったが、カンクロは受け取って啜った。体に温かく沁みる。

「カンクロ」

「なんでぃ」

 ハタタカは、古の勇者を見つめた。擬顔を取っているので右目は暗い穴だが、今はもう怖くない。ずっと考えた言葉を言った。

「カンクロはすごく勇者してるのだ」

 古の勇者は、今度は毛布がないのでハッキリ首を振って見せた。

「勇者じゃねぇよ」

「勇者なのだ」

「毎度まいど頑固だよなぁ」

 夕陽色の左目が細くかげった。

「そんなこと言うのぁ、タタラとオメェくらいだぜ」

「タタラ?」


 テルテマルテがカンクロに押しつけた、旅の仲間のひとり。

 テマリ新教の若く優秀な教導師。

 美しき炎使いの青年。

 一番信頼していた……相棒。

 カンクロにとって、タタラを表す言葉は無限にあった。だが彼は結局、一番わかりやすい言葉を選んだ。


「魔王だ」


(了)

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